3章 過去の真実
3章 1.じーちゃんとの思い出
あれから一晩中城下町の暗闇へ身を潜め、早朝に行商の馬車へ乗せてもらう事に成功した俺達は、ゆらゆらと荷物に紛れながら、村へ戻っている。
「ルディ様、大丈夫かな……」
分けてもらったパンを実久が心配そうにかじりながら呟いた。あの人数ではどんなに腕の立つ剣士でも分が悪すぎるはずだ。俺のせいだ。あんな危険な事に巻き込んでしまった、実久もゼファーも。
そんな二人は神経を張り詰まらせ、夜通し逃げて疲れきっていたんだろう、気が付くと馬車の中では二人とも眠っていた。さっきまでパンを食べていたのに、上を向いて口をぱかーっと開けている。そんな実久のはだけた胸元に、今まで着ていた深緑のロングジャケットをかけてやった。むにゃむにゃ言ってやがる。昨夜の事が嘘だったかのようなそのふぬけた寝顔に少しだけ和んだ。
そんな中俺だけが眠れず、ずっと今までのことに思いを巡らせていた。
どこまで俺は自分自身のことを知っているんだろう。考えれば考えるほど分からなことだらけで、じーちゃんが今ここにいれば色んなことを聞きたいけど、いない。俺が覚えてる限りじゃ、両親の記憶は一切無く、じーちゃんとの記憶しかない。じーちゃんが毎日軽ワゴンで保育園へ送り迎えをしてくれて、俺が行きたくないって泣きわめいた日もなだめながら連れて行かれたりして。なんでこんなに行きたくないって言ってるのに無理やり連れて行かれるんだって思ってた記憶があるけど、今思えばじーちゃんは俺を育てるために一生懸命あのミシンの部屋で糸くずにまみれながら仕事をしていたんだろう。
けど、休みになれば、散歩へ連れ出してくれ、
もちろん怒られた時だってあった。仕事場のミシン糸を勝手に持ち出しては、永久不滅そうに長く続く糸をずっとずっと出し続けて、ぐちゃぐちゃに絡ませて使いものにならなくして、「勝手に持ち出してはだめだ。これは大事な材料なんだから」って言われて怒られたこともある。50センチの方眼定規を勝手に持ち出して、剣にして実久と戦いごっこしてたら、プラスチックのその定規がばきっと半分に折れて「じーちゃんの仕事道具はおもちゃじゃない!」ってまた怒られたこともあった。
裁断ばさみで勝手に段ボールを切って工作してた時もめちゃくちゃ怒られたっけかな……。「これは布用のはさみなんだぞ! 段ボールなんて切ったらすぐに布が切れなくなって綺麗な洋服も作れなくなってしまうんだぞ!」って。
それに悲しませたこともあった。裁断用のカーブルーラーの丸い刃がすごく面白そうに見えて、触ってみたらスパッと人差し指の腹が切れて出血して、「怒られる」って思った。だけど、「わしが目を離してたからな、ほんとにすまん……」と絆創膏を巻かれながらなぜか謝られた時もあった。
仕事にも俺にもまっすぐだったじーちゃん。
じーちゃんのおかげで今の俺があるんだってやっと最近分かってきた気がしてた。なのに、ここには――
「くそっ、じーちゃん、どういうことなんだよ……。俺意味わかんぇって……。会って話聞かせてくれよ……。会いてぇんだよ……」
目の中が熱くなって、のどかな田園風景がボヤッとし始めたから、膝の中に顔をうずめた。
「……ああ、寝てしまってたな。もうすぐ到着だな」
少し時間が経った後、ゼファーがふと目を覚まし、呟いた。少しずつ見えてきた集落を見つめている。ゼファーの声で起きたのか、目をごしごしさせた実久はあくびをしている。
あの時ルディさんにあの場を任せて逃げてきた時から、俺が何も言い出さないからか、二人とも何も聞かないでいてくれている。あれだけ『王子』って言葉に大興奮していた実久さえもだ。だいぶ気を使わせてるし、心配かけてるよな。
「……俺、大丈夫だから。気ぃ使わせてごめんな。何か聞きたいことがあれば聞いてくれよ、って俺もなんも分かんねぇんだけどさ」
「……では、チキュウという言葉から教えてもらえるかな?」
「地球はね!! すごいんだよ!!」
なぜか実久が得意気に説明を始めた。それもかなりざっくりすぎる大雑把な説明でゼファーの頭が更に混乱しかけていたので、所々補足を入れながら二人で説明した。
俺達が住んでた日本のこと、世界の国々のこと、科学や技術、歴史や暮らし、衣食住についてや、戦争のことも。電気の技術にはとても驚いていた。この世界ではまだまだ先の技術みたいだった。
そして俺達がどうやってここへ来たのかも。あの時ルディさんが来てくれなかったら危なかったことも。じーちゃんとの生活や縫製仕事のことも全部話をした。するとゼファーはなぜか申し訳なさそうに口を開いた。
「君に後で会わせたい人がいるんだ」
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