3章 3.訪れた再会

「えっ、誰……?」


 目が覚めると、知らない部屋のベッドに寝かされていた。それに自分とそんなに年齢が変わらなさそうな赤毛の女の人がすぐ隣で自らの手を腕枕にして、なぜかスースーと寝息を立てている。長いまつげの下には涙の跡があり、思わずぎょっとしてしまい、ベッドから起き上がった。


「俺なんかしたっけ……?」


 辺りを慌てて見渡すと木造建ての6畳もなさそうな質素な部屋だった。今自分が寝ているベッドに小さな木のテーブルに椅子、それに足踏みミシンがなぜか置いてある。小さな窓からは生い茂った木しか見えず、空は明るそうだけど、木の陰に光が遮られていて少し暗くて深い森みたいだ。

 とりあえずこの女の人を起こしてみたほうがいいのか?


「あの……」

「……ん」


 声を掛けると、すぐに目を覚ましてくれた。


「どなた……、うわっ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 ちょ、ちょっと待て。俺の顔を見上げたかと思うと、いきなりがばっと抱き着いてきやがった……! しかもなんで大泣きしてんだ!? 状況が分かんねぇ……!! その時ドアがバタンと開いた。


「りっきーが起きたぁぁぁぁ!!」


 実久までにっこにこで走って飛びついてきた。なんで二人から抱き着かれてるんだ……? 一人は大泣きしてるし、一人はめっちゃ笑ってるし……!


「両手に花とはまさにこのこと。最高の寝起きだね」


 ドアの向こうからゆっくりとゼファーが現れた。相変らず座った目で笑ってやがる冷静な男だ。


「なにこれ……?」

「ふぉっふぉっふぉっ、感動の再会と言うべきじゃな」


 ゼファーの後から愉快なじーさんがぬっと現れた。笑うと相変わらず完全に目がなくなり垂れ目具合も一層際立つ。


「再会?」

「そうじゃ、親子のな」


***


 どうやら実久を背負ったまま森の中で疲弊し倒れた俺は、ゼファーに担がれながらここまで連れて来られたらしい。実久も一緒に地面に転がったけどそれでも起きなかったらしく、叩き起こされたとのことだった。


「すまなかったな、ゼファー。実久の面倒まで見てもらって」

「彼女を起こすの、大変だったよ、ほんとに。どんなに声を掛けても起きないんだから。ま、君を運ぶほうが数倍大変だったけどね」


 皮肉を言いながらも、ふと笑ってゼファーがその言葉を口にする。


「ありがとな」


 その後、疲弊した身体を井戸水で綺麗さっぱりして、年季の入った木のテーブルに5人で腰かけて夕食のポタージュのスープをみんなで飲んでいる。それはとても喜ばしく有難いことだ。けど、どーーも、赤毛の目の前の女性がこちらをガン見しているのがさっきからすごく気になるんだが。

 

「あ、あの、リニアさんですっけ……? なんでそんなに俺見てるんすか……?」

「さっきは泣きついてごめんなさい。この1年ずっとずっと息子の事が心配で、まさかこんなに大きくなって帰ってくるなんて……。でもこの目もこの鼻もこの口も私にそっくり!! それにレスミーにもそっくりだわ……!!」


 すっごく興奮して嬉しそうに言ってるけど、俺の母さんってマジかよ……。俺とほとんど年齢変わらなく見えるけど!? でもさっき、あの愉快なじーさんもそう言ってたんだよな……。


「あの、リニアさん。失礼ですが、おいくつですか……?」


 女性に年齢聞くなんてナンセンスだろうが、ここはしっかり確かめておく必要がある。


「22よ!」


 ……俺と4歳差!! 4歳差で親子だって言いたいのか?


「俺18歳なんすけど……」


 辺りがシーンと静まり返る。ここで黙られても俺困るんだけど……。「この世界は4歳で赤ちゃん生めるの?」とまたおかしなこと言ってるやつがいるけど、スープを飲む手を誰も止めようとせず、口を一切開こうとしない。その時またあの愉快な笑い声が部屋中に響いた。


「面白いのう。この世界、いや宇宙はまだまだ未知のことだらけじゃ」


 立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出すと、それをテーブルの上にそっと置いた。見覚えのある白い封筒だ。


「これって、俺がゼファーに渡してたあの手紙か……?」


 じーちゃんがわざわざこの世界へ持って来た誰かへ当てた手紙だ。だけど、文字が読めず、ゼファーが当てがあると言ってたから預けてたやつだ。


「ああ、そうだよ。この手紙はリニア様宛だったんだ」

「おまっ、もしかしてこの手紙の文字読めてたのか……!?」

「ああ、この文字はクード語で書かれてあるからね。嘘をついていてすまない。だけどあの時、君の事がまだよく分からなかったし、信じられなくてね。……君がリキラルト・クードだってことがね」

「今は信じられるって言うのか……?」

「ああ、この手紙の内容と、あの時のダガー王の発言、君が住んでたっていう『チキュウ』の説明も全部含めて、信じることにしたよ。それに何よりこんなにレスミー様と似てるしね」


 レスミーって俺の父親のことだよな……? みんな似てる、似てるってそんなに似てるのか、俺と。


「……その手紙はきっとじーちゃんが書いてるはずなんだ。一体何が書かれてるんだよ」


 その手紙の内容をゼファーは教えてくれた。


 

 ――リニアへ


 この手紙をリニアが読んでいるとすれば、もしかするとわしはもう生きていないのかもしれない。この真実を告げるために手紙を書いている。どうか届くことを願っている。


 あの時、リキラルトと共に「地球」という惑星へ飛んでしまった。あれは不運な事故だったとしか言いようがない。それからこの場所で17年の時を過ごした。もうわしは68歳だ。リキラルトは18歳になる。口は悪いが心優しい男に育ったと思っている。リニアとレスミーに代わって、わしなりにしっかりと育て上げたつもりだ。幼馴染の実久ちゃんには敵わないみたいだがな。


 わしは知人と協力し、17年後の月食時に再び現れる引き合いを捉えるための装置の開発に成功した。まだ不安定な要素はあるが、月の影の力を借り、リニアのいる世界へ飛び込めるところまで可能にした。わしは抗争を起こしたダガー達から救いたいと思った。これがわしからリニア達に出来る最後のことだと思ったからだ。

 

 これを読んでいるリニアからしたら、恐らく1年ほどしか時が経っていないことだろう。これが宇宙の法則というものだ。リキラルトの17年の成長をリニアとレスミーに見せられなかったこと、とても残念に思う。


 だが、リキラルトもわしも共に地球で生活し、たくさん笑ったり泣いたりしながらそれなりに幸せに過ごしたはずだ。リキラルトは顔こそ父親にそっくりだが、リニアと似て縫製技術も高く、針の王子なんて言われておる。針の王女なんて言われてた誰かとそっくりだ。性格もおっとりした父親より頑固ものの母親にかなり似ていると言ったら怒るかもしれないな。


 リキラルトはここへ連れて来られなかった。いや、置いてきた。その判断をしたのはわしだ。あの子は地球という星で平和に幸せに長く暮らしてほしい。これはわしの最後のわがままだ。運命への抵抗なのだ。本当にすまない――。



 ゼファーが手紙を読み終わると、何かを机にそっと置いた。写真だ。俺が誕生日ケーキの前でじーちゃんが撮ってくれた1歳の頃から18歳になるまでの写真が1枚ずつ入っている。12歳辺りからは、ケーキと一緒に写真に撮られるのがはずかしくてぶっちょうずらになっている。なんで毎年写真を撮られていたのか今、やっと分かった。


 俺の成長を見られない両親へ向けてだった。


「じーちゃん……」


 リニアという女性は写真を1枚1枚眺めながらうっとりとした表情で優しく微笑んでいる。その顔を見るとほんとに俺の母親なんだなって思った。その時ゼファーが口を開いた。


「リュウシン様は僕が生まれる前、僕の家で1年間暮らしてたんだ」

「そうなのか!? あの家で!?」

「そうだ。その縁があり、リュウシン様の娘であるリニア様も僕の家で働くことになったんだ」

「お前の家で働いてたリニアって女性は……」

「ああ、この目の前の女性だ。これは誰にも言えない秘密だったんだ。王女が村で普通に働いていると知れ渡ると大変だからね。だから近くに村人に扮して護衛も住んでいた。ルディという女性剣士だ」

「ルディって……! まさか俺達を助けてくれた女性剣士か!?」

「ああ、そうだ。君達に僕とリニア様との関係がばれぬよう黙っていた。すまないと思っている」


 2度も俺達を助けてくれた女性。命を懸けていつも俺達を守ってくれている。


「ルディさんが俺達を守ってたのって、俺のことを全て知ってるからなのか……?」

「ああ……。ルディさんは1年前のあの日、3人が失踪したあの森で一緒だったんだ。彼女は今までダガー王の元で働いていたが、恐らくずっと監視下に置かれていたはずだ。そんなルディさんがあの時最後に伝えてくれた。レスミー様が生きていると」

「レスミーって、父さんが生きていると言ってたアレか……?」

「……私が詳しく話しましょう」


 口を開いたのは、俺の母親と名乗る少し暗い表情をした女性だった。

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