最終章 10.掛け違い
父も弟も、自分自身がここまで追い込んでしまったのだろうか。目の前のその二人を見上げる度にそう思ってしまう。
「なぜそんな憐れむような顔でいつも我を見るのだ……、なぜその目でいつも……。クード王女との結婚を許したのも、お前がキーペントの誇りを取り返してくれると思ったからだ! キーペントはクードとは違う! 勝手に民達に扮し、紛れ込み、王族の地位を低くしたのもお前だ! 民と対等に話をするだと!? 意見を聞くなど必要もない! あり得ぬ! 民達は我ら王族がいたからこそ管理され、先導され、ここまで繁栄してきたのだぞ!? それがなぜ分からぬ!」
父は興奮し声を荒げ、僕にそう吐き出す。
昔から人の上に立ちたがり、なんでも自身で考え、決め、物事を進めようとする独裁欲の強い人だった。
僕はそれ自体が悪い事だとは思わない。それで民達をより良い方向へ先導することが出来るのであれば、その力はこの世界を統治する王族として、必要な能力であるには違いないからだ。
だけど、父の場合は民の為ではなく、自身の優位が一番だった。自我のために支配欲に溢れ、金銭をかき集めるかのように、魔女狩りを横行させ、止める事もなく逆に利用するという行動を起こし始めた。
罪なき罪人から保釈金をかき集め、魔女狩りという風土を政治にも利用し始めた。もし僕がもっと父の傍にいて、ここまで悪化する前に止める事が出来ていたのならこんなことは起こっていなかったのかもしれない。だがここで悔やんでも何も解決しない。
「……違います、父上。私達王族も民達がいたからこそ繁栄出来たのです。民達がいるからこそ、この世界は成り立っているのです。ダガー、君なら分かるはずだ……。このような弾圧や恐怖で民を縛り上げても、うまくいくはずがないと。このような方法はただの脅しと同じだと」
高台にいるダガーを見上げると、彼は下を向き、拳をぎゅっと握り締め、何かを思い詰めたように殺気だっていた。
「……兄さんは昔からなんでも出来た。誰にでも優しく出来る人だった。オレにもいつも優しくて……。そんな兄さんの役に立とうと思っていた、いつもだ。だが兄さんはいつもオレを守ってばかりだったじゃないか……。失敗した時も庇ってくれ、心配するなと笑ってくれた。……こんなオレだって兄さんを守れるはずだ。いつもそう思ってた。だけど兄さんは辛いことがあっても僕のことは心配しなくていい、そればかりだった」
「ダガー、僕は君をただ……」
弟のその表情は、紛れもなく闇に包まれていた。
「また守りたいとでも言うのか……? あの月食の夜もそう言ってたよな……。クード城を落とされても、家族を散り散りにされても、なぜ兄さんはいつもそうなんだ……? 怒れよ、オレを憎めよ……! オレは兄さんと違って善人でもなく、無力だ……。だが父上は兄さんではなく、このオレを選んでくれた。期待してくれ、頼ってくれた。父上の役に立てる。兄さんよりも誰よりも役に立っている。だからオレはもう兄さん越えた。超えたはずなんだ。もう、兄さんは必要としない……、いらないんだ!!」
荒々しく呼吸している弟は、高台からサッと飛び降り地面に足を着くと、腰から剣を素早く抜き、僕にその長く鋭い矛先を向けた。その赤褐色の瞳は眼光が開き、血走っていた。
「ダガー……」
「オレに兄さんはもういらない……」
僕は弟の何を見てきたのだろうか。ダガーはいつも僕に笑いかけてくれ、今日はこんな勉学をした、こんな方と出会った、こんなことを体験した、様々な話をしてくれて、僕に毎日幸せを与えてくれていた。僕が困っていたり、体調を崩したりすると心配そうにしてくれ、優しい言葉をいつもかけてくれた。そんな優しい弟を守りたい、ずっとそう思っていた。弟を守り抜ける兄になりたい、そんな国にしたい。弟が一生懸命何かをすればするほどそう思っていた。彼の力になりたいと。
だが、どこかで掛け違いが起こっていたのだろうか。僕は弟を守ろうと必死になっていたのに、弟は僕を必死に助けようとしてくれていた。こんなに兄を慕ってくれていた彼の気持ちをないがしろにしていた。ずっとだ。それが弟をこんなにも苦しませていたなんて理解も出来ずに。
「……今まですまない」
そう言い、弟の喪失感溢れたその表情を見つめた時、彼の持つ剣が天高く掲げられた。昔よく見ていた今にも泣き出しそうな顔が一瞬だけ覗いたのは気のせいだろうか。
弟をこんなにも深く追い込んでしまったのは僕のせいだ。もっと叱ったり、怒ったり、時には一緒に泣いたり。強がったりせず、我慢せずに素直にその気持ちをさらけ出してもよかった。弱い部分をもっと見せてもよかった。一人で抱え込まずに弟にもっと頼ってもよかったんだ――
鋭く光るものが振り落とされた――
覚悟したその瞬間、目の前に飛び込んできたのはザクロ模様のローブ。
とても広くて頼もしく成長したあの背中だった。
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