2章 9.明かされた正体

「この世界の王!?」


 世界の覇者と言えば、俺の中じゃかなり悪どそうなおっさんのイメージだ。けど、目の前の男はどこからどう見てもかなり若い。少し俺より上と言ったところだ。長身に細い体に黒い髪。目はかなりクマがあるようだが、この暗闇の中で赤黒く光っているように見えるし、なぜか少し自分と顔立ちが似ている気がする。はっきり言って……


「闇落ちりっきー!!」


 実久の大声がこの街中の暗闇にこだまする。おい、この空気読めって!!


「実久っ、いつもいきなり言うのやめろって!!」

「闇落ち……?」

「ゼファー、今は聞くな」


 今は闇落ちの意味なんて悠長に説明している時間はない。こんな悪の親玉登場にどうすりゃいいんだ。こっちは武器を持ってる者はルディさんだけだし、向こうは10人以上も武装兵がいる。これって完全に絶体絶命じゃねぇか……。


「なぜ王がこんなところに……」

「ルディ、お前がなぜそいつらに加担しているかオレは分かっている。その後ろの金髪男のために、だろう?」

「はぁ、俺!?」

「まるで兄さんと瓜二つじゃないか……。見る度に憎たらしい姿だ」


 誰と似てるって? 見た目だけで憎たらしいって、勝手すぎねぇか!? 俺だって好きでこんな見た目に生まれたわけじゃねぇんだよ!


 困惑しているのは俺だけじゃない。実久も、ゼファーも俺を見つめ眉間にしわを寄せている。実久は黒髪男と俺を交互にきょろきょろ見つめながら、「光と闇……どちらもまたいい……」とぶつぶつ言っている。


「ダガー様、私はあなたこそ、救いたいと思っております。あなたの父上から……!」

「はっ、父は関係ない。これはオレの意思だ。オレを救いたいと言うのなら、さっさとそいつらを仕留めろ」

「……その命令はお受け出来ません」

 

 ルディさんは剣を顔の前で身構え、視線をダガーという男とその周囲の兵士から一切反らさない。そこにはまるで強い何かの意思が込められているようだった。


「騎士にさせてやる、と言ってもか?」

「……その夢はもう当に捨てました」

「あれほど望んでいた『騎士』をか……? 先代続いた夢をここで捨ててもいいのか? お前の一族の夢であろう? それを捨てるなど、ミスルド一族の誇りを失うみたいなものだ。オレならその夢を叶えさせてやることが出来る。今ここで」


 ダガーは腰から月明かりで鈍く反射する銀色の剣をゆっくりと引き抜いた。

 確か地球では騎士任命には王族や君主からの承諾があってからなれるんだったよな。イギリスの女王がすごい金額を国に寄付したっていうじいさんに剣を肩にかざして騎士に任命していたニュースは見たことがある。この世界でもそうなのか?


「私はミスルド一族の一人として、この剣に誇りを持っています。この意思こそあれば、一族の誇りは決して消えません」

「そんな意思など、ただの虚無だ。結果がなければ意味なんてない。死んだお前の親も今お前が決心しないことをきっと残念に思うだろう。どこで育て方を間違ったのか、とな。愚かな一族だ」


 悔しそうに下唇を噛むルディを見て、思わずあの時の自分と重ねてしまった。騎士という位がこの世界にとってどんな重要な役割を持っているかは分からない。恐らく日本でいう武士みたいな位なのかな、ってぐらいしか俺は知らない。だけど、一族で夢を見ていたぐらいなんだから、きっとそれはこの女性、いやミスルド一族にとってはかなり重要なことだったはずだ。それを諦めている、とルディは今言った。そこに何があったのかわかんねぇけど、自分のことだけじゃなく、一族までけなされてよほど悔しいはずだ。俺もじーちゃんをそんな風に言われたから、……よく分かる。


「……さっきから何ごたごた言ってんだよ! 俺のためにって何だよ! 意味わかんねぇ事さっきから言ってさ!」


 この世界で一番エライ奴かなんか知らねぇけど、ルディさんの事といい、とにかくめちゃくちゃさっきからイライラする。


 すぐさま「王に向かってなんという口の利き方を……!」と黒髪男の隣の兵士が口を開いたが、すっとダガーの右手が上がり、静止させた。


「……何も知らないとは。本当に気楽なものだな。わざわざキーブルド語を喋ってやってるのに」

「は……?」

「オレは元々キーペント帝国の王族だ。25年前、クード王国が我がキーペント帝国とイメーブル公国をまとめあげ、現在のキーブルドという国に統一されたのだ。そう、どの国も憧れる世界の統一だ。その統一に携わった一番の貢献者は誰だと思う……?」

「俺が知るわけねぇだろ……」


 と答えたら、ゼファーが「何言ってんだ、こいつ」みたいな顔をして俺を見てるが今はそんなこと気にしている場合じゃねぇ。


「リュウシン元法王だ」

「リュウ、シン……?」


 その聞きなれた名前を聞き、なんだか嫌な予感しかない。


「まだ分からないのか? お前の祖父だろう。なぁ、よ」


 その途端、俺を見るゼファーの顔が見る見る青覚め、実久が口にバッと両手で押さえたかと思うと、顔を真っ赤にタコみたいにさせて必死に何かを堪えている。


 そして、ルディさんだけがその言葉を冷静に受け止めているような気がした。

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