応援コメント

藤原頼長は男色で政治を攻略 『台記』(日記)で日常生活をぶっちゃけ過ぎ」への応援コメント

  • 語り手「もし、それが事実なら、知りたくなかったぁぁぁぁー!((((;゚Д゚)))))))なんて言いそう」

    作者からの返信

    語り手様 コメントありがとうございますm(__)m感謝をこめてm(__)m

  • 摂関政治では、女を利用。娘をつかい帝の外祖父の地位をゲット。
    院政時代は、院に子供ができても次代の跡継ぎになれるとはかぎらないので、院自体を男色で籠絡。

    ということで、院政時代に特に男色が流行ったようです。

    作者からの返信

    澄田さま、コメントたくさんありがとうございますm(__)m非常に興味深いです。後白河法皇はじめ、バイの法皇様は多いですね……男性同士だと子どもができる心配がないのと、貴族は結婚相手を自分で選べないことも多く(政略結婚が当たり前なので)そちらに流れる人も大なり小なりいたようで……コメントありがとうございますm(__)m感謝をこめて♡

  • 拝読させて頂きました。

    確かに左大臣と言う要職にある人の日記としてはぶっちゃけ過ぎですね💦
    しかし、この頼長と言う人は型破りと言うかやりたい放題と言うか、ある意味常識に囚われない発想の持ち主なので生まれた時代を間違えたのかも知れません(>_<)

    日本は性と言う事に関しても非常に大らかな国であったと思います。
    江戸時代でも女郎の代わりに少年が相手をする「陰間茶屋」が、
    堂々と営業してましたから(^.^)

    作者からの返信

    日本は大らかですよね♡
    いつも素敵なコメントありがとうございますm(__)m
    心より感謝をこめて❤