第15話

ほどなくして、確かに、道は行き止まりになった。

それでもビル群工場等の照明は続き、運河になっていく。


「ありがとな」


最高の夜景ドライブだった。

無限に道があって欲しいって、思ったよ。


「すっげぇ、楽しかった」


車を降りて川の高い手すりに両手を置きその上に顎を乗せ、俺はカンザキの姿をした個体に感謝を伝える。

みせてくれて、本当に、嬉しかった。

俺を想ってくれてるの、ようやく分かった。

良い、モンスだ。

優しい、モンスターだ。

素敵なデートをみせてくれて、本当にありがとう。

終わる前に俺の装備全部あげよう。

是非に、生き延びて欲しい。

願わくば、白浜の姿した個体と幸せになって欲しい。


息を、吐く。

また、泣きそ。


「俺、物心ついた時からずっと独りだったんだ」


誰にも言ったことはない。

誰かに言うつもりもなかった。

ただ、この、カンザキの姿をした個体に、知って欲しくなった。

俺みたいなの、想ってくれた優しい生き物に。


「ダンジョン潜りしか出来なくって、ダンジョンも独りで潜ってた」


最初から最後まで独りだったら良かった。

それは何度も思う。


「…色々あって辞めてさ」


まさかダンジョン潜りを辞めるなんて考えてなかった。

辞めたら、何をしたら良いのか、分からなかった。


「そんで地上をブラブラしてたら、白浜とお前に会った」


独りじゃない時間を覚えた。


「楽しかったよ」


楽しい。

嬉しい。

好き。

覚えてしまった。


「すっげぇ」


だから護ろうなんて思い上がった。


「楽しかった」


知りたくなかった。

手に入らない物があるなんて知りたくなかった。

どんなに努力しても頑張っても良い武器装備しても、無理なもんはムリな、入手不可能な物があるなんて、知りたくなかった。


好きだった。

大好きだった。

愛してた。


でも、俺じゃない人が、カンザキは、好きだった。


「…あーもぅ…モンスター相手に何やってんだか…」


涙が零れた。

もういいや。

もう何も感じられない。

痛かった胸も。

気持ち悪かった腹も。

震える指も。

何も、感じない。


何も感じないって、ヤバイんだぜ?


「…お前らの所為だからな、こんな風に、弱くなったの」


イルミネーションを見つめる。

別れたあの日と重なる。

そもそも。


これは。


カンザキじゃない。


「眼も腕も失って、眼は魔眼を、腕は義手を、作ってそれでも戦おうとしてたのに…負けちゃったよ」


ずっと黙ってるカンザキの姿をした個体に笑いかける。

よく表情が見えない。

しょうがない。

だからもうおわらせてくれ。


「なあ、もういいじゃん、お前の勝ちだ、おわり…っっ!」


言葉の途中で俺は驚き身を固めてしまった。

急にカンザキの姿をした個体が俺を抱き締めてきたからだ。


「ナ、っにっ!」


逃れようともがくが、普通の義手と筋力値低めな俺じゃあ抜け出せそうもなかった。

腰をぐっと寄せられる。

そして顎を掴まれる。

まさか、と振り切ろうとした俺の、唇を何かが塞いだ。


「んっんんっっ!」


柔らかい。

けど嫌だ。

匂いはそのもの。

鼓動体温は知らん。

所詮コレはモンスター。

もしくわ、ああ、最悪だ。


俺の、幻、願望、終われよ、もう。


「やっっんうっ」


必死に胸を突っぱねた。

顔を背けようとした。

なのに全然逃れられない。


顎から、後頭部を今度は掴もうとする。

その隙に俺は必死に顔を背けた。


濡れた唇が、かなしい。


「やだっ!ヤダッ!たすけてっ!たすけてカンザキっっ!!」


俺は生まれてはじめて助けを求めた。

なさけない絶叫が、むなしい。


カンザキの姿をした個体が、ピタリと行動を止めた。

俺は駆け巡る衝動のままに、叫び続ける。


「たのむよぉ…俺…カンザキが好きなんだ…もう…許してくれ…これ以上は…もう…いやだ…助けて…かんざきぃ…」


独りで生きて来た。

神にも縋ったことはない。

独りでなんでも出来た。


独りでよかったのに。

知らなければよかったのに。

好きになんてならなければ。


こんな、助けて、さみしい。


でもしってる。

だれもたすけてなんてくれない。

だれも、たすけてなんて、くれない。


だれもたすけてくれない。


くるしい。


身体から力が失われてゆく。

モンスターが、幻が、抱き締めてくれた。


「……もう、どうしたらよいのか、わからない……」


それはおれもおなじだよ。


俺を抱き締めるものの悲痛な呟きに、心の中で同意した。

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