2章 8.裏切り者

「実久っ!!」

「うわーーーーん!! りっぎぃぃぃぃぃ!!!」


 手錠を掛けられたままの実久は、俺の胸目掛けて飛び込んできた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃぃ」

「お前は悪くない。俺がもっとしっかりしてたら……。俺の為に怒ってくれたんだろ。ごめんな……」


 実久の体をぎゅっと抱き寄せたら、実久も俺の服を掴んだまま「うぇぇぇぇん」としゃっくりをしながら泣きじゃくっている。そんなこいつを見ていたら、安心したのかいつの間にか自分の頬にも同じものが流れていた。「りっきー、泣いてるの?」と言うから「泣いてねぇし!」と言ってさりげなく水滴を手でぬぐう。すると「ふーーーん、へーーーーん、ほーーーん」と憎たらしく変な顔で言い始めた。いつもの実久だ。ゼファーもほっとした様子で優しく実久を見つめている。


「……ありがとうございます」


 目の前に立っている銀髪の女性剣士へ深く頭を下げた。


***


――どなたですか?

 

 実久のことで困り果てていた俺達の前に一人の女性剣士が現れた。肩までにはつかないが、前髪と一緒に伸ばされた横髪が太陽に反射するかのように美しく輝き、強い意思が伝わってくるような金色の瞳を持つ、顔立ちがはっきりとした綺麗な女性だった。


 ゼファーが警戒するようにその女性へ向かって口を開いた。だが、俺には分かる。あの夜、出会った女性だ。間違いない。この身長と腰に差した剣。何度も金属が響くあの森で聞こえたこの低い声。俺達を助けてくれた人だった。再会出来てとてつもなく嬉しかった。すぐにでも礼を言いたかったが、隣にはゼファーがいる。知人だと分かればきっと色々と聞いてくるはずだ。告げてもいいのかもしれない。躊躇したが、今は聞けずにいた。


――私はルディ・ミスルド。城の近衛兵だ。

――そんな立派な近衛兵様がなぜここにおられるのでしょうか?


 ゼファーが少し荒っぽく尋ねている。確か近衛兵と言えば、王直属の部下だった気がする。実久を捕まえた関係者で間違いはない。そんな敵も同然な立場の人が、あの夜なぜ俺達を助けてくれたのだろうか。


 そして真っすぐな眼差しを向けたまま、こう告げてきた。

 

――君達の仲間である女性を救いたいと思っている。

――実久をか……!?


 するとゼファーが口を開いた。


――あなたはあの王を裏切るおつもりですか?

――……当に裏切っている。


***


 意味深な言葉を残し、「夜ここへ連れてくる」と言い、立ち去ってしまった。俺とゼファーはその女性を信じて待つことにした。今の俺達にはそうする事しか出来ない。この数時間がやけに長く感じ、自分の無力さを知るには長すぎる時間だった。両親を探す以前に、仕事さえもまともに出来ず、ゼファーにも迷惑をかけ、実久さえも失いかけている。俺はこんな世界でやっていけるんだろうか。不安が重く募っていく。あの女性剣士には聞きたいことが山程あった。あの時なぜ俺達を救ってくれたのか。そして今回もだ。


 そして欠けた月が昇る夜、その女性は言ってた通りに実久を無事に連れてきてくれた。「りっきーも優しいいい!!」と声を上げる実久の隣で、何度もお礼を告げた。「も」って何だよ。


「あの森での夜の事……、あなたですよね? 救ってくれたのは。なぜいつも俺達を助けてくれるんですか? あなたとは今まで一度も会ったこともないはずです」


 実久の手錠を外しているその剣士へ、ずっと聞きたかったことをついに尋ねた。俺はこの世界についこの間来たばっかりだし、この女性に助けられるような恩もかけていない。じっとこのルディという女性を見つめていると、女性剣士はしばらく黙っていたが重い口をついに開いた。


「私は、あなたがいつかこの地へ再び訪れる事を待っていたのです。月食の夜に」

「どういうことですか? あなた達は知り合いですか?」

「……ゼファー、黙っていてすまない。この世界へ来たあの日、兵士達に襲われていた俺達をこの女性に救われたんだ。そして生き延び、あの夜お前に出会った」

「あーーー!! あの時のライツニングさまぁ!?」


 実久は泣きはらしたその赤い目で、喜びの声を上げている。どうやら今まで気付かなかったみたいだ。その隣でゼファーがまた不思議そうな顔をする。


「ライツニングって何? ルディでしょ? 一体どういう関係なの? この世界に来たって。何かおかしなこと言ってないかい?」


 いつも次々に質問してきて、どれか一つに絞ってほしい。しかしさすがにライツニングに関してのゲームの話は今出来ない気がする。


「俺にも分かんねぇんだよ、それが……」

「私から話しましょう。あなたの祖父のことも」

「じーちゃんのこと……?」

「僕もぜひとも聞きたいね。なぜ君のおじいさんがあのローブを持っていたのかもね」


 少し疑いの目を俺に向けながらそう発すると、ゼファーは話を聞こうと真っすぐにルディという女性へ目を向けた。すると、ゼファーは顔を更に険しくし、女性剣士の背中越しを見つめ驚くように「あれは……」と呟いた。その直後、目の前の女性剣士は背後へ素早く振り向き、腰から剣を引き抜いた。


「ルディ、裏切ったな」


 男性の低い声が暗闇に響いた。その男から発せられた言葉からすぐに敵だと理解した。相手はその男を含め10人以上はいる。それも全員甲冑を身に着け、武装した兵士集団だった。その集団から守られるように囲まれた黒髪の青年がこちらを薄気味悪く笑いながら見つめている。闇色の細身なロングジャケットや腰に刺している高級そうな剣の身なりからして、高貴な身分に見えた。


「ダガー様……」

「ルディ、お前はいつか化けの革をはがすと思っていた。お前だって目を付けられていることぐらい分かっていただろう? なのにこんな大胆な行動をするとは。あの月食の夜からお前の行動全て見張らせてもらった」

「……」


 ルディは黙り込んでいる。


「ダガー様だと!? どうなってるんだ、一体!」


 ゼファーが大声で困惑の声を上げ、目の前の女性に訴えているようだ。


「……あいつは誰なんだ?」

「この世界の王に決まってるだろ……!?」


 ゼファーはそんなことも知らないのか!? 君こそ何者だ!? という感情むき出しで、その怒りの表情を俺に向けていた。

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