ピンク・ダイヤモンド

 飛行艇が導入されればオーストラリアだけでなくホノルルにも直行便を飛ばせます。旅客なら観光客ですが、


「とにかく観光基盤がプアやから」


 首都フナフティでもそれなりのホテルは一軒だけで、名前こそホテルですが民宿程度のものが三軒しかありません。他の島となるとたしかヴァイツプ島に民宿が一軒あったぐらいの気がします。そりゃ美しいビーチと礁湖があるとはいえ、逆に言えばそれしかありません。


「もっとあった時期もあってんけど、続かんかった」


 観光で思いつくのは島巡りですが、島々を結ぶのは一週間に一度の国営フェリーのみです。それも渡った島で宿泊なり食事を取ろうと思えば、すべて持ち込む必要が出てきます。観光地ならどこでもありそうな食堂とか土産物売り場なんて存在もしていません。


「ミサキちゃんは新婚旅行に行ったけどな」


 まあね。あれはあれで面白かったですが、わざわざツバルを選んだのは夫であるエラン人のディスカルの希望です。エランでは全面核戦争のために広範囲が汚染され、手つかずの自然みたいな観光が伝説になっていたのです。


 ディスカルはエランの元軍人ですからキャンプ生活もまったく苦にしませんでしたし、荷物を運んだり自炊のための用意も鼻歌でやってくれましたが、あれが一般受けするかと言えば大いに疑問です。


「エレギオン・グループが進出するとか」

「あんなところの観光がペイするか!」


 さすがはコトリ社長で、財団によるツバル援助と企業経営としての投資には綺麗に一線を引かれています。


「だから乗客ベースじゃ限界があるよ。一万人しか国民がおらんからな」


 色んな試算がありますが、飛行艇二機体制での運用は年間で二十億円ぐらいは必要とされます。ツバルの財政規模は歳入で六十億円程度ですから、飛行艇事業が億単位の赤字を出すだけで深刻な財政負担が生じます。


 ツバルでなくとも歳入増に手っ取り早いのは鉱物資源の活用ですが、サンゴ礁で出来上がった島に期待するのは無理があります。


「掘ったら天然ガスぐらい出るかもしれんけど・・・」


 海底からの採掘となると莫大な資金が必要になりますし、たとえ天然ガスが出たとしてもLNG施設建設も必要になります。


「もっとお手軽なもんやないとアカン」


 そうは言われてもツバルの主要産業は農業と漁業。それも農業は自給程度、漁業も排他的経済水域は広く魚介類が主要輸出品になっているとは言え、そこに乗り出すだけの漁船、さらに人口も足らず入漁料を取っている程度です。


「ピンクダイヤモンドや」

「そんなものが取れるのですか」

「育てるんや」


 はぁ? よく聞くとエビの話です。正式にはピンク・スポッテッド・シュリンプでクルマエビの仲間で大きくなれば二十センチ以上になるそうです。お味の方も、


「日本にも輸入されてるけど、クルマエビの代用品としてレストランや料亭で使われて市販まで回らんぐらいや」


 スリナムと言ってもわからないかもしれませんが、旧蘭領ギアナになります。南米大陸のカリブ海側に面していて、ブラジルの北方、ベネズエラからなら東に向かってガイアナ(旧英領ギアナ)の隣です。ちなみにスリナムの東隣が仏領ギアナになります。このスリナムの海岸部の特産のようですが、


「ダメモトでツバルの礁湖に放り込んだら大繁殖してくれたんよ」


 それは生態系の破壊じゃないですか!


「そうやけど、やってもたものはしゃ~ないやんか」


 こんな国ではそれぐらいチャレンジしないと立ち行かなくなると考えないと仕方がないかもしれません。このピンクダイヤモンドですが日本なら一・五キロで五〇〇〇円ぐらいです。このうち輸送費の計算が煩雑なのですが、おおよそで言えばキロあたり千円ぐらいを目安にして良いはずです。


「まあツバルが売る時はキロ千円ぐらいやろ」


 単純計算で二百トン売れば二十億円です。飛行艇で二十回ぐらい運べば机上では可能になります。


「だから自前の輸送機が欲しいのですか」

「そういうこっちゃ。付加価値になるやんか」


 スリナムからの輸出は冷凍物ですが、冷凍させるには設備投資が必要です。ですからツバルではこれを活きたまま運ぼうがプランのようです。そのためには水槽みたいな輸送設備が必要になりますが、


「いやおがくずでやる」


 ミサキも知らなかったのですが、魚介類はエラから空気中の酸素を取り込むことはできません。しかしエビのエラには毛細血管が通っており、エラさえ濡れていれば、その水分の中にある酸素を吸収して呼吸が出来るようになっているそうです。


 おがくずは容器の中の湿度を保ち、エビを乾燥させないための保湿の役割するようです。おがくずによる保湿性の高さで、エビは数日から一週間程度は生き続けられるそうです。これも活きているとしても、食べるまで早い方が鮮度も味も良いわけですから、


「シドニーぐらいやったら十時間ぐらいで行けるやんか・・・」


 エビを生け簀に蓄えておき、ツバルに午後三時ぐらいに飛び立てば時差の関係で翌朝の三時ぐらいにシドニーに到着します。そこから通関手続きをしてもシドニーの朝の市場に間に合う算段を立てているようです。


「冷凍物の数倍の値打ちになるで」


 ちなみに国産の養殖活クルマエビで販売価格はキロあたり一万五千円ぐらいです。


「そうですけど、この手の物はブランドの確立が必要です」

「それは本業が担当や」


 そこまで計算済か。エレギオン財団で育て上げてエレギオン・グループで商売として引き継いで発展させるようです。


「スリナムのはクルマエビの代用品みたいな扱いやけど、そうやなくて独自の地位を持たせるんよ。そやな、伊勢海老に対するオマール海老みたいな感じやな」


 そういうブランド作りは得意ですが、問題はやはり味です。


「ほいでどうや」

「なにがですか」

「ピンクダイヤモンドの味」


 これがそうなんだ。いや、こりゃなかなかです。知らずに食べたら超巨大クルマエビとしか思えません。


「美味しいですね」

「伊勢海老サイズのクルマエビやもんな」


 飛行艇の航続距離は長大ですから、シドニーだけでなくホノルルにもケアンズにも運び込めます。


「グアムで給油したら日本でも中国でも運べるってことや」


 グアムまで四五〇〇キロ、グアムから成田まで二五〇〇キロですから、給油時間を考えても一日あれば余裕です。この構想が実現するまで紆余曲折はあるでしょうが、コトリ社長がやると言ったら必ず実現しそうです。

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