第2話 検索師が語る失われた歴史の話

Scene2

 人類が衰退を受け入れた「始まりの日」

 始まりの日にあたり、人類はまずインターネットを禁止した。

 インターネットはかつて人々に繁栄をもたらす叡智の集合として利用されていたが、いつの間にか商業的な利益誘導に満たされ、人々のコンプレックスや負の感情、承認欲求を増長させる有害なものへと変わっていった。

 これが原因で心を病んだり、お金を失ったりと人類のQOLに大きな悪影響を与えるようになったことが証明され、インターネットは永久に凍結されることが決定したのだった。

 その後程なくして国は解体され、都市も自然になくなり、村や町の単位で人々は生活することになった。

 ただ、小さな共同体に分かれるとはいえ、情報の有無によって自然の中を生き残る確率は大きく変わる。実質的に生活には命の危険が伴うため、生活の知恵のような、最低限の必要情報を抜き出す導き手が必要になる、そんな背景から検索師という職業が作られたのだった。

 だが、知を手放した人類だ。最低限の機械や道具は残っているがいずれ使い方も何もかも忘れ去られるだろう。僕らの、人類の未来はいったいどこへ……。

 燈子さんが流れるように喋った。


「え、なんで物語調? 始まりの日あたりの歴史を詳しく聞きたかっただけなんだけど」

 私はこんな口調の伝え方の本をいくつか読んだことがある。物語(フィクション)というそうだ。

「検索師は情報を加工しない。インターネットの正しい記載を、純度を高めたうえで抜き出すだけさ。そっくりそのまま文章を読んだだけ。誰かが実話ベースで書いた物語だろう」

 つまらなそうに携帯型デバイスを替えの服が積まれている辺りに放って燈子さんが言う。


 彼女が私に歴史を教えてくれる検索師だ。

 肩の下まで伸ばしたサラサラの長髪。そして明らかにオーバーサイズの紺色のシャツを羽織って、袖を捲って手の長さに合わせている。気障な喋り方で1人称は僕。顔は整っているが、服のせいで体のラインも出ていないので、見た目からだけでは性別もわからないだろう。まあ、私も丸眼鏡におかっぱのような出で立ちだ。少年にも少女にもどちらにみられることもあるのだが。

 燈子さんは、毎日同じような服を着ている気がするが、やたら部屋には替えの服が多い。これは彼女に関する謎の一つだ。


「で、今日は何しに来たんだ?」

「依頼よ依頼。私からの」

「なんで君が」

 その問いに私はイラっとする。

「あなたが全く仕事をしない検索師だからよ!! 出会ったときは、『ワイは検索師ってやつなんや。ワイの携帯型デバイスがブラックアウトしてしまったンゴ。すまんが代わりのデバイスか充電ステーションがあれば教えてほしいンゴ』って言ってたから、検索師の仕事を見れると期待して変な喋り方の怪しい奴に私の秘密基地を貸したのに」


 天井からたまに水が滴るこの地下室は、実は私が偶然見つけた秘密基地だ。地下への入り口は大きな葉の植物と蔦でおおわれて誰にも見つけられない。現在は燈子さんという自称検索師が住み着いてしまっているのだが。

 中央奥の机には大きな箱型のデバイスが1台鎮座し、その他には食事をつくるキッチンがカウンターで仕切られた向こう側にあるほかは、本棚と、枯れた木が植わった鉢植えが2つあるだけ、というシンプルな部屋のはずだったのだが、今は燈子さんの替えの服やら、旅で使っていたというガラクタだので埋め尽くされている。


「ははは、しゃべり方については、あの時は済まない、インターネット訛りってやつかな。検索中に見つけた。ある時期のある場所では多くの人類があの共通言語で話していたんだ。失われた文化だね」

「ふん。もういいわよ」


「で、依頼は何かな?」

「リンゴパイのつくりかた!」

 燈子さんはすぐさまつまらなそうな顔をして言った。

「なんでリンゴパイなんだよ」

「この前空き地に落ちてた本に絵が書いてあって美味しそうだなって」

「ずいぶん僕の職能を雑に使おうとするじゃないか。わかったよ。ちょっと待ってな」

 ため息交じりの同意に安心したのか私は尿意を感じた。走って部屋の奥あるもう一つのドアへ向かう。

「じゃあ私、ちょっとトイレ行ってくるね! その間によろしくね!」

「忙しい奴だな。せっかちというか。観測も認識もされていない今、文字通り時間は死まで無限にあるのに。……さて、始めるか」


「デバイス起動!!!」

 燈子さんが出した大声は戸を閉めたはずのトイレからでも聞こえるのだった。

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