第22話 マライアからのアドバイス
マライア様、その人に会ったのは夜会から暫くしての事だった。離宮の入り口で馬車を降りた私に声をかけてきた女性、それがマライア様だったのだ。緩く結い上げられた黒髪に色白の美しい肌、くっきりした目鼻立ちに赤く塗られたポッテリした艶めかしい唇……大きく開いた胸元からは豊満なお胸が作った谷間がくっきり覗いている。思わず息を呑むような美しさだ。
ただ、いくらなんでも昼間っから攻めすぎだ。ちょっと胸焼けしそうかも……。何事もほどほどが肝心じゃないかしら?っていうのが正直な感想。
「いずれ同じ側室になるのだし、仲良くなりたいと思っていたのよ」
そう言って微笑む彼女に誘われて庭園の池に咲く睡蓮を一緒に見に行った。
仲良くなりたい、そんな事を言ったけれど、マライア様は五人の侍女をぞろぞろと引き連れて歩いていく。侍女が五人……エルーシア王妃だって普段連れていらっしゃるのは三人なのにね。五人の侍女越しにどうやってお近付きになろうと言うのかしら?と首を捻りながらその後ろをトコトコついていく私。これじゃ話し掛けるのにメガホンが必要じゃないの?そして私の後ろからついて来るアルとマライア様の護衛騎士。お池に行くだけで何なの、この大人数は?お練り?パレード??
ちなみに言うと私は大抵の事は自分でやった方が早いので、専属メイドは持て余しそうだから今のところ保留にして貰っている。お手伝いが欲しい時は手の空いているメイドさんに頼めば困らないし、本音ではこのままが気楽で良いので話が出る度はぐらかしてある。だから私のお供はアル一人だけだ。
結局私達は何の話をすることもなく庭園の奥まった一画にある池にたどり着いた。岩で周りを囲んだ簡素な造り、というよりも元々ここにあった池をそのまま利用したのかも知れない。池を囲む植物も刈り込んだりせずに自然な感じて整えてある。シンメトリーに造り込まれた王宮の庭にこんな場所があったなんて。
色とりどりの睡蓮の花は私が知っている物よりも小さく可愛らしい。この池の水は湧水なのか透き通って池の底まではっきり見え、水の中をヒラヒラと尾ひれを揺らしながら小さな金魚に似た魚が泳いでいた。錦鯉じゃないけど、この子達も可愛いなぁ。思わず既にどうでもよく感じていたマライア様そっちのけで覗き込んでしまったわ。
「素敵ですね、こんなお池があるなんて存じませんでした」
はしゃいだ私がそう言うと彼女は満足そうに笑って頷く。そして頬に片手の手の平を当て首を傾げて「そういえば」と呟いた。
「ファビアン殿下のお誕生日の準備は進んでいるの?」
「お誕生日ですか?お聞きしておりませんので存じませんでした」
「あら、確かこの季節だったはずよ。大切な方のお誕生日を知らないなんてダメね、それでは殿下からのご寵愛を受けられなくなってしまってよ」
殿下のお誕生日……そうか、そんなことも知らないなんてピピルちゃんはダメな子なんですね。去年はお会いしたことが無かったから何も考えなかったけれど、もうそういう訳にはいかないよね?断りはしたものの、結局私はあのファビアン二点セットも頂いているし。ま、私の場合ご寵愛なんて物は初めから一切無いけれど、でもこれは確認しておいた方が良いかも知れないな。
「教えて下さってありがとうございます。確かめておきますわ」
「えぇ、貴女からお祝されたらきっとお喜びになるわよ。そうだ、内緒にしておいて驚かせるのはどう?ねぇみんな、その方が余計に嬉しいと思わない?」
マライア様の侍女達から歓声があがった。『素敵ですわ!』『流石はマライア様!』『きっとお喜びになりますとも!』と口々に言っている。どうもこの五名の主な任務はマライア様をヨイショすることみたいだ。
「ファビアン殿下が当時独立国だったシルセウスに留学されていたのはご存知かしら?」
「はい、それは伺っております」
「ブルーレイデリアっていう宝石はシルセウスだけに咲くレイデリアの花から名前をつけたんですって。シルセウスでの楽しい思い出を懐かしむのに丁度良いんじゃないかしら?カフスならいくらあっても邪魔にならないし贈り物にピッタリだわ」
『素敵ですわ!』『流石はマライア様!』『きっとお喜びになりますとも!』
さっきと同じヨイショを繰り広げる侍女の皆様、お疲れ様です。
しかしですよ、相手が誰だか判ってる?あの元氷雪の王子だよ?サプライズなんかで喜ぶかな?そんなことしても冷たい空気が流れて刺々しい言葉が飛んで来るのではなかろうか?贈り物のカフスなんて、翌日見たらハイドナー氏かカーティスさんに付けさせてる気がするけれど?と思ったりしたけれど、このマライア様を褒めちぎる侍女達の手前私も嬉しそうに『素晴らしい提案です!』という顔でニコニコ笑っておくのがベストな対応と見た。持ち上げられたマライア様がご機嫌ならそれで良いのだわ。別に迷惑している訳じゃないしね。
盛り上がるマライア御一行様はお住まいの東の離宮に戻られるそうなので、私はそこでお別れしてアルと離宮に向かった。ゴメンね、私貴女と仲良くなるのは無理みたいだな。大した時間じゃなかったのに疲れてぐったりしちゃった。
「ねぇ、殿下のお誕生日が近いって本当?だったら何か行事が入るはずよね?」
アルなら絶対に把握している筈、そう思って聞いてみたのにアルは
「どうでしょう?そういえば存じませんでした。どうしてだろう?」
と首を捻っている。
「だってアルは三年前から殿下付きの近衛騎士だったんでしょう?いくら殿下が夜会嫌いでも、お祝いの晩餐会くらいは開かれるんじゃないの?」
「そうですね。上の王弟殿下方のお誕生日には毎年晩餐会が催されていました。でもファビアン殿下のお祝いはこの三年間記憶がありません。この先で決まっている予定にもそのような物はないですし」
「……どうしてかしら?アルが失念する筈はないわね。いいわ、カーティスさんに聞いてみましょう」
マライア様はああ言ったけれど何か気になる。数々の修羅場を経験した私のおばちゃんとしての勘が警鐘を鳴らしている。多分ここは勝手に動かないほうが良さそうだ。
あんなことがあったけれどそれから殿下の態度は何も変わなかった。だから私も今までと同じように接している。殿下は身勝手で傲慢だ。その上私に疑いまでかけてきた。
でも……あの時の殿下は間違いなく苦しんでいた。
余りにも苦しそうにしている殿下の傍にいて、その溢れ出すような辛さを目の当たりにして、私の目からは無意識に涙が流れ落ちた。何かを理解したのではない。殿下の苦しむ姿にただ無性に胸が痛んだから。そしてそれ以上、何も言えなくなってしまった。
本当は理解できない事ばかりで立ち込める霧の中にいるようだし、とても不安で心細い。私はこれからどうなるのか?どうして破談にすることができないのか?そもそも何故私は殿下に選ばれたのか?いつかわかるときが来るのだろうか?それすらもわからない。けれど、我ながらお人よしにも程があるとは思うけれど、今はそうしてあげたいと感じてしまったのだ。
それでもだ。あの自分勝手な不機嫌オトコの言うことをスルーするのには大分慣れたけれど、余計な冷風を浴びるのは極力避けたい。あの捻くれようなら『僕の誕生日など君にとっては最悪の日だろう』とか言いかねないし。
戻ったらカーティスさんに要確認だわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます