平和なさんぽ

「すみません! お待たせしました! 」


 アランディス卿は息を切らしながらやってきた。わざわざ着替えてきてくれたのだろう。服からは石鹸の香りがしたが、額にじんわり汗が滲んでいる。


「いえ、こちらこそ突然お邪魔してしまい申し訳ありません。予定は大丈夫ですか? 」

「大丈夫! 」


 アランディス卿はそう即答した。




 どうせだから、と思い、鍛錬場近くの案内を姫様にしてもらいながら、散歩をする。姫様はアランディス卿の説明を熱心に聞いていて、この場所に慣れようと努力してくださっている。その光景だけで、私は微笑ましく感じた。

 暖かな日差しが気持ちよく、晴れ晴れとしている日で、私は姫様とアランディス卿のあとを着いてゆく。二人の会話を聞いて、私はほのぼのする。……こんな日があってもいいかもしれない。




「……それで、この先が騎士団の宿舎になります。基本、護衛騎士もここに……って聞いていますか? 」


 だんだんと飽きてしまったのか、アランディス卿の歩幅よりも遅れて、姫様は左側の庭園に興味を示していた。


「姫様? 」


 姫様の視界をさえぎって私が聞く。


「はっ! なっ、何! 」


 分かりやすく動揺する姫様。


「……聞いてなかったでしょう? 」

「うっ……」


 視線を私から外す姫様。


「だ、だって……あそこの庭園、とても綺麗そうに見えて……」


 しどろもどろになりながら話す姫様はとても正直だった。その態度に思わず私は笑った。


「ふふふっ」

「ルルー? 」

「姫様はとても正直でございますね」


 後ろのアランディス卿もやれやれ、といった感じで。でも柔らかい雰囲気で、では庭園に行ってみますか? と提案した。

 姫様は目を輝かせて思い切りよく首を縦に振った。


「うん! 」




「うわぁ……」


 王宮内の一番大きな庭園は、色とりどりの花が咲き誇り、美しいことで有名だった。かくいう私も嫌なことがあって、でもどうしようもならない時によく訪れたものだ。やっぱり、ここは落ち着く。

 姫様は、無邪気な幼子のように色々な花壇の花を見て、香りを嗅いで、忙しそうにしていた。それでも、王宮に来てから、一番良い顔をしている。

 対して私は、定位置だった、薔薇の花壇の近くのベンチに座った。ここは薔薇の香りが一番よく香る場所なのだ。アランディス卿は、立ち回る姫様の近くでにこやかに見守っている。

 穏やかな時間が過ぎ、日が傾き始めたところで、姫様も少し疲れたようで、私の隣へとやって来た。


「ああ疲れた。でも、素敵だね! ここ! 」


 疲れを感じさせない笑顔で姫様は言う。くすり、と私は笑う。


「気に入りましたか? 」

「うん! とっても! 」


 とても楽しそうだった。良かった。王宮内でも寛げる場所がある、というのは心強いことだから。


「姫様はとても元気ですね」


 アランディス卿もベンチのへとやって来る。


「そういうアランディス卿も、ですよ」

「俺は騎士だから、このくらいでへばっていては主君も守れないさ」


 それもそうだ。


「えと、アランディス卿? は博識なんだね」


 花について色々教えてくれたの、と言う。

 アランディス卿は姫様に対して、カイルでいいですよ、と言って、


「多少勉強したことがありまして」

「へぇ、そうなんですね。意外です」

「意外とはなんだ、ルルー」

「そういうイメージが無かったもので」

「私もなかった。だからびっくりした」

「アランディス卿って結構可愛らしいところ、あるんですね」


 長い付き合いでも、知らないこと、あるんだなぁ。


「ね、私も思った。親近感湧いたかも」

「姫様もルルーも俺のイメージってどんな感じなんだ? 」


 嘆きながらもアランディス卿は笑っていた。

 私も、姫様も。

 とても、平和な時間だった。

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