2章 隠された真実

2章 1.この世界に来たきっかけは

 この世界に来たきっかけは、ただの偶然だった。


 2022年11月8日、謹慎中の俺の家に「りっきーー! ニードル王子ぃぃぃぃ!!」と夕方実久みくがいつものようにやってきて、玄関で叫んでいた。……と思ってたら、ドタドタと階段を駆け登る音がしたと思ったら、勝手に俺の部屋のドアをバターンと開けて俺が寝ているベッドに顔からダーイブ!!


 ……お願いだから、いつもそうするのはやめてくれ、と言いたいが、「なんで?」と聞かれたら返答に困るから言えずに言えないのが情けない……。


 いつもは二つ結びをしてるのに、今日の実久の姿は、高い位置でポニーテールをして、ひねりを加えた編み込み、そして大きなリボン。それに前髪もしっかりセットしてセンター分けだ。どこかで見たことある髪型だ。


――おめっ、今日はなんだ!?

――うへへへへへ、出来た、出来たのですぅぅぅぅ!!

――何がだ?

――じゃーーーーん!! クロウドとエアミスのコス衣装っ!!

 

 そんな実久がベッドの上でどでかい紙袋から取り出してきたのは、そう、あのコスプレ衣装だ。

 ……はぁ、またか。俺があいつを殴った日からはこの衣装作りを手伝ってはいなかったが、どうやら最後はどうにか自力で完成させたらしい。けど、エアミスのワンピースのレースはほつれてるし、クロウドのトップスのオープンファスナーのところも接着芯を貼っていないのか、よれよれしている。が、黙っておこう。


――着てっ! 着てっ! はやくっ!!

――やっぱりか……。

――お願いっ! ミシンのお部屋、掃除するからっ!!


 じーちゃんも掃除は助かるだろうし、まぁよしとするか、そう思いながら渋々と承諾して、コス衣装を持って自室から2階の廊下へ出る。実久は俺の部屋で着替えだ。いつもこうやって別々に着替える。さすがに同じ空間で着替えるのはよろしくない、と実久に教えてやった、と言ったらきっとみんな引くだろうな……。


――着替えたぞー。

――実久もー!


 部屋のドアを開けると、「じゃーーーーん!!」と仁王立ちしているエアミス実久がいた。と思ったら「ぎょうぇぇぇぇぇぇ!!!!」と狂い始めた。

 

 ……分かっている。いつもこうだ。「かっこいぃぃぃぃ3次元クロウドぉぉぉぉぉぉ!!!!」と錯乱を始めたから、落ち着けって言うのが毎度の恒例行事だ。どうにかこの爆発女を抑えていると、にやりとしながら紙袋からジェルの整髪料を取り出した。あの紙袋は四次元ポケットか何かか?


――つんつんにするのだ!!

――まさかアレにするのか……?

――もっち!!


 実久は不敵な笑みを浮かべたまま、されるがままにこの金髪頭をつんつんにされる。そっと触るとトゲみたいだ。どんだけハードなジェルなんだ? ここまで普通固くなるか?


 「はいこれっ」と手渡されたのはずっと部屋に置いていたままだった、あの水道管入りな大剣だ。いや、これでかすぎるだろ……。作ったのは俺だけど。造形物にも興味があって、1年前に見よう見真似でミーチューブを見ながら作ったやつだ。エアミス用の杖もその時一緒に作った。ホームセンターで500円の木材を買ってきて、コスプレボードなんかで仕上げ塗装したものだ。俺がこれを作っていた時からコスプレしたい、したいといつも言ってきて、ついに衣装まで作り始めた。実久がコスプレ衣裳を作るのも着るのもハマったきっかけだった。


――靴も持って来たよ!


 まだ何か出て来るのか、その四次元紙袋……。ごっついブーツをそこから取り出し、「これどうしたんだ?」と聞くと、「パパんが若い頃履いてたんだってー」と言う。あの青白くて細いインテリそうな父親が? このごついブーツを履いている姿なんて全く想像出来ない。きっと何かがあった未来現在なのか。


 そのブーツをがさごそ履いていると、「あ、ミシンのお部屋掃除してくるね!」なんて言い出し、バタバタと階段をまた降りて行った。前から思ってたけど、結構せっかちだよな、アイツ。いや、行動派というべきなのか。いつもとんでもない行動ばかりするけどな……。


 一時経ってまたドタドタと音を鳴らし、不思議そうな顔で一枚の白い封筒を持っていた。


――りっきー、ミシンの上に手紙があったよ~? リキトへって書いてある。

――俺に? 見せて。


 何気なく手紙を受け取ったけど、内容は何気ないものではなかった。実久も一緒に読んでたみたいできょとんとしている。


――りっきーのママンたち生きてるの?

――マジ意味わかんねぇ……。なんだよ、じーちゃんが家を出る!? 両親が生きてる!?

――けど、りっきーのおじーちゃん、さっきうちの前にいたよ?

――え?

――ここに来る時、見たもん。


 俺は言葉も発さぬまま、その身なりのままで自室を飛び出て家を飛び出した。途中ですれ違った人に2度見、いや3度見されていてももうお構いなしだ。「りっきー待ってぇぇぇ!!」と言いながら実久も必死に追いかけてきてる。しっかりホームセンター杖を持ったままで。実久の家は近所にあり、走れば10分程だ。

 

 なんだよ、あの手紙。それもミシンの上に置きやがって。俺があれから触ってないことをいいことに、見つけないとでも思ったのか!? それとも見つけて欲しかったのか……? 意味わかんねぇよ、じーちゃん……。俺を一人置いて行くなんてひでぇよ!


――じーちゃん! じーちゃん!! いるのか!?

 

 実久の家に着いた時、玄関にたどり着くと、鍵が掛かっていなかったから、玄関に入らせてもらって叫んだ。誰からの返事もなく、人がいる気配さえもない。それに玄関にじーちゃんの靴はない。


――はぁ~、やっと追いついたぁ~。


 息をゼェゼェ言わせている実久が膝に手を付きながら、肩を上下させている。


――じーちゃん、お前ん家いないみたいだ……。どこ行ったんだよ、じーちゃん……!

――倉庫に向かって歩いて言ってたよ?

――マジか、早く言えって!


 実久の家は(株)プログレスブリッジという会社を経営していて、軌道に乗っているのか、かなり広い家で、日本庭園な庭ももっと広い。恐らく400坪ぐらいあるんじゃないだろうか。そんな土地に古風な和の平屋の家が建てられていて、一見あれだ、の家かな? と思われても不思議ではない佇まいだ。


 そんな平屋の豪邸の裏にある倉庫へ急いで向かう。土地が広すぎてなかなか辿り着かない。こんな時、敷地が広すぎるって不便だ。

 段々と目に入ってきたのは、倉庫と言うより、蔵だ。立派ながっしりとした和の蔵。まるで江戸時代から建っているかのような重厚感ある見た目だ。


 その蔵の重い扉をバンっと勢いよく開けた。すると目に飛び込んできたのがあの機材だらけの部屋と憔悴しょうすいしきったような顔をした白衣姿の実久の父親だった。


 ***


「りっきー! もうすぐ出掛けるって! ゼファーが!」

 

 実久からいつの間にか体を揺さぶられている。あの時の夢を見ていたみたいだ。本当にこれって夢じゃないんだな。この場所で寝て起きると、やっぱり固い木の床で寝てるし、目覚めた時の天井も、外の風景も俺の部屋じゃない。起床の度に混乱するし、今までのことが全て夢じゃないのかと思ってしまう。そう願ってしまう自分がいる。正直言うとこの世界でまともに生きていけるかさえも分からないし、じーちゃんを助けられたことは嬉しいけど、来てしまった事に少し後悔してるし、凹んでいる。それになんで俺の両親がこんな世界にいるのかえさえも、さっぱり分からない。けれどやっぱこれが現実なんだ。


 床から起き上がり思いっきり背伸びをした。

 

「ああ、準備するかぁ!」

「うん!」


 元気に笑う実久の顔だけがいつもと一緒で、朝見る度にほっとすると言う事は黙っておくことにする。

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