1章 10.『俺は剣より針持ちたい』

「ニードルって何? 君って王子様なの?」


 ほら聞いてきた……。この茶髪男は顔に似合わず、好奇心旺盛みたいだ。勉強熱心というべきか。これだけ流暢にキーブルド語だっけ? 母国語とは別に話せてるんだからきっと頭はいいんだろう。


「いや、ニードルってのは……」

「針の事だよ! りっきーは針の王子様なんだよん」

「なるほど、君達の民族は針の事をニードルと言うんだね。それにしても君が王子だったとは……」

「違う!!」


 全てが違う! なんかどんどん行きたくない方向へエスカレートしている……! だいたいニードルって母国語の日本語じゃねぇし、俺は王子でもねぇ! ……ってどう言えばいいのか分かんねぇ!!


「りっきーはね~、テレビに出て、ツイッターでバズって、王子って言われ始めたんだよ~」

「ついったー? てれび?」

「実久っ、だから余計な事言うなって!」


 あああ、いちいちゼファーも知りたがるなって!!


 俺は実久のように表に出るのは好きではないし、ただでさえ目立つ見た目なのにこれ以上注目を浴びたくはない。この日本人離れした見た目のせいで、調子に乗ってるとか目立ちたがりやとか、散々言われたり思われたりしたことがたくさんあったからだ。

 

 だけど実久はあんな性格だし、2次元も大好きだし、とにかくオタク気質が凄すぎて、衣装の作り方も聞くくせに、とにかくこれ着てとか、あれも着てっ! とかいつも言ってくる。掃除を条件にいつも渋々着てはいるが、もちろん実久以外にコスプレ姿なんて誰にも見せたことはない。じーちゃんには見られたことは何度かあったけど……。恥ずかしすぎるだろ……。


 だからコミケに実久の引率で行った時ももちろん私服だった。なのにあの迷子事件の前、コミケ会場の様子を撮りにきていたテレビ局に「インタビューしてもいいですか?」と言われた。何度も断ったが、しつこくお願いしますと言われたので、コスプレもしていないし、俺の返答など使われることもないだろうと思い、まあいいかと思い承諾した。


 マイクを握っていたのは背が低めのちょっとぽっちゃりとした幼い顔立ちのニコニコな女子アナだった。少し萌え要素が出ていて一部のオタク達にかなり需要がありそうな女性だ。

 コミケ会場だからなんだろうけど、無理やり着せられたのか、初音ミルの恰好をしていて、申し訳ないけど着せられた感が半端なかった。


――いや~会場盛り上がってますね~!! 最近は異世界系アニメの人気もあって、剣を持ったコスプレイヤーさん達も多いですが、あなたも異世界へ行ってみたいと思いますか?


 ぽっちゃり童顔初音ミルにそう聞かれた。こっちは黒のパーカーにデニムだったし、無数の人がいる中の一人のインタビューだ。ましてやコスプレもしていないから、テレビに使われることもないだろう。そう思い、特に考えることなくパッと浮かんだ言葉を口にした。


――異世界? 興味ないですね。俺は剣より針持ちたいんで。


 そう答えたのが運の尽きだった。

 テレビで放送されてしまったのだ。

 

 あんなインタビューの何に魅力があったのかは一切合切分からない。だがそれだけでは終わらなかった。


 そのインタビューをたまたま見かけた有名コスプレイヤーがツイッターで『クールビューティーなニードル王子現る』と映像と共に引用したことがきっかけで拡散され、一躍ネット上で有名人になってしまった。

 街中で「あ、あの……ニードル王子様ですよね……? サインもらえますか……?」と、顔を真っ赤にした萌え萌えメガネっ子女子高生に声を掛けられたことさえある。イヤだ、とも言えず、渋々ペンを握ったが、差し出されたノートに、『ニードル王子』と書くのはぜってーやだし、縦書きで小さく『森影リキト』と本名を書いて渡したら、握手までねだられた。握り返すと「これを糧に一生、生きていきます」と涙目で言われた。

 

 ……勘弁してくれよ、俺は目立ちたくないんだって。



「りっきーー!! ニードル王子ぃぃ!! 明日の準備一緒にしよ!!」


 実久がいつの間にかゼファーに手渡された裁縫道具を持って来て、机にドンっと置いた。


 もしや押しに弱いのか……? 俺って。

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