3章 2.闇を照らす光
村の近くまで来た馬車を下りてお礼を告げると、ゼファーの家まで徒歩で向かっている。
「僕の家はもう危険だ。縫製ギルドに問い合わせられ、住所がもうすぐ突き止められるはずだ。僕の知人に当てがある。荷物をまとめたらすぐにそこへ移動することにしよう」
「ゼファー、すまないな。巻き込んじまって……。何も関係ねぇのに……」
「……リキトくん、いや、リキラルト様。僕は……」
急に堅苦しい言葉になったかと思うと、下を向き口ごもった。隣では実久が「リキラルトって名前めちゃかっこいい……」とぼそぼそ言っている。
「何だよ、急に改まって。それにその名前で言うのやめろって。だいたいあんなの本当なのかも分かんねぇし」
「……君は王族の自覚がないんだね。まるであの人みたいだ」
「誰だよ、あの人って」
そのまま黙ってしまったゼファーは、何度聞いても何も教えてくれない。
ふわふわしたまま、ゼファーの家へ到着した時、鍵をかけたはずのドアが少し開いていることに気が付いた。
「誰かいるのか……?」
慌ててドアからみんなで離れると、外に立てかけてあった巻き割り用の斧を持った。
そーっと近くの窓から目視で室内を確認する。背中しか見えないが、小さな猫背の人がゼファーの広い仕事机の近くにある椅子に座り、両手で何かをゆっくりと飲んでいるようだ。
「おい、誰かいるぞ……! 机の前に座ってる。しかもなんかくつろいでるし!」
小声でゼファーに話しかける。
「まさかもう追手が回ってるのか……!?」
「いや、追手が人の家で勝手にくつろぐか!? それも一人みたいだし……。しかもなんか結構なじいさんぽいような……」
「りっきーだけずるい! 実久にも見せてーー!」
「おい、実久っ、押すなって! やめろって! 俺によじ登るな!」
「ミクちゃん、何やってんだ! 危ないだろ!?」
俺の背中によじ登ろうとする実久を必死にゼファーが引き留めようとしている。実久の好奇心旺盛さはいつもすげぇなって思うけどこういう時はほんとに困る。俺の首にぶら下がるなって! なんか柔らかいものも当たってっし!
「こりゃ、たまげた!!」
「うわぁ!!」
3人で押し問答をやってると、急に中から窓の開き戸が勢いよく開かれ、人が現れた。思わず叫んじまった上に、みんなで仲良く尻もちまでついちまったじゃんかよっ……!
「おじーちゃん、誰ですか?」
「ん? じーちゃんはな……」
急に目の前に現れた滑稽なじーちゃんに実久が名前を聞くのはいいが、俺の首から早く離れて欲しいんだが。
「サバン様!!」
「ゼファー、やっと帰って来たか~。待ちくたびれたぞい。勝手に茶まで飲んでおったわい!」
フォフォっと笑っているサバンと言われたこのじーちゃんはどうやらゼファーの知り合いのようだ。白髪頭の長い髪を後ろに三つ編みで一つにくくり、長い白髭までも3本の三つ編みだ。猫背のせいか背はかなり小さく見える。実久より細くて小さいかもしれない。俺のじーちゃんより年食ってそうだけど、その見た目からしてかなり滑稽だし、めちゃめちゃ元気そうに見える。
「荷物をまとめて今からそちらへ向かおうとしていたところだったのですが、まさか訪ねて来られるとは……」
「あの手紙を受け取ってから、いてもたってもいられなくてのぅ。迎えに来てしもうた。それに早くそなたの顔が見たくてのぅ」
そのじーさんはつぶらな瞳で俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「ほう、よく似ておる。さすが親子じゃな。たまげたたまげた!!」
「親子……?」
「どちらにも似ているが、父の血がかなり濃いみたいだのぅ」
ニコニコで「たまげたわい、ふぉっふぉっふぉっ」と絵に描いたように笑いながらまた部屋の中へ戻ったじーさんを見つめながらゼファーに尋ねた。
「誰だよ、あの愉快なじーさん」
「学者のサバン・アスト様だよ。天文学に詳しいんだ。今からあの方の家へお世話になる。君達も準備を」
そう言うと、地面から立ち上がり服についた土誇りをぱんぱんと落として、部屋へ入って行った。
ゼファーに言われるがまま、ジャケット姿から動きやすい服に着替え、洋服や食料、備品など、手渡されたものを袋にまとめると、あの日から袋に入れたままのでかいザクロ模様のローブを掴んだ。
「これってきっと何か重要なもんなんだよな……」
わざわざじーちゃんが持って来てるんだから、何かきっとあるはずだ。考えてもわかんねぇけどさ。
でかい麻袋を担ぎ上げると、ゼファーの家を後にした。
***
どうやら森の中にサバンさんの家はあるようで、また歩く羽目になってしまった。それも実久まで背負って。こうなったのは、途中でふらふらしている実久に気が付いて「おい、大丈夫か?」と話しかけると「……眠い」だと。どうにか目を覚まさせようと色々と必死に声を掛けたりはしたが、途中であちこちに生えてるでかい木に思いっきりぶつかり、仕方なく背負うことになってしまった。
確かに昨晩はずっと逃げ回ってたし、馬車での移動時間に2,3時間しか寝てないだろうし、その後もまた歩く羽目にもなったわけだし、そりゃ眠いだろう。すーすーと実久の寝息を耳元で聞いてると、まるででかい赤ちゃんだなって思う。
しかし、俺は昨日から一睡もしていないんだが……。ゼファーが荷物を持ってくれてはいるが、流石に実久を背負ってこの森を歩き続けるのは結構しんどいものがあるぞ。なんかさっきから頭くらくらするし。
「すまんのう。少し歩くがもう少しの辛抱じゃ」
しかしこのじーさん一体どんな体力してるんだ!? しゃんしゃんどんどん歩いてるし、めちゃくちゃ元気に道無き道を進んでいる。俺からしたらこんな森、どこに向かってどこを歩いているのかも分からない。全て同じ景色に見えるけど、きっとこのじーさんは家への道が分かるんだろう。俺なら完全に森で迷子だな。
「あのじーさん一体何歳なんだ?」
「今年で確か80歳じゃないかな。他の人達より2,30年は多く生きてるよ。信じられないぐらい超人だよ」
「てことは、ここって平均寿命50歳ぐらいってことか!?」
「ああ、そうだよ。別に普通だろう?」
「あ、ああ……」
俺の住んでた日本じゃ普通じゃないなんて、言えねぇ。
あのじーさんがあんな機敏な動きで80歳ってのも驚きだけど、この世界の平均寿命が50歳ぐらいだってのほうが衝撃的だろ。確か江戸時代もそれぐらいだったよな……。これだけ科学も発展してなきゃ、薬もたかがしれてるだろうし、そうなるのも仕方ないのか。俺だったらあと30年ぐらいしか生きられねぇのか。いやしかしやべぇ、視界がかすんできた。今すぐ倒れそうなんだけど。
「サバン様は天文学に詳しいんだ。様々な星の流れを読んで、月がどうやって生まれたかを調べたりしてるよ。色んな論文なんかも出していて、天文ギルドへ協力しているんだ。だから熱狂的なブリッジ教の信者の怒りを買っていてね。おかげで魔導士なんかじゃないかって噂されてたりしていて、こんな森の中にひっそりと住んでるんだよ。女性ほど多くはないけど、男性も悪魔の術を使う者として魔女と同類として捕まるからね」
「なんで月を調べると信者の怒りを買うんだよ?」
「それは、月が『神』だからじゃ」
「うわっ!!」
いつもなんで急にこのじーさんは現れるんだよ……! さっきまで俺の前を歩いてただろ!?
思わず実久を背中から落としそうになってしまった。実久をぐっと引き上げ持ち直したはいいが、女子にこんなこときっと言っちゃいけないんだろうけど、寝ているからかかなりずっしりと重い。せめて俺がまともに寝てれば余裕なんだろうけど……。さっきから既に足がふらふらしてるのに、これ以上余計な体力を使わさないでくれ……。
「……月が神様、なん、ですか?」
あーなんか言語能力もぼやけてきやがったな……。
「そうじゃ。月は闇を照らしてくれる光じゃ。何も見えない目の前の闇をその明かりで照らしてくれる。リュウシン前法王がブリッジ教を広めてから、あの月はみんなの支えなんじゃ。その神としての月を学問的に調べ上げるとなると、ブリッジ教の者から異端だ! と言われてなぁ。おかげでこんな森の奥地で暮らしとるわい。リニア様とゼファー以外には家の場所を知る者はおらん。わしはな、ブリッジ教に反したいわけじゃないんじゃ。ただ知りたいんじゃよ。あの月をな。なんでかって聞かれても意味なんかないわい、ふぉっふぉっ!」
また笑ってやがる。あー確か俺達がここへ来た時もじーちゃんが叫んでたっけかな。月のことを。それにリニアって、俺の母さんと同じ名前だし。あの変な丸いキラキラプラネタリウムに入った時も、確か……。あーやばいクラクラする。
「……リニアって、あの時も言ってた気がする……。なんか、若いじーちゃんが……。そう、あんな赤毛の女で……」
あ、なんか幻覚まで見えてきてしまった。だいぶキテるな……。やばい。
「おい、リキト君! 大丈夫かい!?」
一瞬天地が引っくり返った気がしたけど、あ、俺、もしかして倒れた……? なんかゼファーの声が頭の上からするんだけど……。
それに他の声も聞こえる。さっきの愉快なじーちゃんか? いや違うな、すごく綺麗な高い声で、心地いい声だ。実久の声でもない。とても気持ち良くて、ずっと聞いていたいそんな懐かしい声。あ、天使? 俺もしかして死んだ……?
「リキラルト……!!」
誰かの暖かい手が頬に触れた時、そこから何も分からなくなった。
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