3章 6.時間を越える重力
「そんなことが……」
やっぱ俺ってここで生まれてたのか。それに1歳の時にあのキラキラ球体に飲み込まれてるって……。隣に座る実久が、「レスミー? んーーレスミー……」となぜかレスミーという名を連呼しながら、眉間にしわを寄せて何かをすごく考えている。ゼファーはなぜか暗い顔をして下をずっと向いている。外はもう真っ暗で、強めの風が窓へ打ち付ける音だけが響いている。
「これが1年前の月食での出来事よ。その後、私はこの家へお世話になっているの。森で彷徨っていた時、偶然助けられてね。サバンさんにはこの村で働いていた時、仲良くしてもらったこともあって、とても感謝してるの」
「あの夜、わしは月食の観察をこの森でしておった。その時突然ふらふらと知った顔が現れての。まさかあの『シスルト工房』で働いていたおなごが、王妃となっているとは驚いたわい。しかしなぁ、この世は不思議なことでまだまだ満ち溢れておってのう、わしもその話をリニア様から聞いた時、信じられなかったんじゃが……」
「ずっと不思議に思ってたけど、なんで世界共通語が俺達が住んでた国と同じ言語なんだ?」
ずっと気になっていたことをサバンさんへ質問してみた。
「わしもそこは不思議に思うところじゃ……」
「何かまだ分かんねぇ事実があんのか……。俺がここへどうやって来たのかもよく分かんねぇしさ」
「詳しく教えてくれんかのう?」
ここにじーちゃんの代わりに来ることになってしまった経緯を全て話した。実久の家にあった大掛かりな機材のこと、あの球体に飛び込んだ時、その中で見た若いじーちゃんとリニアさんが出てきた流れ行く川のような映像。ルディさんに甲冑集団から助けてもらったこと、じーちゃんを向こうの世界へ戻したこと、ここへ来た当初体が重く感じたこと。そして森を抜けた時、ゼファーに助けてもらったこと。するとずっと黙っていたゼファーが口を開いた。
「僕は頼まれていたんだ。ある日突然僕の前に行方不明だと言われていたリニア様が現れた。そして僕に今までのいきさつ全てを話してくださったんだ。月食の夜はもしかすると何か特別なことが起こるかもしれない。協力してほしいとね。僕ははっきり言ってそんなこと信じられなかった。だけど、リニア様の頼みだから、引き受けたんだ……。君と会ったあの月食の夜、僕は外を巡回していてね。君を一瞬見ただけで分かったよ。レスミー様にそっくりだったからね。だけど、ずっと君達を疑っていたのは事実だ。ご両親の名前や法王の名前を君から聞いてもね。だってたった1年で1歳から18歳にもなっていたその姿をすぐに信じられるわけないだろう? 何か企んでいる危ない人間の可能性だってあった。だが君達と一緒に生活を始めてから段々とこの世界の住人ではないと思い始めたんだ。それに君はやっぱり服作りを学んでいた。リニア様やリュウシン様と同じように。僕はこの真実を信じ、受け止めるよ。黙っていてすまない……」
そう告げたゼファーは、なぜか暗い顔をして少し元気がなさげな様子だ。
「そうだったのか……、ありがとな」
もしあの時ゼファーが助けてくれなければ、俺達はどうなっていたのか。俺達を疑っていたとしても助けられたのは事実だ。ゼファーは言葉が少しストレート過ぎて鼻につくところもあるが、かなり出来る男だと思う。一人で工房を切り盛りしてる時点で尊敬だよ、ほんと。
「君がなぜ一年で18歳にもなっていたのか。わしゃ色々考えてみたんじゃが、リキラルト様、いや、リキトくんと言わせてもらおう。恐らくじゃが、君達がいた世界とこの世界は重さが違うはずじゃ」
「重さ?」
「君が1年でここまで成長していることを色々考察してみた。君の世界からこの世界の過去へ移動して来た時間移動説、そして重力で時間の速度が変わる重力説じゃ」
「重力で時間の速度が変わるんですか?」
タイムトラベル説は俺も考えていた。じーちゃんがあの機械で事件が起こった1年後に飛ばしていたと考えれば、辻褄が合う。けれど、時間が指定出来るのなら、事件が起こらない前へ繋げてもいいはずだ。
「ああ、研究結果ではそのように解いておる。とてつもなく重たいものは時間さえもねじ曲げるのじゃ。この世界の時間と君達の世界の時間をそれぞれ一本の真っ直ぐな線と例えよう。この世界の線の上に重い重力が乗っていたらどうなると思う? その重すぎる重力によって線は曲がるのじゃ。その線が湾曲すればするほど、君達の世界にある真っすぐな線よりも、時間の移動時間が遅くなる。同じ1日を過ごしても、ここの世界は湾曲した線じゃから、少ししか時間が進んでおらんのじゃ。君がこの世界へ来て体が重いと言ったこと、そしてリュウシン様が手紙で『宇宙の法則』と書いてあったのが確証となったわい。この世界は君がいた世界より遥かに重力が重たいのじゃ。そしてここに来られたのはな、月の力が作用しておる、それにリュウシン様とリニア様が結んだ親子という鍵の穴じゃ」
「月と鍵……?」
そーいやじーちゃん、月食の時、俺に向かってお前が鍵になれば、とか言ってたような……。
「わしゃはな、ずっと月と宇宙の研究をしておる。なぜ月食の日にそんなことが起こったのか、ずっと考えておった。それも過去2度もじゃ。君の話を聞く限り、2度目は君達の世界も月食じゃという。何かの装置でこちらへ来る術を持っていたようじゃが、それも月食の限られた時間だけじゃ」
サバンさんが考え込むかのように三つ網されたあこ髭をそっと触りながらまた口をゆっくりと開いた。
「今、君からの話とリュウシン様がリニア様に宛てた手紙を読む限り、1年前のリュウシン様と赤子の君は、事故によりたまたまこの世界と繋がった『チキュウ』へ飛ばされた。君が見たという装置の不具合などが考えられる。そして2度目の今回は、飛ばされたリュウシン様が確実にこの世界へ来る為に、こちらの世界で暮らすリニア様と君の世界にいたリュウシン様を鍵にして、引き合う形で結んだと考えておる。装置と月の力を借りてな。……恐らくじゃが、君達の世界の月とこちらの世界の月は兄弟じゃ」
「月に兄弟がいるの!?」
実久が驚いている。俺もだ。そんな話を学校で習った記憶は一切ない。
「そうじゃ、光と闇それぞれの側面を持つ月の兄弟じゃ。月は表だけ光が当たり、裏面はずっと隠された闇じゃろう? 大昔、どちらかの闇となる部分が何かの衝撃で砕け散り、その破片が彷徨いもう一つの世界の月の表部分、つまり光る部分を形成したと見ておる。一つの月から分かれた月は、まるで磁石のようにお互いが共鳴しあっとるという考察じゃ。恐らくその共鳴の導きにより、一瞬で距離や空間を超える要素を持ったと考えておる。あくまで仮説じゃがな……」
「光と闇……」
確か月の裏側って最大級のどでかいクレーターがあるって前テレビで言ってたな。なんだっけ、南極だっけ、北極? なんたら盆地って聞いた気が……。
「光落ちレスミーと闇落ちダガーみたい!」
「実久、またそんなこと言って……」
「まるであの双子のようね……」
リニアさんが悲しそうに一言呟いた。
「そして月食が起こる事により、満月じゃったお互いの月が闇となり、光を失うことによってそっくりな双子のようになる。まるで失った光をそれぞれで補うかのようにお互いが強く引き付け合い、わし達の世界と繋がり、二つで一つとなる瞬間があるはずなのじゃ。リュウシン様は恐らくその力を利用してここへ来ようとしたはずじゃ。途中で君が見たというリュウシン様とリニア様の記憶のようなものも、恐らく彼がこの世界へ来るために自分の血が半分流れるリニア様の存在自体を鍵にしたせいじゃ。鍵になった二人のこれまで歩んできた人生が、その穴の中で絡み合うように渦巻いておったはずじゃ」
と言う事は、あの時見たのはじーちゃんが若い頃に体験してきたものってことなのか。
俺のことを『鍵』と言ってたのは、俺とじーちゃんでも鍵になれるってことだったのか……。
「その引き合う月食は次いつ起こるんですか? じーちゃんが次の月食までにあの森へ戻って来いと言ってて……」
「次の月食はおよそ1か月後じゃ。月食自体は珍しいことではない。だが引き付けあう月食はお互いの時間が合わないと起こらないはずじゃ。その次の引き付けがいつ訪れるのか、わしゃには検討もつかないのじゃが……」
次が確実に日本へ帰れる最後のチャンスかもってことか……? あの時じーちゃんは確か……。
「そーいやじーちゃん、次の月食逃したら次は35年後って言ってたような……、はぁ!? 35年後!?」
自分の言葉で思わず席から激しく立ち上がってしまった。
さっきの重力の話が正しければ、この世界の1ヶ月でも地球ではだいぶ時間が経過してるはずなのに、ここで35年も過ごしたら地球って何年進んでるんだ!? 確実に次の月食で地球に戻らないとやばすぎるだろ……。ここで35年も過ごしたら俺53歳じゃん。それにそこで地球に戻っても、地球って西暦何年だよ!? 完全にレベルの桁が違う浦島太郎状態じゃん。やべぇ……。
実久はまた眉間にしわをよせたかと思ったら、「実久、52歳!」と計算の答えが出てすごく嬉しそうだけどさ。いや、もっとショックとか受けないわけ?
「……ごめん、ちょっと喋り疲れちゃった。少し部屋に戻って休ませてもらうわ」
目の前のリニアさんが下を向き、拳をぎゅっと握っていたかと思うと、サッと部屋へ戻って行った。もしかして俺が帰る話とかしたせい……?
「僕もちょっと休ませてくれないか」
さっきからなんか暗くて様子がおかしかったゼファーも部屋へ戻って行ってしまった。
「もう夜も遅いから、今日は休むことにしようかの。話はまた明日じゃ」
リニアさんの退室からお開きになったこの会は、リニアさんと実久、ゼファーと俺でそれぞれ分かれて寝室を用意してもらった。実久がまた「りっきーと一緒に寝る!」なんて言い出さないかひやひやだったけど、どうもただ一人で寝るのが嫌だったらしい。リニアさんと一緒の部屋ですんなり寝てくれるとのことで一安心だ。しかしあいつはいつになったら、俺が18歳の男だって分かってくれるんだろうか……。
ゼファーと二人で一人用のベッドに寝るのはちょっと窮屈なものだったが、贅沢は言ってられない。この世界でベッドで寝れるだけの幸運があることに感謝したい。ゼファーは壁に顔を向け、俺と背中合わせで寝ている。さっきからなんか様子がおかしいし、ちょっと話しかけてみっか。
「ゼファー、起きてるか?」
「……ああ、なんだい?」
「ゼファーはすげーや。一人であんな工房切り盛りしてさ。俺はじーちゃんがいたから、この技術も身に付けたみたいなもんだし、尊敬するよ、ほんっと。それにリニアさんもすごくお前に頼っててさ。みんなからもきっと慕われてるんだよな。じゃないとこんな仕事も出来ないだろうしさ」
なんだか気落ちしてるっぽいし、ちょっと励ましてみようかと思ってさ。
「……リキト君、僕はリニア様が大好きだったんだ」
なぜこんな話になったんだろうか。
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