3章 5.レスミーとダガー

 その夜、レスミーは外で他の兵士達と一緒に城へ戻る準備をしていた。キーペント一族に双子の王子がいるとは知っていたけれども、私は顔も名前も知らなかった。


――レスミー。いえ、レスミー様。

――リニアさん、そんな風に今更言われると恥ずかしいですよ。今まで黙っていて申し訳ありません。リニアさんとお話すること、僕とても楽しみにしてたんですよ。色々と教えていただき、本当にありがとうございます。もう直接会うことはないかもしれませんが、あなたのことは忘れませんから。


 またその暖かな笑顔を向けてくれて、私は心臓がどきどきしていたわ。


――お話があるのです。


 私は他の誰にも聞かれないように、自身の素性の事、全て話をしたの。同じ王族だったことが嬉しくてうれしくて。こんなことあるんだと思ってね。レスミーはとてもびっくりしていたわ。それもそうよね。私のことを村娘とずっと思っていたんだから。すると急に声を出して笑い出したの。


――こんなこと、本当にあるのですね。びっくりしましたよ。今後、僕は少しの間クード城でお世話になります。リニア様のこともリュウシン法王へ色々とご報告をしなくては。


 笑いながらそう言ってくれる彼の顔を見て、もしかしたら、もしかしたら、私のこの想いは届くのかしら、そう思ったの。だから言ってしまったわ。


――父に、あなたの娘は僕に惚れている、との報告も。


 我ながら、なんて馬鹿な告白方法なの、と後からとてつもなく後悔したわ。レスミーは一瞬時が止まったように動かなくなったけど、にこっとまた微笑んで口を開いた。


――では、あなたの父に僕もあなたの娘に惚れている、と伝えますね。



 それから1年後、私達は婚姻関係を結んだ。


 レスミーは優しいから、私を傷つけないようにそう言ってくれたのかと思ったわ。でもこう言ってくれたの。


――そうじゃないよ。君がとても一生懸命あの工房で働いていたのを僕は知っていた。失敗したって何度も何度も糸をほどいたりして、すごく小さなことでも投げださず、少しずつ前へ進む女性だなとずっと思っていたんだよ。だからとても応援したくなって、いつも工房へ通ってしまっていたんだ。……僕は思うんだ。些細な小さき事こそが、大きな事へと繋がっていくんだってね。君はどんなことでもコツコツと真剣に頑張っていた。そんなリニアと一緒なら僕も幸せだし、この世界をもっと素晴らしいものへ発展させていけるはずだ。そんな女性と結婚出来るだなんて僕はとても幸運な男だよ。


 彼は私でさえ気付いていない部分を誉めてくれたの。こんな風に自身を見てくれている人がいるんだなって思うとすごく嬉しくて嬉しくて。


 私は彼のために何か出来ることはないかと考えたわ。私に出来ること。それは服を仕立てること。結婚式に彼が身に着けるローブを作りたいと思ったの。あの工房で婚姻ギリギリまで働き、作り上げたわ。王族のみ着ることが許される子孫繁栄、豊穣の意味を持つザクロ模様のローブ。まさに世界を想う彼にぴったりな模様だった。心をこめて私が今までの習得した技術を存分に生かし、大切に大切に制作した。そして彼はそのローブを身に着けてにっこりと『ありがとう』と言ってくれて、嬉しそうに式に出てくれたの。


――兄さん、結婚おめでとう。そのザクロ模様のローブとても素敵だね。

――ダガー、ありがとう。これはリニアが作ってくれたんだよ。

――ダガー様、初めまして。リニアと申します。


 その時初めてレスミーの双子の弟であるダガーと対面したわ。顔は似ていたけれど、レスミーと違って髪は真っ黒で、赤褐色の瞳が印象的で。兄と同じように、ふわりと笑う優しそうな青年だったのを覚えてるわ。その時、二人の子供の頃の話や思い出話をたくさんダガーから聞いたわ。レスミーが「そんなことまで言わないでくれよ」と照れちゃう恥ずかしい話も、笑える話も。二人で侍女の肩にカエルをそっと乗せたりして、驚かせるいたずらもたくさんやったことも。二人はとても仲が良さそうで、お互い支え合っている素敵な兄弟だなと思ったの。


 以前は敵対していたキーペント一族とクード一族の王族同士の結婚は、この3国を統一したキーブルド王国にとって平和の象徴だと言われた。更なる平和をもたらせてくれると。レスミーは、クード一族に婿養子として来たから、新しい地位として、この世界の王となることが約束されていたの。それこそ元両国にとってとても喜ばしいことだった。

 

 それに彼はね、あの時あの村で、正体を明かしたことをきっかけに、王族だったことがどんどんと世界に知れ渡り、『なんと素晴らしく民の気持ちに寄り添ってくれるお方なんだ』と一躍有名になってね。その後レスミーは、以前回った各ギルドをレスミー・クードとしてまた訪問したの。正体を黙っていたことを詫びたい、そして僕から激励を直接各地へ届けたいと言ってね。民達は、その訪問を心から喜び、皆で称えたと言うわ。レスミーはそれからまた更に信頼を築き上げ、世界中からとても愛される人物となっていった。


 そして、結婚式の2年後に私達の間に生まれたのがあなた、『リキラルト・クード』よ。平和の象徴から生まれた申し子。これこそが平和の証と言われたわ。私達もこの平和で幸せな時がずっと続くと思っていた。


 だけど、あなたが1歳になったばかりの頃、あの事件は起こった――。


 

――リニア、レスミー! 起きるんだ!!

――城がキーペントの甲冑を身に着けた兵達に囲まれております! 早く脱出のご準備を!


 父がルディと一緒に私達親子3人の寝室まで慌てて駆け付けてきたの。20歳の成人を迎えたレスミーに、王という地位への即位式を次の日に控えていた真夜中だった。


――まさか、そんな、父上なのか……!?


 キーペント一族による、内部抗争が起こったの。

 

 レスミーの驚きようとその表情から、どれだけの衝撃と困惑があるのか察しがついたわ。キーペント一族はレスミーの父マーヴィスを筆頭に、キーブルト王国の管轄の元で、元キーペント帝国の領地をそのまま治めてもらっていたの。その兵士達が、元キーペント帝国の国旗を掲げて、城を取り囲んでいた。そして要求はこうだった。「兄レスミーの王即位を取り下げ、マーヴィスを法王に、ダガーを王に即位させるべし。拒否すれば強行突破を行う」と。


 レスミーとダガーの父であるマーヴィスは世界統一される以前までは覇王と言われ、最後まで統一に首を縦に振らず、私達クード王国を困らせていたの。でも父リュウシンの戦略によって、ことごとく失脚したキーペント帝国は、統一国家となることを望み、共に世界を良くしていこうと協力的だったわ。だから私達はキーペント一族がなぜそんなことをするのか、全く理解が出来なかった。それにダガーは兄であるレスミーが大好きだと私は思っていたし、レスミーもダガーのことをいつも褒めていて優しい弟なんだと言っていたもの。何が起きているのか信じられない程だった。


――僕は父達の元へ行く。ダガーもきっとここにいるはずだ……。何か事情があるはずだ。僕の一族が抗争を起こすなんて……。本当にすまない。

――レスミーがやったことじゃないわ。それにあの場へ行くだなんて危険すぎます! お願い、私達と一緒に来て! 

――君は父上と一緒にリキラルトを連れて城外へ行くんだ。時間がない。ルディ、3人を頼む。

――かしこまりました。

――そんな……。


 レスミーは次の日の即位式にも着用予定だった、私が作ったザクロ模様のローブをリキラルトへ巻いてくれたの。


――今夜は冷える。これだと暖かいからね。でもこれは僕のお気に入りだからね。必ず返してくれよ。


 ふんわりとしたいつもの笑顔を私にくれて、最後にぎゅっと抱きしめてくれた。彼は私達のために時間稼ぎをするつもりなんだときっとそこにいる誰もが分かっていたわ。


 するとしびれを切らしたキーペント軍が剣を抜きだしたの。鉄と鉄がぶつかる鈍い音が窓の外から響いてきた。


――大丈夫だから。


 レスミーがそう言って出ていくと、私達は城の脱出路として設けられている地下道を抜け、森へ出たわ。父がリキラルトを抱き、ルディに先導してもらって、道無き道をとにかく走った。城からは火が上がっているようにも見えて、まるで暗闇の空が燃えているような不気味な夜だったことを覚えているわ。そして月も。あの日は月食で、その月色がまるでダガーの瞳のように赤褐色に燃えていた。


 月が血の色に染まる月食の日は不吉な事が起こると言われている。まさしくそんな夜だった。


――追われています! 


 ルディが後ろから迫ってくる大勢の気配に勘づき、素早く剣を抜き、攻撃してきた剣を受け止め、戦い始めたの。でもその圧倒的戦力さを見せつけられ、ルディもすぐに捕まってしまった。


 そして背後から現れたのは数人の兵士を連れたダガーだった。鎖の手錠に繋がれたレスミーも一緒に。


――リニア……。


 レスミーは傷だらけで、確実にキーペント族から傷を負わされているように見えた。立っているだけでも辛そうでふらふらしていたわ。でもその顔に怒りはなく、とても悲しそうで、思いつめたような表情だった。


――ダガー、なんてことを! なぜこんなことをされるのですか!

――兄が嫌いだからだ。それ以外に何の理由があるというのか。

――嫌い!? あなたはあんなに嬉しそうに彼と話をして……。

――そんなことはどうでもいい。はやく息子とリュウシンを渡せ。

――え?

――はやく渡せと言っているんだ!


 ダガーはしつこく二人を渡せと言ってきたわ。


――その息子もお前の父も兄も何かもかが、父やオレの即位には邪魔だ。

――まさか、……そんなこと……。

――お前だけがいれば十分だ。その赤子のクード族ではない、キーペントの男子を生んでもらう。

――ダガー! お願いだ、もうやめてくれ! 俺が、俺だけが悪いんだ。お願いだ、俺はどうなってもいい。その代わり妻達に手を出さないでくれ……!!


 レスミーが森で叫ぶ中、私は父と息子へ近付き始めた兵士の前で両手を広げ、行く手を阻んだ。


――リニア、何をしておる! やめなさい!!

――お父様、その子を連れて早く逃げて!!


 背後の父に向かって叫んだその時だった。


 私達の目の前に、黒く大きくて人が入れそうなほどの球体がバチンと大きな音を立てて現れた。それはまるで星空を丸く固めたようなものだった。ぐるぐると小さな星々の輝きが中で動めいていて、まるで未知の世界を見ているようだった。そこへ立っていた父と息子がまるで一瞬で吸い込まれたように飲み込まれ、そして再びバチンと音を立てると何事もなかったようにまた森の空間が戻っていた。


 でもそこには父と息子の姿はなかった。


――消えた!?

――父上!! リキラルト!?

――そんな……!!


 ダガーが辺りを慌てて見渡し、私も息子と父に何度も呼びかけたわ。レスミーもルディも誰もが騒然とし、辺りを見渡したの。だけど、ただ木々に囲まれた森の暗闇の中は誰もいなくて。

 

 私はその時のふいをついてその場から逃げ出した。レスミーとルディをその場に置いてきてしまったこと、すごく悔しかった。でも今は私が逃げ延びることで、またきっと救う機会が訪れることに賭けたの。私が生きていれば、彼は私達をおびき寄せる人質となり、きっと彼も殺されずに済むはずだと。父もリキラルトもきっときっと生きてるはず……。私の知らないどこかで……。


 そして、あなたは私の前に現れた。


 18歳の姿となって。

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