第5話 今よりいいはずの過去の世界
Scene5
「どれ、検索窓を開こうか」
白い画面が現れ、その後。本の目次のようなものが現れる。
と、その直後に視界の端で、映像が流れ出した。色とりどりの光が満ちた建物の隙間を、土汚れも凹みもない流線型の車が道を縫って走っていく。
「こ、これが旧暦の世界」
「そうさ。欲にまみれた過去の世界の映像だ」
私は思わず見とれてしまう。整備されて平らな道。清潔な服を着飾って美しい男性や女性が登場する、華美な世界。停車した車から降りた男性は、異様に美しい女性の腰を抱き、笑顔で光の中へ消えていった。
その後動画は終了し、最後の画面で静止する。
内容もそうだが、動画自体も町に残された液晶とは段違いの映像の綺麗さだ。興奮が抑えられない。あんな素敵な形の服を着れたら……あんな人たちと恋愛ができたなら……。あんなに速くてピカピカの車で移動できたなら。
私の興奮に気付いたのか燈子がぴしゃりと冷たい口調で言った。
「アオイ。戻ってこい。欲望の増幅器に心を囚われている」
私ははっとして我に返った。だが。まだ心臓の高鳴りは続いている。
「危険さがわかったかい? 田舎暮らしで純朴な君にはさぞかし刺激が強かろう」
「う、うるさいな」
燈子さんに促されて、私は深呼吸を2、3度行った。
「落ち着いたか? 動画検索サイトってやつでこの歌を探してみよう。読み書きはできるな? 今から出す検索窓に入力してくれ」
「できるよ! わかった」
燈子さんに開いてもらった窓に、先生の思い出の曲だというタイトルをキーボードで入力する。
数秒程度で、また目次のように動画のタイトルが上から順にいくつか並んでいく。目で追って探すと、それらしい単語を見つけることができた。
「あった。これじゃない?」
「これは違うなきっと。タイトルにカラオケと記載がある。きっとその歌手とは別の歌手が歌っている動画だろう」
「カラオケが何かは知らないけどさ。別の人が歌っててもいいじゃん」
「おいおい、君の先生の思い出の曲だぞ? 私はいいが、できる限り思い出に近いもののほうがいいだろう。君だって、その先生に喜んでもらいたいのだろう? 出力される情報は同じでも誰がしているかも大事なんだよ。覚えておきな」
「そんなものかなあ」
画面を動かしながら目次を見ていくと、ある写真に目が留まった。
「肉だ。すごく綺麗で美味しそう。ちょ、ちょっと押してもいいかな」
「おい! 待った」
私が肉の写真をクリックすると、鉄板に霜降りの肉が落とされ、焼目をつけられている動画が流れた。
「こ、こんなに美味しそうな肉が……」
私や先生が食べている肉は皮や毛が付いている場合が多い。処理がうまくいかず、状態が悪くなったものを食べることも多々あるのだ。ピンク色で所々白い脂が混ざった肉の映像は、私の食欲を凄まじく刺激した。
私の表情を見て燈子さんは動画を止め、その後、煙を吐き出すようにため息をついて一度画面を暗転させた。私が呆けたような顔をして、画面に食い入り映像を見てしまっていたからだろう。
画面が暗転した後には、自分のもの欲しそうな顔が反射して映る。それでも、頭からあの肉の美味しそうな映像が消えない。
燈子さんは言った。
「やばいな。奥深くまで来ている気がする。本能に直接訴えかける欲望が渦巻くインターネットの闇の世界に近づいているよ。お茶でも入れてちょっと休憩しようか。欲望から距離をとる必要がある。精神が汚染されてしまうからね」
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