1章 2.ホームセンター生まれな杖では戦えない
実久の父親に「駄目だ!!」と言われながらも、キラキラプラネタリウムな球体に飛び込んでから、近所にあるはずもない生い茂った森の中に今立っている。
不思議なじーちゃんの映像見て、出口が見えた、と思ったらこれだ。意味わかんねぇ。この暗闇の中で背後から光るキラキラプラネタリウムな球体の明るさだけが目視の頼りだった。しかもなんか体が重い気がする。
「じーちゃん!」
そんな暗闇の中でじーちゃんが麻布で出来た大きな袋を背負い、目の前に背中を見せて立っていた。濃いグレーのマントみたいな長い服に動きやすそうなボトム、そしてゆったりめのシャツ。肩まで伸びる白髪だらけの髪を後ろで一つにくくり、白髪交じりな髭を生やした68歳の老人にしてはピンと背筋の伸びたいつもの背中だ。
いつも仕事中に見せてくれたその背中。糸くずが付いた少しやせた背中。この広い背中を見て俺は育った。でも今の背中は何か寂しくて、重たいものを背負っているようにも見えた。
「どうなってんだよ! なんだよこの場所!? あの手紙もなんだよ!? 俺の両親探しに行くってどういうことだよ……!」
「リキト……!? お前なぜこの世界に……!?」
「俺だってなんでここにいるのか訳わかんねぇって! 何だよこの世界って……」
じーちゃんに聞きたいことが山程あるのに、こっちに振り向いたじーちゃんの前には10人ぐらいだろうか、人影がうごめいている。何やらこちらにへ向かって叫んでいるようだが、何語かさえ分からないほど言葉が理解出来ない。英語では確実にない。ヨーロッパ系のものとも何か違う気がする。段々とこっちにじりじりと足を進ませているみたいで、背後からの光でその姿を確認出来た時、目を疑った。
「剣持ってんじゃん……」
まるでおとぎ話の中へ踏み込んだ気分だ。銀色の甲冑に身を包んだ兵隊集団のような奴らがこちらに向かって剣を向けている。威嚇するようにその鈍い銀色で空を切る奴もいる。ヒュンっていうその音がやけにリアルで、この時初めて俺もずっと右手に大剣を握りしめたまま、ここまで来ていたことにも気が付いた。あの手紙を読んでから、頭が真っ白になってすぐに家を飛び出たから、全く気にも止めていなかった。やべぇ、俺も剣持ってたわ。
「いや、でもあれって、まさか本物なのか……?」
あの剣は俺が今握りしめている剣と重厚感も全然違う。思わずこちらも手に握っていた大剣を振り上げたのはいいが、この剣はアレだ、コスプレボードで作ったスポンジだ、水道管入りの。というかなんで俺はこんな格好で戦おうとしてるんだ? コスプレ姿で。しかも剣道さえ習ったことがない。
そう、俺達はコスプレ姿のままこの世界へ来てしまっていた。
「ままままさか、ここは泣く子も黙るファンタジー世界!! 夢にまで見た異世界転移……!! そうここは魔法の世界!! さぁ、この炎で散るが良い!」
すぐ隣では頭のねじが十本単位で抜けたようないつもの実久が、目をこれでもかと言うほどに輝かせながら満面の笑みで一歩前の出たかと思うと、ホームセンターの無垢材で作った魔法の杖を夜空高く掲げている。と思ったら剣を持って身構えるワケわかんねぇヤツ目掛けて、「ファイヤー!!」と言っている。アイツマジで何やってんだ!?
「火、出ない……」
「実久っ、何ワケわかんねぇ事やってんだよ! てかエアミスそんなこと言わねぇし!」
「りっきーも今クロウドになりきって戦おうとしてたでしょ! それにクロウドそんなこと言わないもん! そこは『エアミス、大丈夫か』だもん!」
実来は頬っぺたを膨らまし、あちらをぷいっと向いたままふてくされている。こんな時にまでRPGゲームのコスプレしたまま、コントみたいなやり取りをするハメになるとか勘弁してくれよ……。
でもおかげで、目の前の唐突もない現実が少し可笑しくなって冷静さを取り戻せた気がした。
「じーちゃん、あの手紙なんなんだよ! それにこいつらも……! はあ、もう全部ワケわかんねぇ!! 速くさっきのなんかキラキラしてたトンネルに戻ろうって!」
「……リキト、わしはここに残る。今日のこの日をずっと待っていたんだ……。リキト、すまん……。何も考えずに早くその球体の中に飛び込め、戻るんだ、あの世界へ早く……! もう月食が終わってしまう……!!」
「はぁ? これが何も考えずにいられるかよ……! みんなで戻ればいいだろ! 今更両親のこととか言われてもさ意味わかんねーよ! だいたいさっきからこの世界ってなんだよ、ここ地球だろ!?」
「リキト、ここは地球ではない……。何も聞くな。わしはここに残る、残ってすべきことがある……。お願いだ、戻ってくれないか」
「はぁ!? 嘘だろ!?」
その疑問符はどちらにも言ったつもりだ。帰らないというじーちゃんと、ここが地球じゃないとかいう信じがたすぎる言葉、両方だ。
かたくなに折れないじーちゃんと何度もそんなやり取りを繰り返していると、隣で実久がまた前へ自信満々に一歩出て、懲りずにホームセンター杖を甲冑野郎達に突き付け「サンダー!」とか「ブリザドーーー!!」とか必死に叫んでいる。今度はいわゆる上級魔法な「ファイガーー!!」とかも言い出した。それも超真剣だ。もちろん何も起こらない。誰かこいつを止めてくれ……!!
と思ってたら、銀色甲冑野郎の一人が実久へ向かって剣を振りかざして走り込んできた。違う、決して違う! 実久を止めるのは野蛮すぎるお前じゃねぇ!!
剣が振り落とされたとほぼ同時に実久の体をこちらに引っ張り込んだ。だがその剣は実久の持っていたホームセンター生まれな魔法の杖をスパッと半分に切ってしまった。おい、マジかよ!!
「あっぶねーー! やっぱ本物かよ、その剣……!!」
「あーーーー!! 実久の魔法の杖がぁぁぁぁぁ!!」
引っ張られた衝撃で尻をどんっと地面についた実久は、見事に半分となってしまった棒切れを見て、わなわなしながら「わいの杖が……」と嘆き始めた。今にも泣き出しそうだ。くそっ、見事にねじの抜けすぎた実久を止まらせやがった。しかし危険すぎるだろ、この方法……。はっきり言って今のこの状況はカオス中のカオスだ。頭がくらくらしてきた。
そんな中ふと気が付くと、段々と明るくなっていく夜空の月明かりとは真逆に背後の球体キラキラプラネタリウムの光量が段々と少なくなってきている気がした。
「いかん! 月食が終わる……!」
じーちゃんが夜空を見て、慌てる様に一言叫んだと思ったら、そのでかいキラキラプラネタリウムの球体から白衣を着た一人の男性が飛び出してきた。誰かと思ったら実久の父親かよ……!
その顔は相変わらず血の気が引いたように青白く、長めの髪は乱れ切ったままだ。
「実久、リキト君、帰るんだ!! はやくっ!! このままじゃ誰も戻れなくなってしまう……!! 君かリュウシンが、あちらにいないと……!」
そんな実久の父親が、俺と実久の腕をそのひょろそうな腕でがっしりと掴み、必死にキラキラプラネタリウムの中へ引き戻し始めた。俺かじーちゃんがなんだって!?
「ちょ、待って、じーちゃんを置いていけるかよっ!!」
「パパん! 実久戻って来れるよ、なんてったってここは魔法の世界、それは異世界……!!」
チリさえも出なかったのに、満面の笑みでまだそんなことを言っている実久を横目に、俺はじーちゃんの背負っている麻袋まで必死に手を伸ばし、右手でどうにかその袋を掴んだ。
「リキト、その手を離せ、離すんだ……!」
「離すかよ……!!」
まるであれだ、ロシア民話の『おおきなかぶ』状態だ。じーちゃんがかぶ。でも実久の父親にとっちゃ俺と実久がかぶなのか? いやそんなことは今はどうでもいい……! とにかく、ここからはやくじーちゃんを連れ戻して実久も父親も一緒にあのキラキラトンネルに戻らなきゃいけない……! 意味わかんねーけど、このままここにいるとやばそうだ。それだけは分かる……!!
4人でこんなに必死になっている中、お構いなしに目の前の甲冑軍団はじりじりと押し寄せ、意味の分からぬ言葉を発しながらついに数人が剣を掲げたまま走り寄ってきて囲まれてしまった。
「じーちゃん……!!」
先頭にいたじーちゃんが甲冑野郎に腕を掴まれ、俺の手にそのでかい袋を残したまま捉えられてしまった。じーちゃんは甲冑野郎にぐっと引っ張られ、顔を近くで確認されるように見つめられている。
「おい、ファンタジー野郎! じーちゃんが何したっていうんだよ!」
するともう一人のファンタジー野郎が実久がずっと握りしめているスパっと半分になったホームセンター生まれな杖を見つめ、興味ありありと見つめている。実久は杖を絶対渡さないという意思を顔に存分に出しながら「渡さない!! これは実久の杖!! 魔法の源なんだからーー!!」と訴えている。おい、それ以上そのホームセンター杖に固執するなって! 余計に怪しまれてるだろ!?
実久のぶすくれた顔を覗き込むようにそのファンタジー野郎からまじまじと見つめられている。
違う、その杖は怪しい杖じゃない、俺がホームセンターで一本500円で買ってきて作ったただの棒だ、棒切れなんだ……!!
実久を捉えたまま、ぶつぶつと隣の奴と会話をしているようだが、やはり何語かさえも分からない。杖がホームセンター生まれだと言っても伝わらない気がする。すると、そのまま実久は右腕を強く引っ張られ、甲冑野郎に遠くへ連れて行かれそうだ。「サンダガ出すぞ、このやろう」と声高々に言ってはいるものの流石の実久の顔にもかなり焦りが見えている。
「おいって! 実久を連れて行くなって……!」
そう叫んだと同時に、実久の父親が「だめだだめだだめだ……!!」と何度も言い始めた。今にも倒れそうな血の気のない顔でがっしりと今まで実久の左腕を掴んでいたが、甲冑野郎に力いっぱい引っ張られた同時に手が離れてしまった。
「実久ッ!」
泣き叫ぶように実久の父親がアイツの名前を呼んだ。
「リキトっ、お前だけでもあっちに戻るんだ……! お前が鍵になれば実久ちゃんもまだ戻れる可能性がある……!! はやくっ、もう消えてしまう……ホールが!」
じーちゃんが必死な形相で俺に向かって叫ぶ。鍵ってなんだよ!? キラキラプラネタリウム球体が次第に透明になり始めている。じーちゃんも実久も甲冑野郎に捉えられ身動きが取れない。
くそっ、俺はどうすりゃいいんだよ……!!
その時だった。背後からタタタッと足早な音が聞こえたかと思うとまるで唐突に吹き付けた突風のように、じーちゃんを捕まえていた甲冑野郎へその長い剣を振りかざし、瞬時にひるませたかと思うと、じーちゃんの腕を取り、俺に預けるようにじーちゃんの細い体を投げ出した。
「はやくっ! その方を連れて逃げて下さい!! あの女性は私が救います……!」
急に現れた目の前の人間は、まだ捉えられている実久を見つめながら、荒ぶるような声を出した。その声はとても低いが女性のようだ。途端に鉄と鉄がぶつかる鈍い金属音が森中に響き、相手の武器を抑え込んでいる。
じーちゃんと似たような恰好をしていたが、フードを被り、暗闇のせいか顔はよく分からなかった。それに女性にしては身長がかなり高い。何者だ……?
突如現れたこの剣士が味方なのか何なのか、さっぱり分からない。けれど、聞きなれている言葉を喋っているだけでなぜだか味方な気がする。これが母国語パワーっていうやつか。そんな日本語を離す女性剣士は、実久を捉えているファンタジー野郎へ再び剣を振り落としている。
その光景にじーちゃんは俺の目の前で驚いたようにその剣士を見上げながらなぜか固まっていた。
今しかない。
じーちゃんの体をドンッと押し込み、実久の父親に勢いよくぶつけた。もう消えかけているキラキラプラネタリウムみたいな球体へ押し込むことに成功した。
……ごめん、こうするしかなかったんだ。
「リキト……!」
「実久……!!」
二人は星屑の球体の中に吸い込まれながら、双子のように同じような青白い顔をしながら俺達の名前を呼んだ。
「なんかよく分かんねぇけど、じーちゃんは戻れって! 俺が両親探しに行くから! それに実久はぜってぇ置いていけねぇ……!」
その光る球体は小さくなって無くなろうとしている。段々と明るさを増していく月明かりとは裏腹に。
「リキト……! 次の月食までに必ずここへ戻って来い! それを逃すと次は35年後になってしまっ」
何かを決心したかのように、泣いてるじーちゃんと、もう言葉さえも出せないのかボロボロの涙を見せながらこちらを見つめる実久の父親の陰影を残してその光は跡形もなく消えてしまった。
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