最終章 11.光と闇
「いつまで兄弟喧嘩、続けるつもりかよ!」
父さんの前へカッコつけてダガーの剣をどうにか受け止めたのはいいけど、そのせいで握っていた大剣がぐしゃっと潰れた。そうだ、これは本物の剣じゃない。ただのコスプレの小道具だ。芯として入れていた水道管でどうにかダガーの剣を受け止めただけでもかなり奇跡だ。鉄の水道管選んだ俺ナイスすぎるだろ。
だけど途端に見るも無残な水道管むき出しな剣の出来上がりだ。こんないかつい格好までして、王の恰好までしてるのに、水道管丸見えなわけだ。しかもこんな大勢の前でさ。本物のコスプレイヤーなら恥ずかしすぎて泣いてんな。すると次第に辺りがざわめき始めた。
「あんな巨大な剣がダガー様の一撃で、一瞬で破壊されたぞ……!」
違う! これは違うんだって!
決して奴が超人級の力を持っていたわけではない。この剣の材質の問題なんだって!
辺りは騒然とし、俺は注目の的だ。こんなコスプレ姿でまさか本物の剣に歯向かうなんてさ。はっきり言ってバカ通り越して頭おかしいし、怖すぎて足震えてるし、これって現実なのかなって、恐怖通り越して笑いが出そうなほどだ。ったく。
「リキラルト! そこをどけ!! 俺は、兄を、兄を……」
目の前のダガーが狼狽えるように言葉を吐き出す。
「ダガー、もういい加減にしろよ! だいたいお前は本当に兄が嫌いなのか!?」
「そんなの分かりきって……」
「じゃぁ、なんでそんなに手が震えてんだよ」
俺の足並みに震えてるじゃんか。その剣を握った手。
「これは……」
ダガーは剣を握る己の右手を困惑した表情で見つめ、言葉を探しているみたいに俺は見えた。
目の前の奴は髪色や瞳の色こそ俺の父親と違うが、細く白い肌に体系も顔の作りも流石双子、そっくりだ。よく考えれば、俺と3つしか歳が違わない叔父さんなわけだ。周りから見れば同じ顔をした3人がここに立ってるんだからかなりおかしな光景だろう。そんな叔父ダガーは、カタカタと体が震えてるのが見て分かるぐらいだ。それは怒りなのか。いや、違う。きっと自身と戦ってるはずだ。己の中で。兄に対する憎悪や虚無感。罪悪感に喪失感――。
俺にはこの二人に一体何があったのか全て分からないし、きっと聞かされても真実は分からないと思う。二人の間にしか分からない深い部分だ。俺がここでどんなに争いをやめさせようと説得したって結局最後は、二人がその答えを決める。
だけどさ、俺は思うんだ。二人なら分かち合えるはずだって。それこそダガーがここで俺の父親をあの剣で切れば、完全に闇落ちだろう。もう完全に抜け出せないところへ行くはずだ。底の底まで行かれると俺にはもう何も出来ない気がする。最悪な結末がそこには待っている。けどさ、まだ間に合う気がするんだ。水道管でどこまで出来るかわかんねぇけどさ。
だって俺の父親と叔父じゃん。争い続けるとかマジで勘弁だし、嫌すぎるし。こんな世界だって止めたいからさ、民衆の前でこんなファンタジー一色みたいな格好までしてきたんだけど? 俺なりの決死の覚悟っていうやつ。身体的にも精神的にもさ。はっきり言って俺がこの世界出身でも、地球の、それも保守的な日本育ちの俺からしたら、かなり恥ずかしいんだからな。実久みたいにコスっ子でもないし。マジでそう言ってやりたいよ。その時、父親が重々しい表情でゆっくりと口を開いた。
「……ダガー、すまなかった。僕は君を守ることしか考えてなかった。一切頼ろうとしていなかった。僕は君が思うような善人でもなく万人でもない。もしそんな風に見えるのなら、それこそ間違いだ。この魔女狩りと同じように……。僕は一番身近な人達が見えていなかった。頼るべき人が、愛すべき人が……、こんなに近くにいたのに……。本当にすまない……」
顔をアザだらけにした父は懇願するように俺と同じ緑色の瞳をダガーへ向けていた。
「オレはずっと兄さんに憧れていた……。兄のような立派な人間になるんだといつも思っていた。だが、いつもなれなかった。オレは、オレだった。いつか兄に頼られ、いつも兄を越えようと、オレなりにやってきた……。なのに、なぜいつも越えられないんだ……!? 兄を越えれば、世界を変えられると思っていた。全てから認められると思っていた。満足するはずだと……。だが、違った。兄を捕え、オレがこの世界の実権を握っても、まだ満足できない。なぜこんなに虚しい……? 王となった今も。どんなに金を集めても、どんなに遊んで暮らしても虚しいだけなんだ……。まだ何かが足りない、足りないんだ……」
下を向き続けるダガーは、剣を握り締めたまま前を向こうとしない。
俺は思うんだ。ダガーは勘違いをしている。とんでもなく、きっと。
「ダガー、足りないんじゃない。ただ一つのことを望んでいるだけじゃないか……?」
「望んでいる、だと……?」
少し顔を上げたダガーと目が合うと、着ていたザクロ模様のローブを脱ぎ、潤いに満ちた緑色の瞳を持つ男性の広い背中へそっとかけた。
「このローブの本来の持ち主、俺の父さんの存在だ」
「まさか……、そんな……」
ダガーがガクンと膝を付いた。
手からはカランと剣を落とし、燃えるような色の瞳から静かに透明な雫を一筋流した。
燃えたぎる炎が消えた瞬間だった。
父さんはゆっくりとダガーの目の前へ歩み寄り、そのまま膝を付き、ダガーの肩に頭を預け、静かに寄り添いながら口を開いた。
「今まですまなかった……本当に……」
答えをずっと見つけられずにいたダガーが、探し求めていた答え、それはやっぱり父だった。
二人はまるで光と闇だ。それは表裏一体であり、二つで一つ。目の前の双子のように。
光は闇を生み出し、恐れる俺達は闇の中へ次第に逃げていく。あの魔女狩りだってそうだ。その方が安心だからだ。そうやって心が闇に閉ざされていたのは光を恐れていたからなのかもしれない。
光は闇を照らし出し、真実という暗闇をいつも明らかにしてくれる。その真実は決して都合のいいものとは限らないだろう。むしろほとんどは都合の悪いものなのかもしれない――
だから、誰しも闇に隠れて、その真実から逃げたくなる。
けれど、光の中に闇があって、闇の中にも光があるように、どちらもあるからまた前へ進める。助け合える。泣いたり笑ったりしながら、また這ってでも生きていこうって思えるんだ。
二つの世界を引き合わせた月達のように――
「ダガー! お前まで我が父を裏切るつもりか!! お前も知っておるだろう、リュウシンのあの事を……。民達よ、聞け! 皆は騙されておるのだぞ? リニアの父親であるリュウシン法王に……! あやつの世界統一の真実を知れば、誰もがクード一族を疑うであろう!」
あのわからずやなじいさんを一番どうにかしなくてはならないらしい。にしても、あいつは俺のもう一人のじーちゃんか。
「何言って……」
そう言いかけた時だった。
「リュウシンは、別世界の遥か先からここへやってきたのだ……! これこそ奴がこの三国統一を容易に実現させた真実である! この世界の過去を知るあやつは、それを利用し、世界を我が物にしたのだ……!」
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