第27話 ガーデンパーティ


 今年の近隣国との定例の国際会議はここセティルストリアで行われる。夜会嫌いのファビアン殿下も外交の責任者として公式行事から逃げられず、私にも夜会にお供をするように指示がでた。例によって殿下ではなく陛下から。


 殿下がさっさと婚約者を決めてくれないから私がお供なんかをする羽目になる訳で。殿下、どうか一日も早くどなたかと婚約して下さいませんかね。お陰で私、連日ハイドナー氏はじめ補佐官の皆さんから近隣諸国に関する講義を受けなくちゃならなかったじゃないの。だって殿下はホスト国の外交責任者、当然率先して外国のお客様にご挨拶したり歓談したりしなくちゃいけなくて、そして私はその隣で突っ立っているだけじゃダメなのですよ。


 婚約者でもない私が同行することになるなんて誰一人思ってもみなかったので、陛下に指示された時は大騒ぎになったらしい。『産み月の迫ったエルーシアが出席できないから華やかさに欠けるだろう?女性が居れば場が和むじゃないか』等と気軽に宣った陛下にあの緊迫した離宮の空気を味わって頂けなくて本当に残念だわ。本当に何なんだろう?あの兄弟。顔の造りは似てるのに性格が真逆過ぎる。むしろ陛下のあのお気楽さはケネスお義兄様に近いのよね。


 そんな陛下に振り回された憐れなハイドナー氏の顔には隠しきれない疲労の色が滲んでいる。連日会議の準備に追われ、おまけに私のお勉強まで押し付けられて大変だったのだろう。会議が目前に迫り講義を受けられるのもいよいよ今日が最後だった。


 「これだけ知識が身についていれば問題ないでしょう。女学校でしっかりと学ばれていらしたので助かりました。我々は補足の説明をするだけですみましたので」


 うん、私もそう思います。異世界の経験値は年相応なので今までのように前世のメリットは活かせないのですよ。地理も歴史も政治経済も地球の知識は役にたちませんからね。女学校の最後の一年間、猛勉強しておいて良かったわ。


 「お忙しい中お時間を割いて頂いて申し訳ありません。ご教示頂いてありがとうございました」

 「とんでもない、ピピル様が努力して下さらなければどうにもなりませんでした。我々の方こそお礼を言わなくては。補佐官一同感謝しております」


 そうでしょうとも。突然とばっちりで猛勉強させられる事になったのに必死に頑張ったのを忘れないで欲しいものだわ。愛する殿下の為なら……っていうピュアな気持ちで努力するならまだしも、私の場合はパニック状態になった皆さんへの同情と、馬鹿にされるのは真っ平ゴメンという平民の矜持だけで乗りきったんだから。


 「ピピル様、陛下がお見えになりました」


 ノックと共に聞こえてきたのはカーティスさんの声だった。やぁだカーティスさんたら、殿下と言い間違えたのね、と吹き出しそうになった私だが


 「失礼するよ~」


と言いながら入って来たのが本当に陛下だったので、驚いて飛び上がってしまった。すぐに何食わぬ顔で優雅にカーテシーをしておいたけれど。


 「やぁ、首尾はどうだい?」

 「はい、短期間でしたが主要な部分は全て把握されておられます」

 「ほら、やはりできたじゃないか。わたしが言った通りだろう?」


 ほらじゃない、ほらじゃ。お陰で私は毎晩毎晩バスルームにも世界地図を持ち込むくらいの猛勉強だったんだから。商会に納める刺繍の納期も平謝りして延ばしてもらわなくちゃいけなかったし。やい、私の堅実で実直な未来の屋台骨が無くなったらどうしてくれるんだ!言わないけど、最高権力者に向かってそんな事は言わないけど。


 ハイドナー氏の評価にご満悦の陛下はフラッと歩いて来ると私が座っていたソファにどっかりと座り優雅に長い脚を組んだ。それから立っている私を見上げてポンポンとソファを叩く。


 「どうしたの?ほら、座って」


 座るどころか反射的に一歩後ずさった私。呆気にとられて言葉が出ず思わず首を振ったのだが、どうにか無理矢理声を搾り出した。


 「いえ、そのような恐れ多い事はできかねます」

 「断ったらいけないよ。これは命令だからね。さあ、座りたまえ」

 「陛下、悪戯が過ぎますぞ。ピピル様が困っておいでではありませんか」


 見かねたカーティスさんに注意され、陛下は眉間を寄せて不満そうな顔になった。


 「まったく、侯爵といいケネスといい、ピピルに過保護過ぎると思っていたがカーティス、お前までか!わたしは我が弟の思い人と仲良くしたいだけなのになぁ。そうだろう?」

 「少しは自重なさいませ」


 陛下に顔を向けられたハイドナー氏も渋い表情をしている。


 「困ったね、隣に座って貰えないようではピピルをガーデンパーティーでエスコートできないはないか」

 「「「………???」」」


 一瞬顔をしかめて考え込んだ私とハイドナー氏とカーティスさん。暫く続いた静寂の中、ハイドナー氏がおずおずと口を開いた。


 「……陛下?……一応伺いますが、それは会期二日目のガーデンパーティで陛下がピピル様をエスコートされるという?」

 「それはそうだよ。ジェフリー、君をエスコートするわけにはいくまい。勿論カーティスでも無理だろう?ピピル以外に誰がいるんだい?……?おい、ピピル、どうした?」


 青天の霹靂のような話についていけず膝の力が抜けてよろめいた私を慌てて立ち上がった陛下が支え、ソファに座らせてくれる。おーっ、結局私は陛下の隣に座る羽目になってしまったのだ。


 「し、失礼致しました」

 「だから始めから黙って座れば良かったのに。お前達が寄ってたかってわたしを責めるからだぞ」


 カーティスさんとハイドナー氏、二人の顔に『元はといえば貴方が悪い!』と書いてあるが陛下はどこ吹く風だった。


 「ジェフリーが太鼓判を押すんだ、ガーデンパーティーに連れていっても構わないな?」

 「わたくしでは不相応でございます。どうぞもっと相応しい方をお選び下さいませ」

 「そうは言ってもね、こういう時にエルーシアの代わりを頼むとしたら身内の未婚の女性だろう?知っての通りわたしには弟しかいないし従姉妹は既婚者かデビュー前の娘だけなんだよ」

 「公爵令嬢には未婚のお嬢様もおいでではないですか!」


 陛下は声を荒げたカーティスさんを呆れたように見た。


 「わたしにドレスと宝石で頭が一杯の西も東もわからない小娘を連れて賓客に挨拶をしろと言うのか?」

 「それでしたらお一人でいらしたら良いだけの事。元々その予定でございましたでしょう!」

 「前にも言ったがねぇ、女性が居ると場が和むんだよ。それに考えてごらん、ピピルはアシュレイド侯爵令嬢でエリザベス叔母上の娘じゃないか。我々にとっては従姉妹なんだよ。ファビアンは夜会、ガーデンパーティーはわたしが未婚の従姉妹をエスコート。ファビアンは構わないと言っている。一体どこに問題があるんだ?」


 さあどうだ、文句があるなら言ってみろと言わんばかりに踏ん反り返っている陛下。顔にはニヤニヤした笑いを浮かべていて憎たらししいったらありゃしないが本人は得意気だ。

 

 「陛下、大変申し訳ございませんがやはりわたくしには務まりません」

 「断れないよ、これも命令なんだ」


 うぅ、ご機嫌な最高権力者め。


 「エルーシアが代役のご褒美だと言ってドレスを用意したそうだ。君の部屋に届けてあるよ。あぁ、今度こそ水色にしたからね。わたしがエスコートするんだから色くらい選ばせろと言ったら膨れっ面をしていたけれどな」

 「陛下っ!一体いつから企んでおられたのですかっ!」


 カーティスさんに睨まれても馬の耳に念仏、蛙の面に何とかの陛下にハイドナー氏は既に諦め顔になっている。いやん、そこはもうちょっと抵抗して見せてよ。


 「これだけ差し迫っては代わりを探すのは不可能、それを狙ってわざわざ黙っていらしたのですね」

 「うーん、どうだろうね?」

 「陛下!」

 「そんなに目くじらを立てることではないだろう?会議の席に座らせる訳じゃない。たかがガーデンパーティーだ、気楽に考えれば良い。さぁ、わたしはもう行くよ。お前達が煩くて頭痛がしてきた」


 話は終わりと言うように立ち上がった陛下だが、ふと手を伸ばして私の右手を取った。


 「アシュレイド侯爵家の妖精姫、わたしにエスコートをお許し下さいますか?」


 その呼び方、気に入ったんだね。おまけに『姫』まで付けちゃったのね。絶対、絶対に首筋がゾワゾワしちゃうほどいたたまれない気持ちになるってわかってわざと言ってるよね。


 お願いします、やめてくれ。言えないけど。なにしろこの人最高権力者だから。


 もう何を言っても無駄みたいなので、また今日も諦めて受け入れる事になった私を残し、陛下は右手をヒラヒラ振りながら出て行った。私はそれをやっぱりこの人、殿下よりもケネスお義兄様に似てるなぁとボンヤリ考えて、現実逃避しながら眺めていたのだった。


 

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