4章 はっきり言えたね

「最近どうなの?」


詩(うた)が突然聞いてきた。


「いや、別に変わらないけど。

詩こそ何か変わった?」


「んー、まあ。そんなにだよ。」


お互いが探り合うように会話をする。


思えば、僕たちは2人揃ってはっきりと物を言わないふしがある。


詩は言うときは言うが、基本的には相手に気を使っている。


僕も基本的には詩の機嫌を伺いながら喋る癖がついてしまっていて、はっきりと伝えることがなくなっている。


ここが関係のねじれの始まりと言われたら、僕と詩は同じく賛成出来る。


そのレベルで会話が難儀であったから、付き合っていた後半は殊更に会話の面白みを感じられなくなっていた。


「あー、そういえばさ、この前会社で~。」


僕は日常的に起きた何気ないことを話し始める。


詩はうんうんと楽しそうに話を聞いてくれる。


「そういえば、私もね~。」


今度は詩が日常の話を聞かせてくれる。


話が盛り上がるにつれて、会話の中に安心感を感じられるようになる。


ああ、これだなあ。


僕が詩を好きだった理由。


詩が僕を好きだった理由。


僕たちはお互いがお喋りで、お互いの話を聞くのが大好きだった。


別れてからこうやって楽しく話せるようになるのも、皮肉なことだ。


一抹の悲しさが、大きな楽しさに支配されていくような心境で、僕たちは互いに会話を楽しんだ。









「言えない。。。」


僕は詩との関係に大いに悩んでいた。


バーベキューの後から詩を強く意識していた。


というかもう完全に好きだった。


その話を友人にする。


「それさ、向こうも確実に涼(りょう)のこと好きでしょ。」


友人はニヤッとしながら現実をつきつける。


うん、分かってる。そんな小学生でも分かるようなことは重々承知しているのだが、ここからどう進展して良いのか分からない。


告白をする?いつ?どこで?どうやって?


相手に気持ちを聞いてみる?いつ?どこで?どうやって?


とりあえず、遊びに誘う?いつ?どこで?どうやって?


堂々巡りである。


もしかしたら、詩は別に僕のことを何とも思っていないかも知れない。


詩には僕なんかよりいい人がいるに違いない。


そんなことを考えて足がすくんだ。







ある日のラインのやり取りである。


何かのきっかけで詩に「かわいいね。」


と送ったら、「からかってるでしょ!」


と返ってきた。


どう返したらいいものか悩んでいたら、立て続けに「どうせ私のこと、女の子として見てないし。」


結局は似たもの同士だった。


僕はすぐに「いや、女の子として見てるよ!!」


と返信をして、「詩ちゃんこそ、僕のことを男として見てないでしょ?」と送ってみた。


すると、「いや、見てるけどー??」


嬉しかった。


「あれこれって、どういうこと?笑」


「え?(笑)そういうこと?(笑)」


それから2人でえ?え?というやり取りをしばらくしてから、僕から切り出す。


「つまり、そういうことなんだね笑」


「そうっぽい(笑)」


それから、僕は勇気を振り絞り、そういうことは会ってから直接言うとだけ、宣言してから、4月1日に会う約束をした。


4月1日なら、もう高校生ではないという単純な理由からだった。


お陰で、僕たちの記念日は4月1日という、とても分かりやすい日付になった。








くだんの4月1日のことである。


その日は詩の地元で映画を見る予定になっていた。


確か『シンデレラ』の実写版を見た気がする。


その日は会ってすぐに告白すると決めていた。


待ち合わせの時間。


詩がやって来た。


詩もかなり緊張の面持ちである。


すぐ言わなきゃ。そう思い僕は切り出す。


「あのね、詩ちゃん。」


「うん。」


詩にまでこちらの緊張が乗り移る。


「僕は、詩ちゃんのことが人として、とても好きなんだ。」


「うん。」


「でね、女の子としてもすっごい好きなんだ。」


「うん。」


「大好きなの!」


「うん。」


詩の顔が赤くなっていく。僕は言わずもがな。


「だから、僕と付き合ってください!!」


「・・・はい、よろしくお願いします。」


詩は少し照れくさそうにうなずくとニコッと微笑んだ。


「あー、よかった~。緊張した~。」


僕は全身の力がスーッと抜けるのを感じた。


「こっちもだよ~。」


詩も全身脱力状態になって、お互いに近くのベンチに座った。


一部始終を気づかれないように聞き耳を立てていたおじさんが、ニヤッと笑いながらこちらを見ながら通り過ぎる。


その余裕っぷりにとても腹が立ったのを覚えている。


それから映画館で映画を見て、晩御飯を食べて帰路に着く。


初めて手をつないだタイミングもそこだった。


田舎道で、人通りの無い道。


開発中の土地で無駄に広い道路。


その広々とした道路で僕たちは目いっぱい手をブラブラさせながら歩いた。


ただ2人でいられることが嬉しくて。


「はっきり言えたね。」


詩がからかうように言った。


「私もね、涼先生のこと人間として好きだし、もちろん男の人としても好き。」


詩はにっこりとしながら言った。


暗くて顔色は窺い知れなかったが、恐らく赤くなっていたと思う。


僕も、詩も。

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