3章 8.一番弱くて、一番守られて、一番情けない奴
狭いベッドで朝を迎えると、ゼファーの姿はもう隣にはなかった。起き上がり台所へ行くと、リニアさんが朝食を作っているようだった。包丁を持って野菜を切っているようだ。実久も一緒に料理をしているのか、鍋の中をお玉でぐるぐる回している。
「あ、りっきー! おはよう!!」
「リキラルト……、おはよう」
「お、おはようございます……。ゼファーは?」
「ゼファーはね、村に買い物に行くって言ってたよ~」
二人ともこちらへ振り向き、にこっとそう答えてくれる実久とは正反対の素振りで、ぎこちなく微笑み挨拶をしてきた
「そっか。俺も何か手伝うよ。この薪どこかへ持っていくのか?」
テーブルの下に無惨に転がっていたたくさんの薪をひとつひとつ拾いながら、赤毛の彼女の後ろ姿をちらっと見上げる。再会してからまだ一度もまともに会話をしていない。一緒に過ごせなかったこの1年間、突然18歳の姿で現れた息子に彼女は一体何を思っているんだろうか。嬉しさだろうか。それとも悲しさだろうか。それとも他の何かなんだろうか。未だになんて声をかけていいのか分からない自分が不甲斐ない。昨晩ゼファーに言われた言葉が自然と浮かんだ。
――リキト君、君は僕と違って残された家族がまだいるんだ。それに君をあんなに慕う実久ちゃんもいる。僕は君が羨ましくてたまらないよ。だから時には正直に伝えないと後悔する日が来るかもしれいよ。僕の二の舞はやめたほうがいい。
その通りだと思う。だけど、拒否されたらって思うと、急に足がすくむように言葉が出なくなってしまう。好きだからというこの気持ちをまた拒否されたら――。
その時急に玄関のドアがバタンと開いた。
「大変な事になってる……!」
ゼファーだ。いつも冷静な男の血相を変えた表情が普通じゃない。走って来たのか、かなり息が上がっているみたいだ。みんなが驚き、ゼファーに注目している。その場にどさりと置かれた大きな袋から玉ねぎのようなものがコロンと一つ転がった。
「どうしたんじゃ?」
ゼファーの慌てた声に奥の自室からひょっこりと現れたサバンさんが不思議そうに問う。
「ルディ、ルディ様が……、火あぶりの刑になると……」
「え……」
持っていた薪を落としてしまった。
「5日後に決行されるらしいと、村で噂になっています……。元クード軍の女性兵士が魔女だと発覚し、裁判で火あぶりの系が下されたと……。きっとルディ様だ……。あの時捕まったんだ、僕達を逃がした後に……。魔女狩りも世界中でかなり酷くなってるみたいなんだ……。くそっ……! 何もかも酷くなる一方だ! あの村からも罪もない人々が……。リキト君がこの世界へ戻って来ている事がばれている以上、もしかするとダガー王は刑罰決行を強行しているのかもしれない……」
「そんな、ど、どうすれば……」
リニアさんもその場で立ち尽くし、小刻みに震えている。顔色もかなり悪い。ザバンさんも腕を組み神妙な顔で何か策を一生懸命考えているようだが、その表情は暗く、いつもの明るさがない。実久もその場で俺やゼファー、みんなの顔を交互に見ながらおろおろし、不安な色をその顔に映している。
「どうにか出来ないのか!?」
誰も答えてくれない。魔女狩りから罪なき人を救うには大量の金が必要だと言っていた。だがそれも今の俺達には僅かさえも用意出来ないだろう。
「ルディさん……。命を張って何度も助けてくれたのに……。何も出来ないなんて……、くそっ!!」
薪を全て落とした手で机をドンっと叩いた。俺がその場所へ行って、命をくれてやれば解決するのか? それでもルディさんが助かるのなら……。だけど、ダガーは王族関係者を消そうとしている。俺が死ねば、一番笑うのはあいつじゃないか。これはきっと俺を誘い出そうとしている。俺が行けばルディさんだって用無しだ。それに俺にも誰にも攻撃力も機動力も何もない。どうすればいいんだ。あの女性剣士は命を懸けて俺達を助けるために捕まってしまったというのに。
「くそっ!!」
「……りっきー?」
全部俺のせいじゃないか……。俺に何も力がないから。……俺はどうしようもない、誰よりも。一番弱くて、一番守られて、一番情けない奴。何も出来ない。何も言い返せない。まただ。なんで俺はこんなにいつも弱いんだ。いつだって、何も出来ない。
「りっきー、りっきー!? どうしたの?」
実久だ。急に寝室へ閉じこもった俺の名を呼びながら、部屋のドアをドンドンと強く叩いてくる。
「実久、ごめん……」
実久をなだめるような声が背中のドアの向こうから聞こえる。ゼファーだ。あいつのほうがよっぽど俺なんかよりしっかりしてるし、実久の事もちゃんと見てくれてる。
ほんと俺、何やってんだろ……。ここに来てから、何もやってねーじゃねぇか。みんなの世話になってるばっかだし、助けてもらってるばっか。あっちの世界ではそれなりに勉強だってじーちゃんの仕事だって頑張ってたつもりだった。けど、結局はずっとじーちゃんに守られてた。この世界でもただのお荷物じゃねぇか。俺のせいでルディさんも命を奪われようとしている。父さんだって俺を庇ってダガーに捕まったんじゃねぇか。それなのに、俺はなんも出来ねぇ。何も持ってねぇ。あいつに言われた通りじゃんか。
――僕は森影君のために将来の仕事のことを教えてあげたんだ! 君のしていることは意味がないって!
俺が今までやってきたことは何だったんだ? どこで一体役に立つんだ? 俺は何をやってきた? 俺の存在がみんなに迷惑かけてるだけじゃないか。
分かってる、ここで泣いたってどうしようもないって。でも、どう助けりゃいいんだよ。あの二人を。俺には分かんねぇよ――。
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