第13話 ケネスの不安
ピピルは突然付けられたという護衛騎士を伴なって屋敷に戻って行った。
馬車を見送った私は横に居たジェフリー・ハイドナーに視線を向ける。
「こちらに引き取って以来一切音沙汰無し、もうあの娘のことは忘れたものかと期待していたんだが。母は亡き姉の忘れ形見とあってファビアンに甘いが、父は実の娘同然に愛情を掛けているからね。誠意が有るとは言い難いアイツを良くは思っていない。正式に破談が決まれば直ぐにでも良い縁談をと考えていたようだ。無論私もそうなればと思っていた」
「そのようなことは決して。殿下はこの一年ずっと気にかけておいででしたし、護衛騎士も自らお選びになっておられました」
「それをそのまま鵜呑みにできると思うか?護衛騎士を付けた上に毎週登城させろとは、ファビアンは何を企んでいる?」
思わず声を荒らげた私だったがジェフリーは冷静だ。
「殿下のお気持ちは以前申し上げた通りです」
「心を奪われたはずの娘に会いに来るどころか文の一つも寄越さなかったんだ。そんな馬鹿な話があるか」
未婚のファビアンは慣例で今はまだピピルを側室にすることは出来ない。だからと言って会うことまでもが禁じられてなどいないのだ。ファビアンの心変わりならば仕方がないだろう。気持ちが離れてしまったのであれば側に置いてもピピルが辛い思いをするだけだ。
ならば破談にしてしまえば良い。平民の出とはいえ侯爵令嬢には変わりない、侯爵家との繋がりが持てるのであればピピルとの縁談は決して悪い話ではないのだ。だからこそ夜会では下級貴族の嫌がらせを利用してピピルの存在が目立つように仕向けた。
母はピピルを引き取るとき『磨けば光る宝石の原石だ』と言ったが、あろう事かピピルは置き場所を変えただけで自ら輝き出した。今夜の装いも決して派手な物にはせずデビュタントの中でも一番清楚で髪の結い方もあっさりしたものだったのにも関わらずなんと美しかったことか。人々が感嘆の声をあげたのは踊りに対してだけのことでは無いと気がついていないのはピピル本人だけだろう。
侯爵家からは破談になってもピピルの身は責任を持って侯爵家で受けると何度も申し出ているはず。それなのに何故ファビアンはピピルから手を引こうとしないのだろうか?
「今後は登城されお会いになる機会も増えます。護衛騎士を付けたのもピピル様を大切に思われての事でしょう。殿下のお気持ちは少しも揺らいではおりません」
「それは、ファビアンの『本心』は変わらないということだな?」
「……」
やはりジェフリーには本当の事を語るつもりは無いようだ。
「まあそれは良い。……ところで、だ」
私は更に一歩ジェフリーとの距離を詰めた。
「陛下を……ファーディナンドをピピルに近付けるな」
「……陛下ですか?何故そのような事をケネス様が?」
「どうもおかしい。謁見では話をさせないように邪魔をしたが、あの娘の事は何処まで伝わっている?私にはあれ以降特別関心を寄せているような気配は見せなかったんだ」
謁見の間で見せたおもちゃを見つけた子どものようなファーデイナンドの顔。いつも通り飄々としているファーディナンドだが、あの視線は普段見せるものとは違っていた。
ファーディナンドが仕事一辺倒だったファビアンに側室を迎えたいと言われ驚いたのは無理もない。ピピルが我が家に来た当初は一体どんな娘なのかと根掘り葉掘り鬱陶しい程聞いてきたし、取り寄せた調査書にも自ら目を通した。そこで『華やかな世界より堅実な道を』と職人を目指した事を知り、若い娘なのに珍しい考え方をするものだと興味を惹かれたらしい。今度は毎週の報告書にも目を通すようになりそこで疑問に思ったようだ。ただの市井育ちの娘があれ程の短期間で、立ち振る舞いに行儀作法その他どれを取ってもほぼ完璧に身につけられるのだろうか?これは本当にただの役人の娘なのかと?
「養子縁組前にあれだけの調査を入れても不穏な事は何も見つからなかった。そう説明されてファーディナンドは納得した筈だ」
「はい。それならば全てはピピル様の努力と能力の高さ故の事だろうと納得されました。ですが一月程前に未成年による特許出願の一件を耳になさったそうで。それが我が国の特許出願者では群を抜いて最若、しかも女性だと」
来月18歳の誕生日を迎えるピピルに父は欲しいものをプレゼントすると言った。当然娘らしく宝石やドレスをねだられると思っていたのに、ピピルがねだったのは『特許権』だという。自分の刺繍の技法で特許を取りたいと思い調べてはみたものの、流石に成人もしていない女子には歯が立たないので父に頼みたいと言うのだ。
父は思いもよらない物を頼まれて相当驚いていたが、可愛い養女のおねだりとあって直ぐに手配をし、丁度誕生日の頃に正式に取得される見込だ。
伏せた方か良い。そんな直感が裏目に出たのか。
一体どんな人物なのか?あの時そう聞かれた私は有耶無耶な返事をした。ファーディナンドは何喰わぬ顔をしていたが私が警戒したのに勘付いていたのだろう。それで私を通さずジェフリーから話を聞き出したか。
「我々でもまさかあの方がそのような事を思い立つとは考えてもいなかったものですから、陛下にいたっては……」
「面白いと、こういうことか」
「およそ若い娘が思い付く事ではありませんので。実は何度か特許庁の役人に紛れてピピル様とお話をなされておいでです。それによってピピル様を更に気に入られたらしいのですが、陛下にはケネス様に気付かれると邪魔をされるから絶対に悟られるなと……」
やはり直感した通りだな、と僅かな寒気を感じる。義兄である私に知れればこれ以上踏み込むのを制止される。だからと言ってファーディナンドの側近でもある私にすら気付かれぬように事を運ぶとは。
ヤツは気付いたのだろう。ピピルが持つ可能性に。
「あれは今ではアシュレイド家にとってただの養女ではない、特別な娘だ。我々はこれ以上の面倒に巻き込まれるのを黙って見ているつもりは無いんだ。当然私も気を付けるがとにかく陛下を側に近寄らせないように、頼んだぞ」
ジェフリーは頷いた。
だが恐らくファーディナンドがピピルへの興味を無くすことは無いだろう。勘の良いアイツが今更ピピルから目を離すとは考え難い。アイツは……ファーディナンドは生まれながらの国王だ。時には非情な決断をすることも厭わない。だが決してそれにあの娘を巻き込んではならないのだ。
あの娘はただの預かり物などではない。アシュレイド家にとって大切な愛すべき娘なのだから。
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