おかしい、非常に、おかしい。

 なぜなら、あれ以来、姫様は、ボーッとする時間が増えたからだ。それに、何度声をかけても、返事をしてくれないから、である。


 あの日、姫様は殿下と別れた途端に座り込み、何やら悶え始めたのだ。


「姫様? どうしたんです? 」


 王宮生活に慣れてきたと思っていたが、ストレスが溜まっていたのだろうか。

 心配そうに声をかけたら、さっきの姿は嘘のようにスックと立ち上がり、「なんでもない」と優雅に歩き出した。


 あの時はあれは幻かと思ったが、そうではなかったらしい。……今日だってそうだ。


「姫様、……姫様! 」


 確かに、昼食後で、微睡む時間帯なのは分かる。だからって、返事をし無さすぎでは? というか、これは……。


「はっ、」


 妄想から帰ってきたのか、姫様は夢から醒める。


「ごめん、ルルー。何? 」


 呆れ顔で訝しげな視線を向けながら、私は姫様に伝える。


「姫様、ユリシーズ殿下に恋、なされたんですか? 」

「……こい? Koi? 鯉、……恋!? 」


 爆発するように真っ赤になる。……図星、ですね、これは。


「な、何言ってるの!? 」


 わたわたと分かりやすく反応する姫様。


「姫様、それで隠し通せるとお思いで? 」

「……それは、」


 言葉に詰まり、指をいじり始める。少しして、はぁ、とため息と同時に


「……そうだよ。認めます。ユリシーズ殿下のこと、好きになりつつあります……」


 やっとお認めになりましたね。


「どうして隠そうとしたんです? 仰ってくれても良いでは無いですか? 」


 おどおどと姫様は答える。


「え、だって、その、王族の人は恋愛とかは駄目じゃないの? 」


 今なんて?

 きょとんと答える姫様に、私は笑顔のまま石のように固まる。


「姫様……、それはいつ、どこでそんなものを聞いたんです? 」

「ええっと、平民の時、買い出ししてる時、かな」


 律儀に答える姫様、いじらしくて可愛い……、じゃなくて。一つ咳払いをして、私は口を開く。


「そんなことありません、姫様。確かに王族には政略結婚というものが多く、不倫などに発展する恋愛は、道徳的にどうかと思われますが、婚約者と、はむしろ喜ぶべきだと思いますよ」


 ニコリとして、姫様に視線を向ける。姫様は目を見開き、「そうなの? 」と言う。私は「そうですよ」と返す。


「なんだぁ〜、そうなんだ。じゃあ、隠さなくても良かったんだね」

「ええ。……どんな感じか、私にも教えてくださいね、姫様」


 私はウィンクして見せた。姫様は少し笑って、


「ええ〜、仕方ないなぁ」


 そういう頬をあからめる姫様は、どこにでもいる普通の女の子だった。


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