巨鯨
ツバルは交通アクセスも良くないところです。もし行くとすれば飛行機になりますが、これが週に二便しかありません。週に二回しか離発着がないもので、フナフティ国際航空の滑走路は立ち入り自由で、飛行機の着陸が迫るとサイレンが鳴って退避しているぐらいです。
「普段は子どもが遊んでるで」
この旅客機がどこから飛んでくるかと言えばフィジーです。そうなんです。ツバルに行こうと思えばまずフィジーに行かないとならないことになります。幸い成田から週三便飛んでいて九時間で着きます。
フィジーからツバルまでは二時間半ほどですが、成田からフィジーはナンディ国際空港利用で、フィジーからツバルはナウソリ国際空港になりこれが三十分かかります。乗り継ぎも合わせて順調に行っても十五時間ぐらいでしょうか。
「それでやけどツバルの首相から自前の航空会社を持ちたいとの相談があるんよ」
「たった一万人の国ですよ」
ここはフナフティ国際空港の老朽化・改修問題もありますが、フナフティ以外の島との連絡問題もあるで良さそうです。八つの島を結んでいるのは国営フェリーですが、これがたったの二隻なのです。
航路はフナフティを中心に南北三航路で、一週間に一度ぐらい寄港するスケジュールになります。この二隻の国営フェリーですが、二か月に一度フィジーにも向かいます。これはフィジーへの出稼ぎ者のためだけでなく、フィジーとの交易もあります。
ただフィジーに一隻行ってしまうと国内航路が手薄になり、寄港が二週間以上間隔が空くことも起こります。それを空路で補おうぐらいの案なのは理解しますが、
「だからと言って他の島には空港もないじゃありませんか」
「まあな」
フナフティ国際空港の改修についてはメガフロートも検討されていました。これだけ狭い国土ですから、少しでも土地を有効活用したいぐらいです。メガフロートとは大きな箱舟と思えば良く、これを何隻か連結させて滑走路にします。
検討されていたのは長さが三百メートル、幅が六十メートルのメガフロートを三隻連結させるプランです。メガフロートのメリットは埋め立てに比べると建設費用が安く上がる点がまず挙げられます。とくにツバルで大規模埋め立てとなると、どこから土を持ってくるかで費用が格段に跳ね上がるからです。
「それとやけど甲板は滑走路になるけど、船内の空きスペースはあれこれ利用できるのもあるんよ」
計画段階では甲板にエレベーターを設け、空母のように旅客機を収納する案も考えられていました。それと九百メートルの滑走路で旅客機が離発着出来るかですが、現在のコミュター機なら八百メートルもあれば可能です。
「もっとも着陸に失敗したら海に落ちるけど」
これの問題点は礁湖にメガフロートを運び込むのが困難な点です。礁湖への海峡の水深が浅すぎるのです。そうなると現在の空港の浜側が候補になりますが、
「ツバルにも台風来るからな」
外洋にメガフロートを設置するのはリスクが高すぎるの判断で良さそうです。フナフティがダメなら他の島もメガフロートはダメになりますが、
「それでもツバルの首相は島を結ぶ空路が欲しいんよ」
目的とか狙いはわかりますが、プロペラ式の輸送機では短くとも滑走路が必要です。
「滑走路無しで空路は使えません」
「そうでもあらへん。たとえばヘリとかや」
なるほど! チヌークとかオスプレイなら可能かもしれません。
「ただな、オスプレイでもオーストラリアまではシンドイのよ」
「オーストラリアですか?」
フナフティからオーストラリアで一番近い国際空港はケアンズですが、それでも三千七百キロぐらいあります。シドニーとなると四千キロです。オスプレイの航続距離はヘリに比べて飛躍的に伸びていますがそれでも三千六百キロです。
この三千六百キロも空荷で予備燃料タンクまで装着時のお話で、ペイロード四・五トンで垂直離陸なら六百五十キロまで落ちます。短距離離陸にすれば千七百キロまで伸びますが、それをするには滑走路が必要です。
「まあ二百メートルもあれば余裕みたいやけど、行けるのはフィジーが精いっぱいや」
ツバルの首相がオーストラリア直行便を欲しがっているのは経済効果でしょう。やはり地域大国ですし、観光開発とか、輸出なんかも考えたらフィジーよりメリットが高いぐらいかもしれません。
しかしフナフティからオーストラリア直行便を飛ばすとなると中型以上のジェット旅客機が必要になります。そのための滑走路の延長も必要ですし、それだけの客席を埋める需要も必要です。そんな需要がないからどこの航空会社も直行便を飛ばしていないとも言えます。
「要望されてるんは・・・」
ツバルの首相が望んでいるのは、
・八つの島の乗客輸送・物資輸送に使える
・オーストラリアまで直行できる
・滑走路は作らない
・これらを二機体制ぐらいで備えたい
あのぉ、そんなことが出来たら誰も苦労しません。島とかフィジーだけならオスプレイでもなんとかなりそうですが、同じ機体でオーストラリアなんて絶対無理です。
「いや飛行艇なら出来るで」
「それって新明和のビッグ・ホエール!」
ミサキも飛行機に詳しいとは言えないので失念していました。新明和は第二次大戦期には川西航空機として知られ、大戦末期の傑作戦闘機の紫電改を産み出したメーカーとして有名です。川西航空機のもう一つの傑作機として二式大艇があります。
二式大艇は第二次大戦中の飛行艇として最高性能を誇る名機で、戦後もその技術と伝統を引き継いだ対潜哨戒機PS1、さらに救難機としてスタートしたUSシリーズがあります。
新明和の飛行艇技術は二十一世紀初頭から世界で一番でしたが、自衛隊向けの軍用機として開発されたが故に、マーケットが狭くビジネスとして苦戦していました。そこで新明和は軍用機のUSシリーズを基に民間機のBWシリーズを開発します。BWとはビッグ・ホエール、つまり巨鯨です。
飛行艇の苦手とするのは荒れた海で、いかに水上機と言えども波が高いと離着陸できません。そのために飛行艇の運用は内水面が中心にならざるを得ないところがありました。現在でも新明和以外の飛行艇では波高一・五メートルぐらいが限界です。
新明和はUSシリーズ初期で波高三メートルの離発着を可能とし、現行のUS5は五メートルも可能となっています。波高ですが気象庁の分類では、
・時化る・・・・・・・波の高さが四~六メートル
・大時化・・・・・・・波の高さが六~九メートル
・猛烈な時化・・・波の高さが九メートル以上
大時化は無理としても時化た状態なら離発着が出来る世界で唯一の飛行艇になります。というか世界で唯一海洋で運用できる飛行艇としても良いかもしれません。BWシリーズは救難機ではありませんから波高五メートルは無理ですが、それでも三メートルは可能です。
「ツバルの礁湖やったら余裕で運用できるで」
BWシリーズは航続距離も長大です。この辺は神崎工業のKR制御技術の導入もあり、空荷なら一万キロ以上とされ、ペイロード十五トンでも五千キロ以上とされています。用途による柔軟性もあり旅客機仕様なら五十席が可能です。
これももっと増やせる余地もあるそうですが、国際条約により客室乗務員は定員五十人について一人の規定があり、下手に六十席なんかにしたら人件費が増えるからだそうです。
BWシリーズの優れたところは、ニーズにより旅客と貨物の比率を自在に変えられる貨客仕様もあることです。これは座席に工夫が凝らされていて、乗客と荷物の比率に応じて座席を倒せべ貨物容量が増やせる機能です。
「ハッチバック式のクルマみたいなもんや。その代わり貨客仕様の座席の座り心地は文句は言えへんけどな」
新明和の飛行艇のもう一つの特徴は水陸両用であることです。つまりは滑走路での離発着が可能なのです。さらに短距離離発着機能も優れていて、とくに水面では三百メートルで可能で、陸上でも離陸だけなら五百メートルです。
「さすがに陸上の着陸には千メートルいるけどな」
速度に関してはプロペラ槻ですから巡航速度で五百キロ、最大でも六百キロ程度で、ジェット機には敵いませんがヘリ程度なら余裕で凌駕します。
「飛行艇なら水上だけでも運用できるし、スロープさえ作っておけば自力で陸上まで上がって来れるんや」
機体は全長・全幅とも四十メートル近くありますが、車輪は胴体部分のみのため、海から陸へのスロープ部分は二十メートルもあれば可能です。陸上部分は方向転換のために五十メートル以上が必要ですが、それでも滑走路を作るのに比べたら少ない工事で済みます。
「ある程度の悪路に対応できるしな」
そうなんです。陸上部分は必ずしも舗装を必要としないのです。極端な話、空き地さえあれば地上で方向転換できてしまうのです。ツバルはどこも平地みたいなものですから、揚陸用のスロープさえ作れば陸上でも運用可能になります。
「スロープも浮桟橋でなんとかならへんか研究中や」
飛行艇が陸上で運用できるメリットは小さくありません。飛行艇の運用で問題になるもの一つに乗客や荷物の積み下ろしがあります。小型の水上機ならフロートに接するように桟橋に接岸するぐらいで済みますが、大型になると様相がやや変わります。
巨鯨のような飛行艇でも胴体と主翼のフロートで桟橋を跨ぐような接岸は可能ですが、乗客はまだしも荷物の積み下ろしには不便です。これが地上に上がれるのなら利便性が向上します。
「そやからヒットしてるやんか」
新明和の巨鯨は新たな空路を開拓したとも言われています。なにしろプロペラのコミューター機並みの輸送力、速度があり、航続距離は中型のジェット旅客機並みの能力があるからです。
「それより海か湖があれば運用できるからな」
コミューター機のSTOL技術は向上していて、八百メートルでも離発着可能になっているとはいえ滑走路を備える空港設備が必要です。これに対し新明和の飛行艇は水面からのスロープと大きめの駐車場程度の広場があれば運用できます。利用目的が旅客のみなら船で乗客の送迎も可能になります。
そのため島嶼国家はもちろんのこと、先進国でも離島への連絡路、奥地の観光空路に広く用いられています。風光明媚なところは地形が複雑なところが多いですし、そこに観光用の道路を作るのも多額の費用と環境破壊が伴います。
巨鯨なら道なき奥地でも湖さえあれば離発着可能だからです。この辺は発展途上国の観光開発にも同様の点があります。とにかく足が長いですから余裕で往復可能ですからね。
「耐久性も整備性も向上したし」
飛行艇は水面での運用が主体になるので寿命が短い欠点もありましたが、これについても大幅な改善がなされています。価格もUSシリーズは軍用であり需要も限定的ですから一機百億円ぐらいしますが、巨鯨は量産効果もあって三十億円程度になっています。コミューター機で二十億円程度ですから割高とはいえ、
「そういうこっちゃ。使いようによっては割安や」
ただ整備性が良くなったと言ってもツバルで運用できるかと言えば、
「だからオーストラリア直行便が必要ってこと」
コトリ社長の構想は飛行艇をレンタルにして整備も運用もアウトソーシングを考えているようです。これも将来的には自前でやりたいのもあるそうですが、
「一万人程度の人口じゃ人材が限られるしな」
後は経済的にペイするかどうかです。
「旅客だけでは限界があるんよね。だから貨物に工夫がいるんやが」
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