第15話 夜会のお知らせ


 何時ものように一切会話が弾む事などないまま休憩されている殿下とご一緒していたら、唐突に殿下が口を開いた。


 「二週間後に陛下主催の夜会がある」


 ……左様ですか。で、それがなにか?なぁんて完全に部外者として呑気に聞いていた私。というよりも聞き流していた、という方が正しかったのだけれど。


 「君を連れて参加するようにという陛下のご意向だ」

 「……わたくしと、ですか?」 

 「そうだ。君をエスコートして、というご意向なんだ」


 うぉっとぉ!突然何を言い出すかと思ったら、何をとんでもないことをサラっと言うのかな?君をエスコート?誰が?まさか貴方が?誰を?もしかして私?やだ私ったら幻聴が始まっちゃったかしら?


 驚きの余り日頃のポリシーが吹き飛んで殿下の顔をまじまじと見てしまう。


 それはもう、これまで見た中でも間違いなく一番不服そうなお顔をなさっていらっしゃる殿下。やい、本人を目の前にしていくらなんでも失礼だぞ。貴方も王族ならばもう少し感情を隠したまえ。マナーの先生に叱られるよ。


 「侯爵家では君を夜会に出すことは控えるという意向なのだが……」


 そうですそうです、そうなんです。ちゃんと知ってるじゃないの。お蔭様で面倒な夜会をスルーできる!って安心していたんです。夜会なんてアレよ、平民上がりだからって物珍しそうに見られてコソコソ陰口言われて、意地悪や厭味の一つや二つや三つや四つも言われて、ついでに嫌がらせなんかもされちゃうらしいですよ。何たって養女は『社交界弱者』ですもの。そんな戦場に送り込んではならないでしょう?今までだって、心ない事を言われるんじゃないかと心配しているお養母さまに厳選された、この人選なら大丈夫っていう茶会だけにしか参加していないっていう箱入り状態なのに。


 「僕のエスコートなら問題ない、むしろいつまでも二人で参加しないほうが不自然だろうと陛下が言っておられる」


 陛下ったらもう、何考えているのかな?二人で参加したらこの不自然な関係が白日の下にさらされるだけだと思いますけれどね。絶対零度のこの部屋に来て肌で感じたらよろしいのですわ。


 「珍しいね、不服そうな顔をしている」

 「いえ、そのような……ただ少々驚いたものですから。それに余りにも急ですし」


 あらら、私まで思わず顔に出しちゃった。はい仰る通りです、内心思いっきり不服なんです。ていうか殿下、私がいつも無表情なことに気がつかれていたのかしら?


 「陛下のご意向には逆らえない。本来ならそんな時間があれば執務室で書類の山を減らす事に使いたいんだが。でも君のことを理由にされると断り切れないだろう?」


 殿下は腕を組むと憮然とした顔をしてソファの背もたれに寄り掛かった。


 これはアレか?私のせいで夜会に出なくちゃいけなくなったのがご不満なのか?なんでも貴方の夜会嫌いって有名らしいですものね。その上私を連れてなんて心中お察し致しますわ。でもね、私だって好き好んでここにいる訳じゃないのよ、あなたのせいで無理矢理連れて来られているのよ。自業自得も良いところですってば。なのにどうして文句言われているのかしら?文句なら陛下に言いなさいよ、お兄ちゃんなんでしょ、お兄ちゃん。


 「申し訳ございません」


 もちろんホンネは言えないので口先だけで謝っておく。


 「夜会のドレスだが……陛下が用意されたそうだ。君の私室に届けてある」

 「……はい?」


 思わず首が傾いた。


 陛下がドレス?ドレスを陛下が?ドレスを誰に?やっぱり私に?どうして陛下が?殿下ならまだしも陛下?届いているって……一体いつ用意したのよ?


 「珍しいね、今日はそんな顔もするのか。いつも人形が座っているようなものだったけれどな」


 背もたれに寄り掛かったままこちらに視線を向けてきた殿下の声が冷たい。でもそれ、貴方のせいですからね。


 「そうそう、君の誕生祝いは必要ないと突っぱねられたが、その代わりの品も私室に届けた。それを使うと良い」

 「……お心遣いありがとうございます」


 だって、娘が欲しかったっていうお養母さまの情熱で服もアクセサリーもバッグも靴もどんどん増えるんだもん。でもそういう定番の物を選ばないと……特許みたいな物を頼んじゃうと絶句されるんだもん。


 今のところ何にも欲しいものは無いし、それにやっぱり専業主婦の金銭感覚が必要ない物を持つことを良しとしない。だからお気持ちだけで十分ですって言ったのだ。決して突っぱねたりなどしていないぞ。……確かに貴方からのプレゼントなんて欲しくないよ、なぁんて思ってはいたけれど。


 「あの……伺ってもよろしいでしょうか?陛下からわたくしにドレスというのは一体どういう理由なのですか?陛下には誰彼構わずにドレスを贈るご趣味でも?」

 

 私の疑問に殿下は盛大に顔を引き攣らせた。美形は何しても美形って言うけれど、この人は確かに引き攣っても美形だね。ギョッとしても美しいなんてホント憎たらしいったらもう。それにしても、これってそんなに引き攣る程の質問かしらね?


 「それは無いだろう……少なくとも耳にしたことは無い。ドレスを贈ったのはあれだ、承知せざるを得なくするためだ。ここまでされて、君は断ることができる?」

 「……できませんね」


 この二人、やっぱり兄弟だな。外堀を埋める手口がそっくりよ。


 「両陛下はどうも君に興味が有るらしい。何度も会わせろとせっつかれてはいたんだ。でも侯爵家側が……特にケネスが良い返事をしないらしい」

 「申し訳ありません。きっとわたくしがまだまだ至らないのでとても御前にはと考えているのかと。国王陛下は市井育ちの娘が物珍しいのでしょう。『君は面白いのか?』と聞かれましたし」

 「面白い、ね……」


 殿下はそれきり何も言わなかった。


 えぇ面白くないですよ。悪かったですね。この寒々しい状況で面白くできたら私って天才女芸人だよ。面白いと思いたいなら先ずは貴方がご自分のとげっとげしい態度をどうにかして下さいね。こっちは振り回された挙げ句ここに来てはブリザードを浴びせられて大迷惑してるんだからね。


 あぁ、うっかり殿下のお顔を直視なんてしちゃって大失敗だ。やっぱりこの人の顔なんか見たくもない。ま、殿下だって私の顔を見ても嬉しいとも楽しいとも感じてなんかいないでしょうけれど。


 珍しく続いた私達の会話はここでプッツリと途切れた。

 

 「お時間でございます、殿下」


 暫くしてから声を掛けたのは殿下の侍従長のカーティスさんだ。私は初めて会ったその日からハイドナー氏がそういうポジションをされているのかと思っていたのだがとんでもなかった。殿下は日本政府で言うところの外務大臣、補佐官のハイドナー氏は副大臣に当たるんだって。市庁舎に伝令に来たり侯爵家に毎週様子見に来たりだったのですっかり勘違いしていたのよ。殿下ったら、職務外の雑用なんてやらせちゃダメよね。殿下にお休みが無いんだからハイドナー氏も全然休めないらしい。ホント、王宮ってブラックな職場だね。


 「今日は会話が弾まれたようですのに残念ですな」


 カーティスさん、残念って言いつつ嬉しそう。でもゴメンね、会話の内容こそとっても残念な感じでした。

 殿下はムスッとしながら何も言わずに立ち上がり、執務机に戻って行かれた。カーティスさんはそれを目で追いその後私に視線を移すと肩を竦めて見せ、それがもう、とってもサマになっているから笑ってしまう。カーティスさんは優しいオジサマでいつも殿下に冷たくされている私を心配してくれるから大好き。だからオメメを見てあげちゃうのよ。


 「それでは私も部屋に戻ります。今日も美味しいお茶をありがとう」


 カーティスさんは嬉しそうに笑い綺麗なお辞儀を見せてくれた。



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