第2話

俺は、リードとお爺さんの話を聞いてのかと考えた。

この、草原で囲まれた世界から…そもそも出れるのか??お爺さんはどうやって戻ったのだろか?もし…もし…戻れなかったら?俺はどうするのだろうか?


「あぁ…ダメだ。色々考えても、答えは出ないな…あの頃と同じだ…」


ずっと新入社員として入社して3年、会社と家を行き来するだけの人生だった。

どんなに先輩に罵られても、無茶な指示だとしてもニコニコと過ごしてきた。いわゆる社畜と呼ばれる類いの会社員だったのかもしれない。目を覚ましてあぁ…生きていたと後悔する。自分をしっかりと持っている人ならきっと、「今日限りで退社させて頂きます!」と退職届を上司に提出していたのだろう。でも…俺は…出来なかった。



「おい!!神蛇かんじゃ。早くしろよ!!今日、行くとこはお得意先だから…チンタラするな」

「…す、すみません。今行きます!!」


机の上に散らばった資料をかき集め、入り口で地団駄を踏む先輩の元に急ぐ。

机から1枚の紙がひらひらと落ちる。


「いいか?外回りの時はここに行き先を書いて行けよ?」

「あ。は、はい!わかりました」

「じゃ!行ってきます!!」


一礼し、会社を飛び出して行く。

外は車や歩行者の音などガヤガヤしている様に見える。

だが、この時の俺は全て真っ暗で静かに思えた。

先輩の速度に置いて行かれないように歩くだけで精一杯だった。


「おはようございます!!⚪︎×会社から参りました。××と言います、〇〇さんとお約束していまして…」

「おはようございます。〇〇ですね?はい、今こちらに向かうとのことです。お待ち下さい」


それからは、あまり時間は掛からなかった。用意された会議室で先輩がスムーズに会話できるように資料を渡して…「そうなんです!!そして、これが…」と話が止まる。先輩は左手の指をヒラヒラと折り曲げる。なかなか出てこない資料に先輩が目線で「何してんだ?」と聞いてくる。


(あ、あれ?入れた…はず…なのに…)


「いやーすみません。まだ、入社したばかりで…不慣れでして…少しお待ち下さいね?」と優しい口調で話す。


「す、すみません!!ごめんなさい…ごめんなさい」


何度、謝ったのか分からない。その日の記憶は会議室で「今日はこの辺にしときましょうか?」と声をかけられ先輩が「……申し訳ありません!!こちらの準備不足で…大変、申し訳ございません。もう少し、お時間頂ければ!!!!」と何度も何度も頭を下げていたこと目の前が歪んで立っているのか座っているのかさえ分からなくなる。取引先を後にして長い沈黙が続く…。会社が近づくが会社に入る気配はない。すると、


「おい!!!どうしてくれるんだ!!!」と大きい声で周りにいたスズメが飛んで行く。

「すみません、すみません。ごめんなさい!!申し訳ございません!!!」と早口で謝る。

「今、謝罪なんかいらねぇーよ!!なんで、資料が無かったのかって聞いてんだ!!答えろ!」

「は、はい!!すみません。全て持って出たつもりが…持ち合わせていなかったみたいで…」

「あ??つもりが??そうじゃねえーだろ?つもりってなんだ?完璧にしとけよ?本当さ、どうすんだよ!!部長にどう説明すんだよー!お前が忘れたから、取引中止したからーそうか!!お前、部長に説明してこいよ!!お前の責任だろ??な?頼んだわ!」

「へ?え…そ、そうですが…で、だとしても…「あ?なに?口答えすんの?新人さんが?まじ?」

「すみません、自分。やっときます!!迷惑おかけして申し訳ございませんでした…」

「そー、そー。それだよね!その言葉。偉いじゃん!じゃ、先戻るからーよろしく〜」


先輩は口元のみ笑顔で笑っていたが、目が死んでいた。

色々な感情をグッと抑えて目も口も死んだ笑顔でゆっくり一礼する。

先輩の背中は小さく小さく会社に消えていく。


「はぁ、感情って何だっけ?」


ふと見上げた空は遠くまで綺麗に晴れていて雲ひとつ無かった。


「はは…空って綺麗だったのか…」


その後の事はあまりいい記憶ではない。先輩から遅れて自分のデスクに戻るとすぐ部長に呼ばれた。

先輩の様に怒鳴るわけでもなく、ただネチネチと嫌味を言われ社会勉強だと強制的に残業をさせられた。

それでも…何か言葉を返せる力も気力も湧かない。ただ、言われたことをやっていくしかない。

それが、その行動が正しいと心を騙して過ごしていた。そして、日付けが変わる少し前に家に着き眠る。また、朝になり目を覚ます。朝イチが1番泣きたくなる時間だった。こんな人生…辞めてしまいたい…と思っていた。



ネコ科の獣人だけのこの草原で昔の自分について思い出していた。

でも、思い出すのは楽しい日々ではなく、全て苦しかった過去の自分の姿のみだった。

怒鳴りつけてきた男の顔や嫌味を言っていた男の顔はモヤがかかった様に薄っすらとしか分からなかった。


「あれ…俺。今まで、どうして会社に行ってた?なぜ?あの世界に俺の居場所ってあったのか?」


居場所がなかったと気づくとこの草原の街で過ごそうと決める。

どうして、草原に来れたか分からないが新しい世界に来れたなら変わりたいと思った。

新しい世界で今度こそ、幸せな暮らしをしてみたい!!

決意が固まるとリードが住んでいる家のドアを叩き、開くと勢いで叫ぶ。


「リード!!俺を!俺を導いてくれないか?お爺さんが行くと話していた隣り街へ!」


急に開いたドアと叫び声に驚き目を丸くしているが、どこか嬉しそう尻尾を左右に大きく振っている。


「もちろん!!僕が導くよ!!任せて」


頼もしい仲間ができた。僕たちは早速、図書館に向けて出発した。

出発してすぐ、リードが「僕のコート貸してあげる。フードは取らないでね」と不安げな顔をしていた。

隣り街は様々な獣人が静かに過ごしている。

リードが住んでいる所とは真逆の静けさに緊張感があり、思わず小声になる。


「リード、ここはネコ科とイヌ科が共存しているのか?」

「んー?共存…しているわけじゃないよ。ここは喧嘩はしない!喧嘩を起こさない!がルールなんだ。ルールを破ると叱られるからここに来る人は皆、黙って過ごしている。買い物も会話も全てジェスチャーでやり取りしているよ」

「ジェスチャーで!?会話になるのか?」

「ある程度、決まっていて挨拶はこれ」と手を前に出し手首を上下に動かす。


情報を聞き出すのは主にリードが動いてくれた。

ここの街の人は、移動販売をしていてタイヤの付いたワゴンに布や食べ物と売り物は様々だ。

隣り街に行ったお爺さんの情報を得る為に狐の獣人が開いている商人に話を聞いてみることにした。


「すみません、ここに白い髭のお爺さんが来ませんでしたか?」


リードが体と顔の前で手をふわふわと動かし、質問するが商人は何も知らないよと睨みつけさっさと遠くに行けと手を強く前に振っている。


「何も知らない!早くどけって言ってる…次、行こうか…」


何時間経っただろうか…移動販売のワゴンで囲まれた道をひそひそと肩を細めて歩く。

今のところ、有力な情報は掴めていない。

ただ、図書館の姿だけが大きく近づいてくる。

図書館へ続く長い長い道を歩いて向かう。

ねずみ色の分厚い門の前に到着すると、狼の獣人が2人、門の前でずっしりと待ち構えている。


「入館の為に顔写真と名前を利用者名簿に登録するらしい…」

「顔写真と名前か、フードは取らずに撮ってもいいのか?」 

「大丈夫だよ!目が出ていればどんな格好でも許される」


利用者名簿に神蛇かんじゃひろと名前を書き終えると壁一面を本で埋め尽くしている世界に入る。広い世界に思わず、「おぉ…」と声が出てしまう。


「すごいでしょ?僕も昔、母さんに初めて連れて来られた時驚いたよ!」

「す、凄いな…きらきらしているし、どこを見ても本だらけだ!何かつかめそうだな」


お爺さんの情報を見つける為、図書館の中を歩き回っていると女性の声で呼び止められる。


「ちょっと!!何してるの?こんな所で!」


リードの肩がビクッと跳ねる。

振り返るとハイエナの獣人が立っていた。


「あ、久しぶり…ハイト。ちょっと用事があって…ハイトは?」

「そう。用事ね…私は司書だから住み込みで働いているのよ!」

「そうだったね。ぼ、僕たち、人探ししてる最中で…忙しくて。もう、行くよ」

「あら?良ければ、手伝ってあげる!利用者名簿を確認した方が楽に見つかると思うから持ってくるね!待ってて」


ハイトはリードの腕を掴むと関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前まで引っ張って歩く。「ここで待ってて」と告げると中へ入っていく。それからしばらくすると、扉の中が急に騒がしくなる。


「こっちよ!!早く来て!!侵入者よ!!!」と聞こえてくる。


バンっ!と勢いよく扉が開き大勢のコヨーテの獣人に取り囲まれる。

リードは尻尾を丸くして怯えている。


「な、なんだ?侵入者!?どうして?リード!!どいうことだ?」


一言も話そうとしないリードに「どうした?」と肩を掴み問いかけ続ける。

カタカタと震えて何か困っているのか、怯えた表情で周りの獣人たちを見回している。

コヨーテの獣人たちの間からハイトが前に出てくる。


「残念だったわね!私達は、司書なんかではないのよ!!この街を取り締まる警察官。連行よ、そこの侵入者!!神蛇かんじゃひろ。そして、リード!よくやったわ」

「よくやった?リード…お前…まさか!?」

「ご、ごめんなさい…ごめん…なさい…」

「騙した…のか?リード!!」

「騙したわけじゃない!!!」


必死に否定をするリードにひろは悲しい顔を向ける。コヨーテの獣人たちに連行され移動販売のワゴンを改造した連行車に乗せられる時までひろはリードを睨み続けていた。連行車の中に投げ入れられるが

紘ひろの手と足に手錠をつけられ身動きが取れない。連行車の扉がもう一度開き、中にハイトが乗り込んでくる。


「さ、出発するわよ!リードとはここでお別れよ。最後に話しておくことはないの?」

「俺は…ない」


どんっ!どんっ!と繰り返し叩く音が聞こえる。「おじさん!おじさん!!僕の話を聞いて!!お願い…」


「リードは話したいそうよ?聞いてあげたら?」

「いい!あんな…裏切り者の…話なんか。いいから、行けよ!!」

「そう、なら出発よ!!!出しなさい」


「おじさーーーーーーーん!!!」と泣き叫ぶ声がずっと聞こえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る