1章 3.そんなこと分かってる、けど

実久みくっ!!」


 光が完全に消えてしまったおかげで、月食が終わった月明かりが一層と強く感じた。訳が分からないし、じーちゃんと別れた悲しさだってそれなりに込み上げてくる。だけどここで考え込んだってどうしようもない。とにかく今は実久を助けてここからはやく逃げることだ。


 枯れ葉が覆いつくす地面から、じーちゃんが背負っていたでかい麻袋を素早く拾い上げ、目の前の女性剣士へ顔を向ける。実久の腕を掴んでいた甲冑ファンタジー野郎がその女性剣士の一太刀でひるむと、素早くその女性はそいつから実久を引きはがし、俺の元へ放り投げるように渡してきた。


「はやくここから立ち去られよ……!」


 相手の剣を必死に抑え込みながら、目線だけをこちらへ向け、力いっぱい叫んでいる。考えている暇はなさそうだ。剣士の女性へ軽く頭を下げた後、実久の手をグッと引っ張りこの場から離れようとしたら、「やばっ、リアルライツニング!! 実久はあなたに救われました! また必ず会いにゆきますぅぅ!!」と何やらまたゲームのキャラ名を言いながらその女性へ大きく叫んでいる。あの場に一人残してしまった罪悪感から最後にちらっと振り向くと、本領発揮というところなのか、剣を大きく振り上げたその姿を捉えた。申し訳ない気持ちが強く込み上げてくる。剣が激しくぶつかる音を聞きながら二人でその場を後にした。


 必死にどこまでも暗闇が続く森を二人で駆け抜ける。それもあの人気ゲームのコスプレ姿で。実久は赤いジャンバーを羽織り、淡いピンクのワンピースを着たヒロインのキャラだ。俺の目の前を茶色のブーツで軽快に駆けている。その手には半分に切られたあのホームセンター杖をまだ大事そうに持っている。

 

 俺は金髪のクールなヒーロー。このキャラは髪もつんつん、性格もつんつんキャラだ。髪は元々金髪だから自前だ。俺が明らかに嫌がってたのに、実久がたっぷなジェルで嬉しそうに鼻歌交じりでかっちこちな髪型にしてくれやがった。

 

 コス衣装はというと、左肩にはなぜかどでかい大きな黒いねじが埋め込まれ、黒いどでかい肩パッドみたいな鎧だ。そのインナーには、スタンドカラーのオープンファスナー付きの体のラインがくっきりと出ているリブニットだ。ノースリーブだから結構肌寒い。

 下半身は薄手の黒の合皮で出来た少しゆとりがあるズボンに黒のごつめなロングブーツ。腰回りにはブーツに負けない程のいかつい黒ベルト2本ときたもんだ。

 そして右手にはなんと水道官入りなコスプレボードで作ったでっかいでっかい大剣を握り締めている。


 じーちゃんが置いていったこの麻袋もずっと背中にかついだままだし、何が入ってんのか知らないけどかなり重い。それにこの履いてるブーツも重すぎてさっきからかなり走りにくい。それにこの格好、恥ずかしすぎるし、着替えられるものならはやく着替えたい……。慌てていたとしても、よくこんな格好で実久の家まで走ったもんだ。

 

 はぁ、コスプレなんてしたくないのに、勘弁してくれよ。だが、なんとも皮肉なことにほとんど全部俺が作った……。いや、手伝った、と言ったほうがいいのか。コスプレ衣装制作の発端はいつも実久で、あいつ自身、いつも自前でコス衣装を作ってはいる。けれども、はっきり言って実久はかなり不器用だ。料理だって、運動だって何をやらせてもだいたいうまくはいかない。だけどいつもあきらめず放り出さず、一生懸命必死になる姿を知っているから、俺も時間さえあれば手伝っているわけで。もし俺があいつ程不器用なら人生諦めていると言ってもいいかもしれない。なぜそこまで出来ない事をあれだけやろうとするのか不思議なくらいだ。


 実久は俺より一つ年下で、近頃じゃよく定員割れをしている被服デザイン科がある同じ高校に入学し、高2の現段階でも、家庭科被服製作技術検定4級さえ取れていない。

 そんなあいつはいつも学校の課題やコス衣装制作に、ここの製図の意味が分からないとか、このえりの縫い方のステッチがうまくいかないとか、このボタンが綺麗に縫いつけられないとか、じーちゃんの工場へたくさんの材料を持ってきては、糸くずまみれな姿でにこにこ笑顔でやってくる。じーちゃんの仕事を中学から手伝っている俺に「センセイ!! 分かりません!!」と飛びついてくる。それが出来上がった時は飛び上がる程に喜び、「やっぱ、りっきーってすごい!!」といつも以上に目をキラキラさせながら言ってくる。やっぱそう言われるとこう、嬉しいもんだ。少し得意気にしてたら「二次元りっきーが見たい! どうしても! この衣装着て!」とも言ってくる。うまく誘導されている気もする。あの実久にそんな目論見は出来ないと思うけど、それを素でやっているから恐ろしい。

 誰にも見せないなら……という約束をし、部屋の掃除を交換条件とかにしていつも渋々それを承諾していた。


 コス衣装を着るのは嫌だけど、縫物は好きだ、大好き、だった。

 昔からじーちゃんの仕事を近くで見てきたし、何かを生み出したり、作る事は物心ついたころからかなり好きだった。だから今の高校へも入学したし、じーちゃんのように将来もこの仕事に携われたらと思ってた。じーちゃんの工場を継ぐのもいいなって。


 だけど、あの日崩れ落ちた――。

 

――お前達、服とか作って何が楽しいわけ? そんなの意味ないじゃん。だって店に行けば1000円とかでも買えるだろ? 100均だってあるし、細々作るのに何の意味があるわけ? そんなのに時間かけたって何の得もないだろ?


――お前には関係ねぇだろ。


――関係あるね。俺はお前達と違って、日本の未来を考えてるんだ。俺はたくさん勉強してるからな。日本の製造産業は衰退の未来しかないんだ。お前だって知ってるんだろ? 衰退しかない業界にいたって未来はないってさ。安いファストファッションが溢れているこの時代に、この日本でまだ服作りなんてやる気なのか? 俺達は先進国に住む少子化の中の貴重な働き手候補だぞ? もっと日本に貢献しないと。お前のじーちゃん、最近仕事少ないんだって? 貿易業やってる俺の親が言ってたぞ。今時服のオーダーメイドなんて流行らないし、日本の縫製工場の仕事も海外に取られる一方で潰れるばっかだし、未来が全くないってな。そんなの化石と一緒じゃん。


 俺は気付くと、馬乗りになって殴っていた。そいつを。


 学校帰りにショッピングセンターで実久とミシンコーナーの前でたくさん並んだ様々なメーカーのミシンを眺めていた時のことだった。実久が「新しいミシンが欲しいからりっきーに付いてきてほしい!」と言ってきたからだ。

 

 そんな時、中学の時の同級生と出くわした。成績は良かったが、いつもエラソーに上っ面のいい事ばかり言う近所に住む奴だった。ごもっともなことをいつも言ってるこいつが、俺は昔から嫌いだった。


 俺は血だらけに段々となっていく奴の顔を見ながら思った。

 

 こいつは何も分かってない。全然分かってない。じーちゃんがどれだけ糸くずまみれになって必死に働いていたのかも。俺のことも実久のことも。なぜ偉そうにそんなこと言われなきゃいけないんだ。むかつくむかつくむかつく。悔しい――。

 

 ぐすぐす泣く実久がずっと隣にいたことは覚えてる。店員が止めに入ってなかったら、どこまで殴り続けていたのか分からない――。



「さっきのライツニングさま、大丈夫かな~?」


 ガンガン前を走って行く実久が突如振り向いたと思えばこの一言。人気ゲームの美人な女性剣士キャラの名を言うところがまさしく実久だ。もうあいつの中ではさっきの女性剣士はそのキャラだと定着しているらしい。コスプレ好きの妄想というやつか。


「そう願うしかねぇな……」


 イヤなこと思い出しちまったけど、実久のこのふぬけた感が救ってくれる気もした。

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