3章 7.愛する人の息子へ

「へ!?」


 思わず彼はベッドからがばっと起き上がったかと思うと、後頭部から視線を感じた。彼が優しい言葉なんてくれるからさ、ちょっと緩んでしまったみたいだ。ずっと一人で抱え込んでいたものがさ。


「リニア様が16歳の時、シスルト工房へ来られたあの日から、どんどんとその彼女の健気さに惹かれて行ってね、ずっとずっと好きだった。けれども僕は彼女より4つも下だったし、全然そんな対象に見てもらえなかったよ。ま、そうだよね。12歳の男なんてただの子供だよ」


 壁に向かったままそのまま答えた。さっきの彼女の話を聞いて、平気だったわけがない。はっきり言ってその場で泣いてしまいそうになった。だけどもちろん我慢した。ぐっと堪えてね。


 今までこの気持ちを誰にも打ち明けたことがない。ずっと誰かに言いたかった、相談したかった。けれど、相談したって何も変わる事はないんだ。そう思ってここまで過ごしてきた。でもこんな時に、ポロっと言ってしまうなんて。それも愛する女性の息子に。本当に自分はどうかしてると思う。でも、彼が恋敵とそっくりな姿でここへ戻って来てから、彼と一緒に過ごしていくうちにまるでレスミー様と一緒にいるような気分になることがある。性格や言動は似ても似つかないけど、やっぱり親子だなと思ったりすることもあった。女性達に振り回されているところなんかもそっくりだよ。そんな恋敵とそっくりな彼にこの気持ちをぶつければ、この渦巻いた罪悪感や傷んだ心が休まるかも、そう思ったのかもしれないな。


「ゼファー……、それで……、ずっと協力してたのか?」

「そうだよ。僕なりの彼女へ出来る事さ」

「それってめちゃくちゃ切なくね……? 相手がどんどん父さんに惹かれていってんのに、ずっと傍で見てたってことだろ? 伝えたのか? その、気持ちってやつを……」

「伝えられるわけないじゃないか、馬鹿なのか?」


 言いたかった。ずっと言いたかったさ。けれど言えるわけないじゃないか。思わずその息子へ皮肉を言ってしまった。僕もまだまだ子供だなと思う。


「まー、それもそうだよな……」


 寝台から僕も起き上がりレスミー様とそっくりな彼の顔を見つめた。


「……馬鹿は言い過ぎたね、すまない。伝えてはいない、けれど、彼女に言った」

「言った?」

「ああ。彼女が徹夜でミシンを踏んでた時、そのままミシン台の上で寝てた時があってね。その寝顔がすごく素敵でね。思わず気持ちを言ってしまったけど、聞こえてはいないさ。僕はね、今まで彼女と過ごしてきたこの思い出だけで僕の人生には意味があると思っているんだ。もちろん、泣いた日だってあったし、色々悔やんだ日もあったよ。こんなに彼女を思っても意味なんて何もないと何度も思った。でも、彼女からもらったたくさんの幸せがあったからね。彼女と出会わせてくれただけで全てに感謝している……と言えば少しは楽になるかな」

「……そっか」


 そう何度も言い聞かせてきたんだ。何度も何度も。こうすることしか僕自身を救う方法がなかった。リキト君、そんなに悲しい顔をするなよ。僕が恋敵に文句をつらつら言って、ひがんでいるみたいじゃないか。ま、実際そうなんだろうけどね。

 

「君はさ、僕みたいにならなくていいんだから。ミクちゃんをちゃんと捕まえておかないとね」

「だから俺と実久はそんな関係じゃ……」


 君の照れた顔色だけは本当に正直だね。


「彼女が他の誰かと一緒になっても後悔しないのかい? ミクちゃん、ちょっと性格的な問題はあるけど、それなりに可愛いと思うよ」

「おい、まさか……」

「僕は失恋真っただ中だからね、ミクちゃんに癒してもらい……うっ!」


 いきなり枕を僕の顔に乱暴に当ててきた君は、口より体が先に動くみたいだね。君が父親と決定的に違うところは、その気持ちを正直に言葉に出せない部分だね。思わずからかいたくなるよ。


「冗談だよ。君は本当に頑固と言うかなんというか。損する性格だね」

「うるせー」


 ふっと目線をそらしながら、恥ずかしそうにする君の顔を見るだけで思わず笑いが出そうになるよ。君がミクちゃんを大好きなことぐらい、僕にだってわかるよ。もしかして君以上に理解しているかもしれないね。


「リキト君、君は僕と違って残された家族がまだいるんだ。それに君をあんなに慕う実久ちゃんもいる。僕は君が羨ましくてたまらないよ。だから時には正直に伝えないと後悔する日が来るかもしれいよ。僕の二の舞はやめたほうがいい」

「ゼファー……」


 あの方の息子にここまで偉そうなことを言いながら、「でも僕が一番辛いよ」と言ったら彼女は笑ってくれるだろうか。


「そんな暗い顔しないでくれよ。僕まで暗くなるだろう。せっかく我慢してるんだからさ」


 少しぐらい強がってもいいじゃないか。愛する人の息子の前でだけどさ。


「息子の俺が言うのもおかしいけどさ、ゼファーが俺の父親だった未来ももしかするとあったんだよなって思うんだ。きっとそんな未来でも全然おかしくないと思う。だってさ、ゼファーいい男じゃん! こんなことに巻き込まれた上に仕事も少なくなったって言ってたのに、こんなに俺や実久を世話してくれてるし、ちゃんと真剣に話も聞いてくれる。……例え好きな女性の為でもさ、ここまで出来る奴はお前ぐらいだって! ありがとな」


「……馬鹿なこと言うなよ。僕が君の父親だって? やめてくれよ……ほんとにさ……。君にはレスミー様という立派な王族の父がいるのだから」


 君の優しさだとは分かる。けれど、そんなこと言うなんて卑怯だよ、リキト君。彼女とのそんな未来を想像してしまったじゃないか。これ以上君と面と向かって会話を続けられる自信がない。

 

 再びふとんを被り、寝台へ横になって壁側を向いた。……もうこの涙は止められそうにないから。


「王族の父親か……。正直言って今更会ってどんな顔すればいいのかもわかんねぇし、1歳だった子供が1年で18にもなってるんだ。リニアさんもさっき思いつめた感じだったしさ……。みんなさ、俺を守る為に戦ってくれてるんだよな……。ルディさんも無事なのかもわかんねぇしさ……。なのにさ、俺は17年も何も知らず、地球で呑気に過ごしてたんだなって思うとさ、ほんと馬鹿な奴だなって思うよ……。こんな顔両親に見せてもいいのかって」


「君は何も知らされなかったんだろう? おじいさんにずっと守られていたんだよ。それに君がいくつになったて、親にとってはいつまでも子供のままだと思うよ。リニア様が18歳になった僕をずっと子供のように思ってる事と一緒さ」

「説得力あるな、それ」

「そうだろ?」


 泣きながら冗談を言う僕にも笑いが出るよ。


「なんていうか、ゼファーってカッコイイよな」

「それは褒められてるのかな?」

「ああ、褒めてる」

「それは有難いね」


 そう言いながら彼も寝台へ横になったようだ。だけど、こちらへ向き僕の後頭部へ話しかけている。

 

「なぁゼファー。俺、ずっと両親は死んでるって聞かされててさ。まさかあんなに若い母親に会えるなんて思ってもみなかったし、それに実感もイマイチわかねぇしさ、正直言うとさ、今更母さんなんて恥ずかしくて言えねぇんだよな……」

「君の父親はもっと若いよ。彼女の一つ下だからね」

「そっか……。18歳にもなった俺と会って喜んでくれるのかも分かんねぇな……」

「会って確かめるのが一番だけどね。けれど……」

「城へ行けば死ぬかもな、俺」

「……それなりの覚悟が必要だね」


 ルディさんの情報によれば、レスミー様は城の牢獄に閉じ込められていることになる。そうであれば、僕達で助けることはほぼ不可能だ。 


「せめてさ、俺が実は伝説の勇者だった! とか伝説の魔法使いだった! とかだったら良かったんだけどな。そしたら剣とか魔法とかガンガン使って戦ったりしてさ……」

「リキト君……、気持ちは分かるよ。だけど、僕らはただの縫製士。助けに行きたいが、剣の使い方さえ知らない僕らが行っても殺されに行くようなものだ」

「分かってるって……。でも……」


 それから何も言わなくなった彼は体をひねらせ僕とは反対の方向へ顔を向けたようだった。背中合わせで二人で横になっている狭い寝台。彼の暖かな体温を背中からほのかに感じる。彼は父を助けられず、僕は愛する人の夫を助けられない。


 なぁ、リキト君。僕らはなんて無力なんだろう。

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