7章 詩、狭いよ
詩(うた)が写真を見せてくれた。
先日沖縄に行った際のものらしい。
詩と詩のお姉さん、お母さんが楽しそうに笑っている。
「沖縄はね、暑かった。
海はあんまり入らなかったんだよね。
てか、結構室内の観光多かったから損した気分。
でも、楽しかったよ。
ソーキそばは何かボソボソしてて、あんまりおいしくなかったかも・・・
あ、これこれ。」
そう言いながら写真をスライドして行く。
「詩は本当色んなところ行ってるね。
あ、このサメかわいいね。」
「うん、結構行ったね。
これはね、
もう、あんまり行ってない所ないかも。」
「九州くらい?」
「んー、そうだね。
九州くらいだね~。」
咄嗟に行ってみようという言葉を飲み込んだ。
詩といると立場が分からなくなる。
他人だという事を忘れてしまう。
僕たちはお互いが大学生の頃はずっと一緒にいた。
シングル用の小さいベッドで一緒に寝るのだが、初めのうちはお互いかなり気を使って寝ていた。
詩は布団の隅っこで、とても小さくなって寝ていた。
布団を掛けてないことすらあった。
僕はというと、夜中に目覚めては、布団を掛けてない詩に布団を掛けてやった。
それでも朝起きると詩は布団を掛けておらず、僕だけが独占していた。
要するに同じ事をお互いにやっていたのだが。
2人の朝は、いつも真ん中が空いていた。
僕たちは大学生の時も、社会人になってからもほとんど毎年旅行に行った。
京都・大阪は最初に行った場所だ。
福島にも行ったし、山梨にも行った。
バスツアーに参加したこともあった。
旅行と言えば自分達で計画していくものだという価値観を持っていた僕にとって、バスツアーは正に啓蒙だった。
熱海も行った。
最後に行ったのは島根県だった。
こうして、色んな所に行ったのだが、旅行の度に変化が少しずつ見られるようになった。
旅行に行けば大きいベッドで寝ることになる。
そこへきて、詩はベッドの真ん中で寝るようになった。
広いベッドだから良いと思ったのだろう。
実際にそれは大きな問題ではなかったが、こと旅行から帰った際にはいささか困ったことになるのだ。
比率でいうと7:3。
これが家のベッドになると、僕の寝るスペースはごく限られたものになる。
僕が社会人になってからはダブルサイズのベッドを買った。
すると比率が8:2になった。
詩はどうして、こんなに迫って来るのか。
一度、寝ている詩を端まで追いやったことがあった。
詩は寝ぼけながら「ごめんね。」と言って、ベッドの端まで移動した。
言えばよかったのか。
お互い端にいる状態で、しばらくいると、ふと詩が真横に迫ってくる。
完全に寝ている。
そっと頭を撫でると更に寄って来る。
ああ、そういうことか。
「詩、狭いよ。」
そう言って頭を撫でると詩はまた寄って来る。
9:1。
そんな山賊との山分けのような比率が、僕にはとても心地良く感じたものだった。
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