第7話

魔物の巣にて一週間が経った。

俺の体内時計が正しければの話だけど。


白浜の姿をした個体がちょくちょくやって来る。

その度にカンザキの姿をした個体が頭を下げる。

どうやらカンザキの姿をした個体が下位のようだ。


この巣の主は、カンザキの姿をした個体だ。

なにかと世話を焼くのも、カンザキの姿をした個体の仕事だ。


巣の内装は現代社会のマンションの一室となっている。

明かりを取り込む大きな窓からは、少し変化した街並みが望めた。

俺は活動する気力がないのであまり部屋の観察をしていないが、この再現度はかなりのものだ。

あのモンスターたちは相当幻を見せるのが巧い。

だからこそ、俺には眩しくて辛くて地獄だ。


「なぁ」


「なんだ」


「俺の装備返してくれよ」


「…断る」


もう何度もこんなやりとりをしている。

この話をするとカンザキの姿をした個体はすごく機嫌が悪くなる。

でも諦めない。

俺は終わりにしたいのだ。

この地獄から、終わりに。


俺は、二度ほど包丁とナイフをを奪って自害しようとした。

けど、俺のほうが頑丈で駄目だった。

なんだかんだで俺人外だった。

かなしい。

その度にカンザキの姿をした個体に怒られた。

めちゃくちゃ怒られた。


今も、めちゃくちゃ不機嫌そうに睨んでる。


「お前らだって分かってんだろ?俺に止めを刺すには上級武器じゃないと無理だって…ここは階層が浅いから、俺をちゃんと殺せる」


「朝食にする話ではない。黙れ」


シャツにスェットというラフな格好のカンザキの姿をした個体が俺を睨む。

そういう薄着だと嫌でも分かってしまうのが体型だ。

モンスで幻なのについつい見惚れてしまう。


しっかり鍛えたしなやか体躯。

背も高いし、顔もいい。

目付きが怜悧で怖いのは置いといて、羨ましいと思ってしまう。


俺は体型に恵まれなかった。

だからめっちゃ努力した。

あと、外見がどうのこうので、もうやんや言われた。

頑張ったって駄目。

それを理解し最大限。

頑張った。

頑張ったよ?

で、今、ココ。


だからこそ、もう、俺は。


「…俺、もう疲れたよ」


毎朝の美味しい朝食も。

気持ちの良い服も寝床も。

昼も夜も美味い飯も。


カンザキの居る、穏やかな、生活も。


今、ココ、が。


俺は、疲れた。


「本当のカンザキはさ」


食べかけの、焼き立てクロワッサンを皿に置く。

腹減ってないのに食べれちゃう、本当は何か分からない物。

バターの香りが美味しいって思えたまま、終わりたい。


「俺のこと、嫌いで」


カンザキはいつも俺を睨んでいた。

白浜には、優しい眼差し向けるのに。


「俺が、白浜に、白浜と一緒に居るの、あんまし良いとは思ってなかった」


俺という異分子が息抜きになったことに、感謝の言葉くれた。

けど、いつか会いに来るなと、言われただろう。

俺のような奴、正しい成長の妨げだ。


「だから、もう、これ以上、俺を苦しめるのはやめてくれっ」


痛む胸押さえる。


「装備、アイテムもっっっ!全部やるからっお前にっ全部やるから!俺に地獄を見せないで!お前たちが仲良くしてるとこ、もう、見せないで!何度もっ何度もっ!ダンジョンで!見た悪夢を見せないで!分かってた!!カンザキが誰を好きなのなんて!分かってた!だから…ゆるしてくれ…おねがい、だからぁ…」


俺は椅子から崩れ落ちた。

自分を抱き締めるように蹲る。

片腕しかない。

義手返せ。

そしたら自決の確率、あがったのに。


「ふる、いち…」


優しく呼ばないでくれ。

一度もそんな風に呼んでくれなかった。


俺とカンザキはただの知り合いでしかなかった。

距離感が、そうだった。

俺は好意を隠すのに必死で。

カンザキは、俺をいつ排除しようか、考えていたに違いない。

一瞬の優しいとか勘違いだって、俺は何度も何度も、思い上がるなと自分に言い聞かせた。


「ふる、いち…」


優しく触れないで。

悪夢だ。

地獄だ。

はやくこの生命を終わらせたい。


だけどカンザキの姿した個体が俺を抱き寄せる。

ぼろぼろ涙が流れた。

モンスターなのに優しくしないでくれ。

もう弱ってるから。

抵抗しないから。

止めを刺してくれ。


「……トを…」


「な、に…?」


俺の背中を優しく撫でながら、モンスターが諦めたように呟く。

モンスのくせに、本当に、低くて良い声。


「デート、してくれたら…装備とアイテムを、返す…」


なに、言ってんだコイツ。

違う。

俺の、あれだ。

望みを叶えて美味しく頂こうって、魂胆か。

ああ、そうか。

そういう方向に切り替えたのか。

鬼だ。

モンスターだった。


「…分かった、デート、する」


俺の頭ん中でだろうけど。

そういう提案なら。

それで終わりにしてくれるのなら。

願ったり叶ったりだ。


カンザキの姿をした個体が、優しく俺の涙を拭う。

ああ、優しい。

泣ける。

辛い。


「デート、決まりましたね!デート!」


急に白浜の姿をした個体が現れ、俺とカンザキの姿をした個体は仲良く驚いてしまった。

色んな意味で心臓に悪い。

それはカンザキの姿をした個体もだったらしく、慌てた様子で居住まい正した。


「し、白浜様っ」


「さ、神崎は急いでおめかししてくださいっ!僕は古壱さんのおめかしを手伝います!」


「は、はい」


カンザキの姿をした個体が素早く寝室へ消えてった。

白浜の姿をした個体が「さ、まずはシャワー浴びてきてください。そしてお着替えです!」キビキビ俺にも指示を出す。

俺は素直に従って、シャワー室へ向かった。

この白浜の姿をした個体には、どうやっても逆らえないのである。


「デートプランは完璧ですね?」


「はい…古壱には、出来れば動きやすい服装を…」


「お任せ下さい!」


なにやらプチ会議しているので、俺は今生最後のシャワーを浴びることにした。

どういう現実になってるか知らんが、もう、いい。

デートだ、デート。

夢にすらみないで考えないようにしてた、デートだ。

楽しもう。

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