第14話 離宮詣で始めました
護衛騎士アルバート・ディケンズ、23歳。前世の長男と同じ年頃なのだ。なんだか親近感が湧いてついつい可愛く思えてしまう。銀色の癖毛でエンジェルちゃんのようだから尚更だ。それなのにかなり心配性の過保護でなかなか口煩い。でもやっぱり可愛い。だから同じ殿下の手下でもちゃんとオメメを見てあげちゃうのだ。
私付きの護衛騎士とは言え侯爵家にも護衛がいるのでアル(と呼んで欲しいそうだ)が付くのは王宮への往復がメイン。この『王宮への道』が憂鬱で堪らない私にとってこの可愛さは重要な癒しだ。
スケジュールに加えられた『毎週の登城』だが苦痛以外の何物でもない。前日の夜は明日なんて永遠に来なければ良いのに、と夜空を見上げて呟いちゃうほど苦痛。
ハイドナー氏に今後は毎週登城するようにと言われたあの時まで。私はファビアン殿下の心変わりを確信していたのだ。
1年前の出来事は権力者のほんの気まぐれ、直ぐに気が変わって興味も無くした。とは言え叔母夫婦と養子縁組までさせておきながら破談を申し出るのは気まずい。だからハイドナー氏に様子を見させるだけで自分は一切関わろうとしない。社交界デビューしてしまえば正式に侯爵令嬢として認められる、それを待って破談にするつもりということだろうと考えていた。
そうなったら……養子縁組の解消は不可能なので貴族令嬢になった私は工房で働くなどもっての他だけれど、独り立ちまでは無理だとしても少しくらいは自力で収入を得る手段が欲しい。それで前世で磨いた刺繍の秘技で特許を取ろうと思いついた。私しか出来ない刺繍という付加価値が加われば、個人的なオーダーを受けられるも知れないと考えたのだ。特許について調べてみたらこの国にも存在していたし、刺繍の技法でも取るのが可能だった。でも出願にはかなり煩雑な手続きが必要で直ぐには難しいかと諦めかけたが、お養父様に誕生日のお祝いとして頼んだら驚きながらも受け入れて下さった。これで堅実で幸せな人生の足掛かりが出来たと安堵していたのに……
毎週登城とはどういうことだ?
しかも言い渡されたのはあの『最上級の礼の変』(と名付けた。あ、変は変なの~の変ね)の直後。あれはお前などもうどうでもよくなった、目障りだ……という意思表示に他ならないかと思ったのに、ファビアン殿下という人は訳がわからない。
突然この身に降りかかった転生という運命。私は抗うことよりも受け入れた中で最大限努力することを選んできた。それには前世の経験値が大きな武器になったのだが、こればかりは50余年の人生経験を持ってしてもどう対応すれば良いのか全然見えて来ないのだ。
離宮には私専用の部屋が用意されていた。どうしてこんなお部屋が有るのかと思えば、ファビアン殿下が休憩をされる時に呼ばれるまで私を待機させるのに必要だから。お忙しい殿下は休憩の時間がまちまちでいつ呼び出されるかわからない。それまで私室で大人しく待っていろということだ。なんでも殿下はご多忙の余りほぼお休みが取れていらっしゃらないそうだ。ご公務もなかなかブラックなのね。だから私がお目にかかるのは隙間時間を利用してになる。
そうしてご一緒する殿下は……物凄く不機嫌でいらっしゃる。
初めて伺った時、殿下はこちらを見ることもなく『来たのか』とだけ仰った。唯一その一言だけだ。そりゃ来るでしょ?貴方に来いって言われたんだもの。なのに部屋には冷気だけではなく殺気まで漂って私と一緒にお茶を飲むなど不本意なのだと言わんばかりの憂鬱なお顔をしておいでだった。私は声を大にして言いたい。私が何したっていうのよ!
えぇ、言わないですけれども。声に出しては言わないですけれど。心の中でだけの絶叫ですけれども。
夜会の時は遠目だったし『最上級の礼の変』は礼を解除できなかったし、出会いとして認定されている女学校の応接室では気まずさに下を向いてもじもじしていたし。写真でしかまともに見たことがなかった殿下のお顔だったが、本当に美しく整っていらっしゃる。絹糸のようなストレートの金髪、切れ長の碧眼、すっきりとした鼻筋に上品な唇。その美しい御尊顔にうんざりだという思いがありありと浮かんでいる。流石は元氷雪の王子、冷たい感情を滲ませただけでこの場の雰囲気が凍り付くようですね。
確実に何か気に入らない事が有るはずだ。いや、今では私という人間がここに居ることすら気に入らないのかも知れない。でも理由はわからない。だって殿下は何もおっしゃらないから。
だからといって、これは一体どういう事だ?私だって一人の人間、その人生を気まぐれに捩曲げておきながらこの態度とは、王族でもやっちゃいけないことがあるんじゃないでしょうか?それがどんな理由だったとしても私に対して不満があるならばはっきりと言えば良い。そうしたところで誰も咎める人などいないのだ。でもあの人は何も言わずに冷たい態度を取るだけ。
私はこの身に降りかかる事に対して悪足掻きはせずとも水面下では必死に足掻いている。そうやって慣れない環境に馴染み自分を守ってきた。でもそれは足掻くだけの価値があればこそで、こんなお馬鹿さんのご機嫌を取るためにじたばたする気は一切無いのだ。だから私から歩み寄る事は決してない。私にも……平民の娘にも矜持がある。
どんなにその場の空気が凍り付いていようとも私は何もしない。ただ無表情でそこにいるだけだ。勿論殿下の顔なんて見たくないので目も合わせない。視線はネクタイの結び目の位置に固定しておくのだ。あ、殿下はネクタイされていないのでその辺りの位置だけれどね。
そんなある日、いつものように険悪な雰囲気でお茶を頂いていると殿下が珍しく口を開かれた。
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