1章 9.余計なことまた思い出す
「君達がここに来た目的って一体何なんだい?」
食卓を囲むようにして柔らかいフランスパンのようなものを食べていると、突然ゼファーが呟いた。今の俺達の状況的に返答に困るヤツだ。
「りっきーのパパンとママンを探す事です! 次の月食までに!!」
思わず咳込んだ。すごくかっこいい顔してキメて言うのはいいが、これ以上余計な事は言わないでくれ……。けど、実久、あの時のこと結構覚えてくれてるんだな。
「りっきーだいじょぶ?」
いや、お前のせいだって! 目の前にいる昨日会ったばかりの男にどこまで話していいのかはっきり言って分かんねぇ。実久の発言をどうにかごまかしたいが、気管に入ったパンくずでうまく喋れない。
「パパん、ままん?」
また不思議そうな顔をするゼファー。どうもこの世界ではカタカナ用語があまり通じないみたいだ。ローブとかは言ってるけど、一体どんな基準なんだ? 普段、和製英語やカタカナ用語を日常会話で自然に使っているせいか、こちらとしてはなかなかに喋りにくいけど、今のは助かった。
「お父さんとお母さんのことだよ?」
「ちょ、実久っ……!」
「りっきーはね、おじーちゃんに育てられたからママンもパパんも見たことないんだって」
まだ言うのかよっ、咳がっ……!
実久にストップをかけられない、咳よ止まれ……!
「両親を探す……? 次の月食までに?」
ゼファーから水を手渡され、一気に飲み干すとやっと咳が止まった。
「……ゼファー、次の月食のはっきりとした日は分かるか?」
「僕には分からないけど、知り合いの学者に聞けば分かるかもね。今度聞いておくよ。君の探している両親については何か当てがあるのかい?」
「……名前はリニアとレスミーだと言っていた。あと俺の顔が父親とそっくりだとも……」
一瞬ゼファーの表情が固まった気がしたが、気のせいかもしれない。もうここまで実久がべらべら喋ったしな、話せそうなとこまで話して、とにかく何か情報を得る。だってなんも分かんねぇし。ワケ分かんねぇ王族問題で大変そうなこの世界でどこまで両親を探すことが出来るのか。次の月食までにって、ハードル高過ぎだろ。とにかく今はここで生活するだけで精一杯だって、じーちゃん……。
けどさ、こんな世界に来てまでミシンに触ることになるなんてな。あの日からもう触る気さえしなかったのに、なんだかんだでアレから離れなられないのかもしれない。
ああ、また余計なこと思い出しちまった――。
――なんで同級生を殴ったりなんかしたの? 森影君。
――……。
――黙ってちゃ分からないでしょ。先生にちゃんと言ってほしいの。
あの時の俺は、鋭い目付きで女の担任にそう問い詰められた。あいつをショッピングセンターで殴った後、店員から警察に通報され、学校をひっくるめた問題行動となってしまった。じーちゃんも呼び出され、俺が殴ったくそ野郎とその母親、校長と若い女の担任で、緊迫したピリッとした空気に包まれながら、校長室の黒いソファに座っていた。
――僕は森影君のために将来の仕事のことを教えてあげたんだ! 君のしていることは意味がないって! それだけで僕を殴って来たんだ!
――まあ!! それだけでこの子を殴ったって言うの!? この学校の教育はどうなってるんですか!? 先生方はこんな生徒を育てられているのですか!? 洋服科か手芸科かなんだか知りませんけどね、教育まで古びかしいとは問題ではないですか!?
その言葉を聞いて、バカ親子めって心底思った。先生達も何か言い返せよ、なんで誰も言い返さないんだよ。
……だけど、俺も言い返せなかった。これ以上問題を広げてはいけない。分かってる、隣にいる暗い顔をしたじーちゃんのためにも。ぎゅっと拳を握って、爪が手の平に食い込んでいく痛さで必死に気を紛らわしていた。
それから2週間の間、家で謹慎処分になった。家にいても全くと言っていい程何のやる気も起きず、ただずっと寝て過ごした。
じーちゃんはこんな俺に何も言わなかったけど、でもそれが逆に辛くて辛くて、じーちゃんに迷惑かけた罪悪感と虚しさが溢れた毎日だった。
だけど殴ったのは後悔していない。
あんな奴殴られた当然だ。当然なんだ――。
ゼファーにもらったパンをもぐもぐ美味しそうに食べている実久を見つめる。パンくずが机にポロポロとたくさん落ちてもお構いなしで、目の前の楽しい事に夢中だ。まるで小さな子供みたいだ。
実久は俺が謹慎になったあの日から、毎日のように家へ来てくれた。どでかい紙袋に色んな服を詰めて、いつもにかっと笑い、このコス衣装着てくれ! とか言いながら、いつも楽しそうにしていた。
まるで等身大の着せ替え人形みたいに、昔から実久には散々色んな衣装を着せられた。けど、あの時だけは少し違っていた。これは実久なりの励ましや心遣いだって分かったのは数日経ってからだった。
殴ったあの日から「りっきー、ここの縫い方教えて!」と一切言わなくなったからだ。
なのに、いつの間に一人で作ったのか、コス衣装持って来ては得意気に「実久が一人で作った!!」と笑顔で見せてくれた。実久のことだし、制作中にきっと色々聞きたいことだってあっただろうし、分からないこともたくさんあったはずだ。だけど俺には一切聞いてこなかった。後から知ったけど、じーちゃんには聞いていたらしい。
俺はこのままこの洋裁の勉強を続けていいのか、正直分からなかった。もちろん殴ったあいつにあんなこと言われてすごく悔しいけど、何か、こう何か、胸に引っかかるもんがあった。
そうだ、アイツに言い返せなかったんだ。
だから殴ったんだ。
悔しい、悔しい。
何も言い返せなかった、何も答えが出せなかった。
そんな俺が、一番キライだ――
「ねぇ、ねぇ、りっきー! ねえったら!!」
「うぉ! わりぃ、ボーっとしてたわ」
いつの間にか二人に話しかけられていたらしい。
「明日、城へ採寸に行くんだけど、君も行くかい? リキト君がなぜあのローブを持っていたのかも、もしかすると手掛かりが見つかるんじゃないかな」
「採寸……? 仕事か?」
「もちろんそうだよ。発注予定は4着だから4人の採寸だね。女性服だよ」
「ああ、行かせてくれ。とにかく今は色んなことが知りたい」
「……実久も行っていい?」
「いいよ。でも君は顔がめずらしいし、決して目立った行動はしないでね」
「やったー!!」
万歳をして椅子から立ち上がり大喜びしている。いつもながらテンションマックスだ。
「大丈夫なのか?」
「ミクちゃんの顔立ちは、いないわけではないから大丈夫だと思うよ。それともここに一人で置いておくほうがいいかい?」
確かにここに一人留守番させるほうがもっと心配だ。
「おい実久、ぜってー俺から離れるなよ! またこの間みたいなことになったら……」
「分かってるって! ニードル王子ぃぃぃ!!」
「それ言うのやめろって!」
俺があのコミケ迷子事件のことに少しでも触れれば、いつもこうやってからかうように実久は言ってくる。あのコミケから変なあだ名をつけられて、散々な思い出しかない。
だから目立つの嫌なんだって。
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