最終章 2.ハリボテ作戦

 俺はレスミー、俺はレスミー、俺はレスミー。何度唱えたことか。


 実久から凸凹のうさぎのぬいぐるみをもらったあの時、やっと気が付けた。


 小学生の時、実久からもらったあの笑顔。父親が時をかけコツコツと築き上げてきた人達の笑顔。それを結ぶことをやっと見つけたんだ。


 あれから母親と17年間分の楽しさや喜び、辛かったこと、苦しかったこと、寂しかったこと。たくさんの話をしてから、そこで初めてやっと両親にも自分の気持ちにもしっかりと向き合えた気がした。ずっと閉じ込めていたこの思いを解放出来た気がしたんだ。


 それからだ。母さんと一緒に俺の考えをみんなに聞いてもらった。何をしたいのかも全部。ゼファーには予想通りかなり危険だと言われた。だけど――。


――ここでじっとして何も出来なくて終わるぐらいなら、俺が俺にしか出来ない事をやりたい。意味があるかなんて分からない。けど、俺は助けたいんだ……。それだけだ。それに父さんが言ってたじゃないか。この世は持ちつ持たれつなんだろ?


 少しニヤリとして父さんのモットーを得意気に言ってやった。そしてここからが俺達のコツコツすぎる戦いの始まりだった。


 みんなで手分けをして、母さんの部屋にある1台の足踏みミシンを囲んで作業を始めた。

 まずは母さんのドレス、これは俺の仕事だった。ゼファーが隣町から父さんと同じザクロ模様の布地を繊維ギルドに無理を言って、仕入れてきてくれた。採寸から始まり、母さんの体を直接使って、布地で直接形を形成していく立体裁断で仕上げた。時間がなかったからスカート部分に少しフレアーを入れたシンプルなAラインの長袖ドレスで、そこまで縫製にも手はかけられなかったけど、ゴブラン織りのザクロ模様のそのドレスは、細身でしなやかな体系の母さんにぴったりなロングドレスに仕立てることが出来た。


――私の為にリキラルトが服を仕立ててくれる日が来るなんて……。


 母さんはまたポロポロと泣いていた。それを見て思ったんだ。俺はこの瞬間の為に生きてるって。


 実久や母さん、ゼファー、村のみんなにはいかにも魔導士ぽく見えるローブを50着程作ってもらった。村のみんなからとにかくどんな布でもかき集めて、村の縫製ギルドの人達と協力して必死になって作り上げていった。フードがやたらと尖がって顔さえも隠れそうな、いかにも宗教染みたドレープたっぷりのローブだ。デザインはもちろん実久だ。まさしくコスプレマニアが好きそうなデザインで、あまりにもファンタジー感があって突っ込みたかったけど、これぐらい雰囲気を出した方がいいのかもしれないと思ってやめた。まさしく魔法が使えそうなヤツ。実際は使えないけどさ。


 ローブは制作数も多いし、製図用の大きな模造紙もないから、実久が台所の広い食卓テーブルの上に布地を広げ、直接布にローブの製図を書き上げていった。ローブの製図は裾以外はほぼ直線だし、量産するには平面裁断で作った方が遥かに効率がいいからだ。ゼファーが「なんだそのやり方は!?」と目を丸くして驚いていたのが印象的だった。

 

 実久が「これはね~、平面で製図を作る方法なんだよ。文化式とかドレメ式とかあってね~、実久は文化式なの!」と得意気に鼻高く説明していたのが微笑ましかった。ゼファーが「是非今度教えてほしい」と真剣に頼み込んでいたのもなんだか不思議だった。だって普段じゃ、実久にこんなこと願う奴なんてほぼいない。高校ではいつも不器用でみんなに引けをとっていた実久だけど、もしかしてこの世界ではすごく貴重な存在になるんじゃないかって思ったぐらいだ。この世界はどうやら紙自体が貴重らしく、それに服を量産するような概念もないから、立体裁断での仕立て方法しかないみたいだった。


 作業は毎日深夜まで続いた。時間が迫っていて、徹夜をした日もあった。みんな寝不足で目の下にクマを作り、体中糸くずだらけになりながら、ヘロヘロで必死に作り上げた。実久に至っては、ウトウトで睡魔と戦いながらミシンをかけていたせいで、頭はミシンにゴンッとぶつけるし、危うく指まで縫うところだった。けど俺も気付いたらミシン机の上で寝てたから人のことは言えねぇ。


 村へ協力を願いに行った時、俺があまりにも父親と似ていたからだろうか。それとも月が神という、ブリッジ教という宗教のおかげだろうか。戸惑う人達もいたけど、村のほぼみんなが1年前に失踪したリキラルト・クードだと信じてくれたのが救いだった。


――ついに戻って来られた……。これこそが、まさに月の導きじゃ……!

――生きておられたのですね……。こんなに大きくなられて……。レスミー様と瓜二つだわ……。

――私達はあなたが再び戻って来られる事をずっと待ち望んでおりました……。


 そんな村の人達の前に出ると、皆が驚き、涙を流す人さえもいた。まるであの時母さんに聞いた、誘拐犯からこの村を救った父さんになったような気持ちだった。村のみんなは、俺の話や協力の願いも真剣に聞いてくれた。母さんも一緒に説明をしてくれ、王妃だという素性も打ち明け、今までの経緯も全て話した。ゼファーやサバンさんからも村のみんなに協力を要請し、作戦を一緒に説明してくれた。

 

 話を聞く限り、俺が父親と顔がそっくりでも、性格も喋り方も何もかも違うはずだ。そんなカリスマ性なんて俺にはないし、人に称えられるようなすごい奴でもない。けど、俺にしか出来ないことがきっとあるはずだ。そう思い込みながら不安っていう文字を何度もかき消してきた。みんなで挑んだこの作戦、必ず上手く行かせてみせる。

 しかしさ、まさかこの世界に来てまでも同じことをするなんてな。実久はザクロ模様のローブに包まれた、こてこてな王子っぽい風貌の俺を見て相変わらず興奮して「りっきーかっこいいいい!!」と叫んでいた。 


 みんなで作り上げたものは全て偽りだ。見た目だけのひどいハリボテだ。だけど、救う術はこれしかない。


 いや、これがあるんだ――


 今、俺は大勢の民衆の前に立つ。

 この世界に思わず持ってきてしまったを空高く突き上げて。


「我が名は、レスミー・クード! 我らは月の神の導きにより、力を得た!」


 ルディさんを、父さんを、救いたいんだ。


 父親のコス姿で……!

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