9章 まあ、自分が悪いんだけどね

人に頼られるのは好きだが、当てにされるのは嫌いだ。


僕は生来、甲斐性というものを持ち合わせていない。


それゆえに、自信というものを持てたためしがない。


しかし、そこへきて何にでも首をつっこみたくなるのだから、厄介者と言われても言い訳のしようもなかった。


人のために何かをしようとした時、自分の中で大きくペースが乱れていく。


やっていることが空回りするのは、僕自身のさがと思って差し支えなかった。


詩(うた)との付き合いにも、陰りが見えてくるのだが、おおむねそんなことが原因だったりした。











僕は、大学を辞めてから、塾講師の派遣で食いつないだ。


生活に余裕は微塵も無かったが、詩は近くに居てくれた。


余裕が無い生活も嫌だったし、詩との将来のことも考えると、正社員として働かなくてはならないというのは、常に考えとしてあった。


自分で何かをやってみたいというのが本音だったが、そんな余裕のない状態では、誰も納得しないだろうことは、重々分かっていた。


だから、ひとまず現状を変えるにしても、ある程度のところに就職するというのが、目下の課題になった。


その頃からだと思う。


詩があれこれアドバイスをくれるようになったのは。


詩はその頃から、将来のこと、ひいては結婚のことを考えてくれていた。


バイトから派遣まで塾講師しかやったことしかなかった僕に、詩は昼の仕事をするようによく言った。


それでも僕は、出来ることが塾講師以外にないと思い込んで、頑なに塾講師以外の仕事を探さなかった。


というより、探すことが出来なかった。


他の世界に飛び込むのが怖かったのだ。


そんなときでも、毎週の詩とのデートは欠かさなかった。


一緒にあれこれ行き先を考えた。


段々と行きたいところが無くなって来て、家で遊ぶことも増えていった。


それでも詩は文句の一つも言わずに、一緒に遊んでくれた。


多くの大学生がそうであるように、もっと色々出掛けたかったはずだ。


もっと派手に遊んでみたかったはずだ。


そんな欲求を我慢して、詩は僕の財布事情をおもんばかる様に、近場で遊ぶことを提案してくれた。


たまに、僕が遠出の提案をすると、彼女は嬉しそうに頷き、心から楽しそうに笑った。


傍から見ると、とても詩を幸せにしているとは思えない。


だが、彼女の笑顔はそんな僕の不安を忘れさせ、また僕を慢心させたのだった。


詩のために頑張っている。


詩は僕の全てを受け入れてくれる。


そんな確証はどこにもないのだが、僕は詩と上手くやっていると思っていた。












塾講師の派遣をやっていた冬。


僕は差し迫るクリスマスに向けて、プレゼントを考えていた。


あげたいものは沢山浮かぶが、何より予算が足りない。


それまでは高価なものとは言えないが、ブランドの時計やネックレスなどをあげていた。


詩はいつもプレゼントをとても喜んで、身に付けてくれていた。


「全身が少しずつ涼(りょう)になっていくね!」


詩は毎回そんなことを言って、記念日や誕生日を楽しみにしていた。


詩のあの笑顔が見たい。


何とかして喜ばせたい。


しかし、生活費を払うのに手一杯な当時の僕には、ブランド物に手を出せる余裕が無かった。


そうなるとアイデアで勝負するしかない。


サプライズも考えたが、準備期間が極端に短く、時間を割くことが出来ない。


かつて、詩には1年越しのサプライズを仕掛けたことがあったのだが、今回はそうもいかない。


付き合って1年目のことである。


最初の1ヶ月記念日から、1年後の詩の誕生日まで毎月手紙を書いて渡した。


その手紙には、それぞれの端っこに文字が1つずつ書かれており、1年後13枚集めると、


「20歳の誕生日おめでとう!」


というメッセージが完成するようになっていた。


それを詩の誕生日に、祝いの動画で発表するというサプライズを行った。


詩はとても驚いて、同時にとても喜んでくれた。


サプライズは大成功だった。


しかし、その冬にそんな余裕は無かった。


結局プレゼントは手作りで何かを贈ろうということになり、2人で使えるコップを作ることにした。


といっても、100均で買ってきた無印のコップに、ペンで詩の好きな花柄を描くといった、とても粗末なものだ。


自慢ではないが、僕は絵心の類が一切ない。


自分でも痛いほど分かっていた。


それでも詩は喜んでくれると思って、仕事終わりに少しずつ作っていった。











クリスマス当日、僕は部屋に風船を沢山置き、件のコップを隠すようにして、詩を自宅に招いた。


詩はすぐにプレゼントの包みを見つけて、喜んでくれた。


そして開封した。


その時の詩の目は、控えめに言って光を失っていた。


「え、あっと、え?

あ、ありがとう。」


そう言う詩はの笑顔はひきつっていた。


「ごめん、本当にごめんね。

ろくなものが準備出来なかった。

絶対来年には就職して、詩が好きなものあげられる様に頑張るから。」


僕は空気を察して、めちゃくちゃ謝った。


内心ではプレゼントに予想外の反応で焦っていた。


もう少し喜んでもらえると思っていたのだ。


「いや、全然いいよ。

これ自分で描いたの?

使うよこれ。」


詩は僕に気を使って、取り繕ってくれた。


その時テンパリ過ぎて、詩に何をもらったのか、その後どんなクリスマスになったのか、全く思い出せない。


当時を思い出すと、何故それが上手くいくと思ったのか、自分の事ながらとても不思議で仕方が無い。


自分で自分に引いている。


今ならよく分かる。


やっぱり駄目だな、僕は。


そんなことがきっかけで、それ以降詩に対してどんどん自信を失っていった。


負い目と言ってもいいかもしれない。


まあ、自分が悪いんだけどね。

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