婚約者
ある日の午前中。朝食を食べ終え、言葉遣いの強制を終え、食後の紅茶を啜る姫様は不思議そうに私を見つめる。
「どうしたの? ルルー。なんか気合い入ってるね」
「それはもちろんです。なんてったって、三日後には姫様の婚約者であるユリシーズ・シアルレ殿下がいらっしゃるのですよ? 」
え、と固まる姫様。
「そんなの聞いてない」
「私はしっかりお伝えしました。昨日」
少しの間が空き、ああ! と姫様は声を上げた。
「そういや、言ってた……」
呆然とする姫様に対して私はすこし呆れて言う。
「姫様? ユリシーズ殿下は物腰穏やかな方です。しかし、今のような話し方ではいけません。王族なのですから、きちんと淑女らしく振舞ってください」
姫様は、はぁ〜い、と渋々返事をする。
全くと思いつつも、どこか姫様に甘くなってしまうのは、私の悪い所なのかもな、と感じた。
その日は天気は晴れで、太陽がさんさんとしている日だった。姫様の美しい顔立ちを際立たせる薄い化粧を施し、ドレスはエメラルド色の上品でありつつ、可愛らしい装飾がなされたものを選んで着せる。
靴は姫様の瞳の色と同じ青色を選び、最後の首飾りと耳飾りはユリシーズ殿下と同じ透きとおる黄緑色の宝石が輝くものを選んだ。
自分で着飾らせておいてなんだが、この世で一番、と思うほど、良い出来栄えだった。元平民とは到底思えないだろう。
満足してついにこにこしていたら、姫様は少し口をとがらせ、満足した? と不満げに言った。
「ええ。満足しました。姫様はとても綺麗でいらっしゃいます。ユリシーズ殿下も惚れ惚れすると思いますよ」
鏡を見ながら姫様はふぅん、と言う。
「まぁ、綺麗、かな。自分で言うのもなんだけど」
姫様はすこし緊張が解けたのか目を細める。姫様も満足したようだ。
「気に入って下さり安心しました。では、もうそろそろ殿下が到着なさるようですので、移動しましょう」
扉を開けると、アランディス卿が待っていた。アランディス卿は姫様に一礼をし、道を開ける。ドレスを汚さないよう、ゆっくりと、丁寧な足取りで、姫様は進み、静かに私はついて行く。それにアランディス卿も従い進む。
ひっそりと、小声で私は姫様に囁く。
「私からのアドバイスとしては、言葉遣い、ですかね。なんたって」
「王族なのですから、でしょ? 」
意地悪そうに笑う姫様に、私は驚いて、でも笑った。
「そうです」
よくお分かりです、姫様。
「心配は必要ないようですね」
「当たり前よ! 厳しいぃ授業にも耐えて頑張ってきたんだから! それに、あんなに王族って言われて染み込まない訳が無いでしょ? 」
少しだけ声をはりあげ姫様は言った。そんなに……いや、厳しくしてしまった、な。
「ごもっともです」
そのおかげか後ろ姿は威厳が出てきたように感じられた。
「信じています、姫様」
すると、姫様は自信満々に答えた。
「期待していなさい、ルルー。私はこの国の第三王女シャルロッテなのですから」
いままでの口調とは違った貴族用の言葉で、そう言った。
王族しか入れない部屋に姫様は吸い込まれるように入っていくと、少し後ろのアランディス卿が言った。
「姫様は成長なされたな」
その言葉が私は自分の事のように嬉しくて微笑む。
「ルルーもよく頑張ったな」
思わずアランディス卿に視線を向けると優しく、暖かい視線が私に注がれていた。
「……私、ですか? 」
「ああ、よく頑張ったと思うぞ。きっと上手くいく」
大丈夫だ。そう聞こえた、私の不安を見透かして。
アランディス卿は優しいな。そう思いつつ、綻びそうな顔を隠しながら、私は背方向へ向き直る。
「そんなことは言ってないで、さっさと侍従部屋に行きましょう」
視界が歪んだのを隠すように私は言った。それに対して、ふっとアランディス卿は笑って言う。
「そうだな」
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