最終章 3.王と王妃と魔導士

「なんだあいつは……! あのローブ姿は……!! まさか……」


 あの姿を見た瞬間、隣にいる父が青ざめながら声を荒げ、椅子から急に立ち上がった。


 ……違う、あれはオレの兄ではない。


 あれは息子のリキラルトだ。間違いない。兄はあの牢獄からは決して逃げてはいないはずだ。


 この大広場に民衆も大勢集まり、今、ルディの足元へ火がつけられようとしたその時に。

 王族しか着ることが認められていないザクロ模様のローブを着用し、その後ろには色とりどりのローブに包まれたいかにも怪しそうな長い杖を持った者達が大勢控えている。まさかあいちらは魔導士のつもりか!? それにリキラルトの隣には……。


「まさか、あの女は……、リニアか!? どうなっている!?」


 隣の父が血相を変えてまた周囲の家臣に訴えていてる。リキラルトが着ているザクロ模様と同じ布地で出来たドレスを身にまとい、二人でルディの処刑台まで一歩一歩向かって来ている。リニア、お前は今までどこに潜んでいた……!? おびき寄せるつもりが、まさかこのような姿で現れるとは。

 

「あのお姿は……レスミー様だわ!」

「生きておられた……」

「ついに帰って来られたんだわ……」

「隣のご夫人は……、あのザクロ模様……! まさかずっと行方不明と言われていた奥方様では……!?」


 民達が次々に歓喜の声を上げ、その二人が共に堂々と歩く姿にひれ伏し、涙を流す者さえいる。違う、そいつはお前達がいつも称えていた兄ではない……!


「この世界を混沌に巻き込み、悲しみしか生まないこの魔女狩りは、今日で終わりにさせてもらう! その者ルディ・ミスルドを解放せよ!」


 リキラルトが声を太く荒げ、見たこともないような大きな剣を空へ掲げ叫んでいる。なんだ、あの大剣は!? あんなもの今まで見たことがない。それになぜあんな細い片腕で持ち上げているんだ!? 


 同時にフードを深く被ったローブ姿の大勢の者達が処刑台を素早く囲み、木の長い杖を同じように突き出している。くそっ、あの処刑人め、早く火を点けろ! 狼狽えるな! あの者達もはったりに決まっている! 魔女や魔導士なんてこの世界にはいないのだ! 


「くそっ、どうなっておるのだ! お前達、アイツの脱獄を見逃したのか!?」

「まさか……、あの地下牢から逃げ出すとは考えられません……」

「だが、あの有様はなんだ! あそこにレスミーがおるではないか!!」

「も、申し訳ございません……!」

 

 父があの息子リキラルトを見て、兄が脱獄したと思い込んでいる。くそっ、このままではあいつの思い通りではないか。


「父上、あの者は兄ではありません! 息子です。リキラルトです……!」

「息子だと!? 生きていてもまだ2歳ぐらいのはずだ!」

「ですが、あのあれはリキラルトなのです……! すぐにあの牢獄を確認せよ!」


 近くの家臣へ命令したのはいいが、父も家臣達もあの姿に混乱し、状況がうまく呑み込めていない。それにあの年齢になっている奴の成長した姿をどう説明すればいいのか。あいつは兄の姿を借りて、民衆の気を引き込むつもりだろう。妻であるリニアも隣にいる。くそっ、こんな混乱を招くとは……。周囲の兵士達も慌てふためき、城内も騒然とし、錯乱を始めている。違う、あいつは兄ではない、息子だ、リキラルトなんだ……! 


「はやく火を点けろ! そいつは兄なんかじゃない!! リニア以外殺せ!!」

「しかし……、剣や杖を向けられております……」

「くっ……」


 ここで魔法などないと言えば、魔女狩りがただの偽りだったとばれ、オレや父の信用は増々低下してしまう。近くに控えていた家臣へ叫んだ。


「兄をここに連れてくるんだ! 父と民に知らせる」

「しかし、ここへ連れてくれば、今まで投獄していたことが民にばれるのでは……」

「……構わない。アイツは兄ではないのだ」


 くそ!! ……なぜだ! なぜ、いつもうまく行かない! あの日を境にオレは何もかも兄より上に行っていたはずだ……! 満月のあの夜に闇にまみれ、クード城を襲ったあの日から。


――ダガー、なぜこんなことを……。

――兄さん、まだそんなことも分からないのか? そんなに身体中を傷だらけにされても、まだオレに問うのか? なぜ怒らない。なぜ苦しまない……! オレが今まで兄さんのせいでどれだけ苦しい思いをしてきたのか分からないのか……? 兄さんは、みんなに好かれて、みんなに慕われて、みんなから……。オレは兄さんのようにはなれない、なれなかった……! オレはこうするしかないんだ。オレの気持ちなんて兄さんには分かるはずがない……!

――ダガー、お前はそんな人間では……。

――うるさい! 黙れ!! なぜそんな目でいつも見るんだ! いつも兄さんはそうだ! ……オレはこんな人間だ、薄汚い人間なんだ……。意地汚くて弱くて、酷い奴だ……! こんなことをしないと決して上にはいけない。兄さんと同じようにやっては上へ行けないんだ……! なぜそれが分からないんだ!! いつだって兄さんはこんなオレを褒めてくれた、でもっ、オレは凄くない、何も出来ないんだ……。兄さんだって分かってるだろう? オレはいつも失敗してばかりだったじゃないか。何でも出来る兄さんは分からない……。兄さんなんかには決して分からないんだ……!


 あれからだ、地下牢に閉じ込めたのは。兄さんの大事なものを全部奪うために。全てを奪えば、兄さんは俺をとてつもなく憎むだろう? 心底恨むだろう? いつも澄んだその新緑色の目は、燃えたぎる怒りの炎へ変わるはずだ。オレを殺したいほどに。


「ダガー様、連れてまいりました」


 家来が地下牢から連れてきた久しく見たその姿は、以前のように整った姿は一切なく、金髪の麗しい髪は肩まで伸び、髭も長く生え、体は骨と皮しかないような姿になっている。だが、その新緑色の透き通る目で今も尚、オレを見つめている。その瞳に宿す朗らかさと優しさはあの頃と何も変わらない。

 

 まだ足りていないというのか、この仕打ちが。


 だがそれもここで終わりだ。

 兄もあいつも、まとめてここで公開処刑だ。

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