1章 異世界の真実

1章 1.置き手紙がワケ分からない

 俺達はでかい倉庫にいたはずなんだ。


 実久の父親と一緒に。


 そこには目を閉じたくなる程に輝く、巨大な暗闇の中に星を無数に集めたような球体があった。


 なぜか涙目でこの世の終わりみたいな顔をした実久の父親が、「隆心りゅうしんはそこに飛び込んだ、もしかするともう帰れないかもしれない」と言ってて、俺のじーちゃんが死にに行ったみたいなこと言うから、思わずその球体の中に飛び込んだ。


 飛び込む直前に、実久の父親にかなり力ずくで止められたけど、無理やりにでも振り切った。


 だが、ここで大きな誤算、というかやっぱりか、という案件発生だ。実久が付いてきた。「お前はここにいろ!」と言ったのに、「嫌だ! りっきーと一緒に行く!!」と必死に足掻いて付いてきやがった。父親泣いてたじゃんかよ。


 はぁ、なんでこんなことになったんだ……。


 よく考えれば、小さい頃から訳が分からないことだらけだった。

 

 俺には物心ついた頃から家族はじーちゃんしかいなかった。じーちゃんは小さな縫製工場を自宅で切り盛りしてて、俺をここまで一人で育ててくれた。ばーちゃんは病気で死んで、俺の両親は交通事故で死んだって聞かされてたけど、父さんや母さんの生前の話はよく聞いてた。母さんはじーちゃんと同じように縫物の仕事してたって聞かされてたし、父さんは政治に関わる仕事をしていてお前の顔にそっくりだったって。


 お前は両親の遺伝子を見事に受けついどるの、といつも言ってたし、親子ってそんなもんなのかなって思ってた。昔から会えるもんなら会いたいなっていつも思ってたけど、大きくなるに連れて分かって行った。死んでるんなら、もう会えないんだなって。悲しくないと言えば、嘘になるけど、俺にはじーちゃんもいたし、寂しくなんかはなかった。けど、学校の運動会でじーちゃんしか見に来ていないのはちょっと寂しかったかな。だって周りは親子だらけじゃん。こんなことじーちゃんには言えねぇけどさ。


 そんな死んだ両親はどうも日本人じゃなかったらしい。だってみんな黒髪なのに、俺は金髪だし、顔だって日本人離れしてるからだ。目の色なんて緑色だ。おかげで『ニードル王子』なんてアホ臭いあだ名も付けられた。両親の名前だってリニアとレスミーだ。名前からしてぜってー日本人じゃないだろ。

 けどじーちゃんは白髪はあるけど元々は黒髪っぽいし、顔立ちもどっちかって言うと俺よりは日本人ぽい。じーちゃんの親は母親だけ日本人だったらしいけどさ。俺の家族のルーツを聞いても海外から日本に働きに来たとか、アメリカ人の血が混ざってるかも、とか色々いつも言ってたし、はっきり言ってよく分かんねぇ。まー何か日本以外の血が混ざってるんだろな。


 そして今日出くわした意味の分からない星屑だらけのこの球体。誰もが見事過ぎるキラキラプラネタリウムだと言うだろう。


 11月の外とは比べようもない程にもわっとした熱を発するその倉庫の部屋には、見たこともない灰色のどでかい長方形の機材が10個ぐらい置かれていたし、パソコンも3,4台はあった気がする。それぞれの機材から冷却ファンが苦しみを醸し出すような音で唸りを上げていた。

 その機材から機材に赤や青、黄色、色とりどりの配線が繋ぎに繋がれ、いつも身体中にミシン糸が絡ませている実久を見ているようだった。


 そんな部屋の中心であのキラキラプラネタリウムの球体が輝いていた。


――なぜここに来てるんだ……!?

 

 倉庫の扉を開けた瞬間、人が吸い込まれんじゃないかってぐらい、どでかい球体が光ってたしさ、俺達がそれに見入っていたら、その部屋にいた実久の父親が大声で問いかけてきた。普段から青白い顔だけど、もっと青くなっててさ。


――じーちゃんは!? ここに来てたって実久が言ってて!


 するとさっきの発言ってわけ。


『――隆心りゅうしんはもう帰れないかもしれない』


 そんな馬鹿な話があるかよ!


 隣では実久が「うっわーーーー!!」と言いながら目をキラキラさせあちこちに行ったり来たりして大騒ぎだ。どうもこの目の前の父親は我が子にもこの倉庫へ入れさせたことがなかったらしい。いつもこの親子は正反対だ。この父親は結構有名な物理学者らしいし、実久の母親は今では専業主婦だけど、元々はばりばりのキャリアウーマンだったらしく、しっかりものな夫婦の間でなぜこんな目が離せないような娘が生まれてしまったのか。俺には到底理解できない世界の話だ。


 そんな俺達がここにいるのはあの手紙がきっかけだった。あんな手紙置いて行きやがって……! 

 

***


――リキトへ


 突然すまん。

 わしは少しの間家を離れる。

 帰って来るとすれば、次の月食の時2025年、9月8日だ。もしその日に帰らなければ、すまないが、もう会えないと思ってほしい。


 お前はもう18だし、わし無しでもきっと生きていける。

 お前はちょっと意地っ張りなところはあるが、それなりに優しいし、それなりになんでもこなせるし、料理だってそれなりに出来るしな。それに縫製技術もわしに比べるとまだまだだが、それなりに持っておる。これからもっともっと経験を積めばそれなりの縫製士になれるだろう。機材も家に揃っておるし、お前ならそれなりに生計を立てられるはずだ。

 

 だがリキト、お前が今後どんな道に進もうともわしは何も言わん。他に好きな事があればたくさんそれを学べばいいし、興味あることがまた別に出てくるなら、たくさん色んなことに挑戦してほしい。お前の好きに生きてほしい。

 何があろうとも好きなことに真っ直ぐ突き進んでほしい。

 大学へ行きたければ奨学金の申請は通っておるし、今まで貯めてきた貯金もある。何か困ったことがあれば話は通しておるから実久ちゃんの親を頼りなさい。


 それとな、お前の両親は恐らく生きておる。

 わしは二人を探しに行く。

 今まで黙っていて本当にすまない。

 許してくれとは言わない。

 だが、言えなかった、ずっと言えなかったんだ。

 

 お前を守りたい、今でもだ。

 本当にすまないと思っておる。

 もし、もう会えないとしても、また会える日が必ずやって来るはずだ。


 隆心


***


 あの内容、思い出せば出すほど、ますます意味わかんねぇし! 

 会える、会えないどっちだよ!

 だいたいなんでもそれなりそれなりって言いすぎなんだよ! いいのかわりぃのか分かんねぇよ!

 それに両親が生きてるってなんだよ!? 事故で死んだんじゃなかったのかよ!?

 ああ、もう訳分かんねぇ! ふざけやがって! 

 手紙だけ置いて行くなんてズリィよ、ちゃんと説明しろよ!


 キラキラ球体に思い切って飛び込んだら、気が付けば上も下も分からないまばゆい星屑の中を走っていて、正直焦った。光に目がやられそうだ。なのに実久は、俺にも止めらんねぇほど大興奮で隣をダッシュしている。それにまるでプロジェクターから投影されるかのように別空間が上下左右に大きく浮かび、何かが写し出されている。次々にそれが川のように後ろへ流れていく。映像のようで実体はなさそうだったが、そこから様々な声が聞こえた。


――ダガー! お願いだ、もうやめてくれ! 俺が、俺だけが悪いんだ。お願いだ、俺はどうなってもいい。だから、妻達に手を出さないでくれ……!!


 髪の長い赤毛の女性が誰かの行く手を阻んでいる。


――リニア、何をしておる! やめなさい!!

――お父様、その子を連れて早く逃げて!!


 そこは夜で、木々が生い茂っていて森の中のようだった。騒然としていて、銀色の甲冑のようものを身に付けた大勢の者達と、黒髪と金髪の若い男達、行く手を遮る若い赤毛の女性。その後ろには男性が立っていた。その腕の中には、赤ん坊が抱かれていて、でかい布団なようなものが巻かれている。その男性に見覚えがあった。じーちゃんだ。けど、だいぶ若いじーちゃん。50歳ぐらいだろうか。そのじーちゃんがさっきの赤毛の女性に向かって血相を変えながら叫んでいる。リニアって言ってる。俺の母親の名前と一緒じゃん。


 俺が走っている上下左右の空間に次々に若いじーちゃんが映し出され、どんどんと流れ去って行く。それはまるでじーちゃんのこれまでの人生を見ているかのようだった。

 

 各地を旅する若いじーちゃん、立派な椅子に座るじーちゃん。それに縫物をしているさっきの赤毛の女性、赤ん坊を抱いて喜び合うじーちゃんとその女性。


 まるでじーちゃんとその赤毛の女性の記憶がこの空間で絡まりあっているかのように流れ、瞬時に背後へ過ぎ去った。実久にも見えているようで、「すごーーーい!! 何これ!! これりっきーのじーちゃんだよね? この男の人! 若い!」とまた大興奮だった。 


 次の瞬間、突如てっぺんが分からない程成長しきった木々に囲まれた暗闇の中に放り出された。森のようだった。風が少し冷たい。


「なんでこんな場所と繋がってんだよ……」


 さっきまで実久の父親がいつも引きこもっているでかい倉庫にいたはずなのに。

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