第16話 夜会の準備


 「大丈夫よ、陛下からと言うよりは両陛下からの贈り物だから」


 陛下から贈られたアプリコットピンクのドレスを前に、どうしたものかと溜息が止まらない私の肩に手を添えてお義母様が言う。


 私は本心はともかく建前上はファビアン殿下の側室候補、つまり殿下のマイハニーちゃんなのだ。それなのに殿下ではなく国王陛下から贈られたドレスで夜会に出るとはどうなっちゃってるの?弟のマイハニーちゃんにドレスを贈る陛下に対して王妃様はどう思うのかしら?変な誤解を受けて面倒な事になったら凄く困る……ってオロオロしていたのよね。


 「両陛下ですか?」

 「ええ、茶会で王妃様にお会いした時に貴女のデビュタントのドレスの事を聞かれたの。それでマダムトレッシュの仕立てだとお話ししたから。オーダーしたのは王妃様だと思うわ」


 そうか。採寸もしていないのにおかしいなと思ったんだ。あのドレスと同じサイズでってオーダーしたということね。最高権力者はオトメのスリーサイズまでも入手できるのかってゾワっとしたけれど、それならばとちょっと安心した。


 「ファビアン殿下も両陛下からだって言えば良いのに。紛らわしいにも程があるわ。ねぇピピル、男性が女性にドレスを贈る意味って聞いたことはないかしら?」

 「いいえ。そもそも市井ではドレスなんて結婚式でしか着ませんし」


 お義母様は暫く遠い目をして考え込んでいたが、首を振ると何もなかったかのようにニッコリと笑いかけてきた。


 「良いわ、今は知らなくてもね。そうそう、ファビアン殿下はなかなか夜会に顔を出さないから痺れを切らしたんでしょう。こうすれば断れまいと企んだのね。あの二人、似た者夫婦で人を困らせるのが大好きなのよ。だからって……うちの一人娘をダシにするなど生意気なマネをしてくれるわ」


 お義母様の瞳の奥で何かが怪しく輝いている。怖い、はっきり言って凄く怖い。美女が静かに怒りを称えるとこんなにも恐ろしいのね。そしてこの怒りはお義母様の心に火を付け…ただけじゃなく燃料を注いだくらい効果抜群で、夜会の準備の力の入り方ときたらデビュタントを凌ぐ勢いだった。髪型一つでも決まるまでに何種類も結わされて……何時間も座りっぱなしでお尻が痛いの痛くないの、いや、痛かった。物凄く痛かった。


 迎えた当日は先ずお風呂。普段はお手伝い無しで入らせてもらってるんだけれど、問答無用に複数でゴシゴシされる。


 次は香油を塗り込むんだけど、どうも敏感肌らしくて痒くなるのと自分の香りに酔って気持ち悪くなる。アルに散々愚痴っていたら見兼ねてメイド長にコソッと一言言ってくれたらしく、お医者さんに診て貰ったらやっぱりカブれてるって言われて嬉しいことにドクターストップがかかった。そこで苦肉の策で赤ちゃんでも使えるような肌に優しい保湿効果のある乳液みたいなのを使ってマッサージして貰う。でも香りゼロっていうのもねぇ、というメイドさん達の不満解消のため髪のお手入れにはローズオイルのみ使用可となりました。ふんわり薫る薔薇の香りは大好きなのだ。


 続いてヘアメイク。ピピルちゃんてちょっと涙目?いや、潤んだ瞳って言うのかな、とにかくアイライン入れると滲むから使えないんだけど、実は睫毛がバサバサとやたら長いのでカールしちゃえばガツンと目力が出るの。平凡ながら一応西洋顔だからそれなりにお人形さんぽくなりますよ。それなりにね。


 ヘアスタイルは検討の結果低めの位置でのアップに決まりました。顔の横にちょっとだけ後れ毛を出してクルッと控え目にカール。


 コルセットが無いからお着替えは割と普通。でもこの世界、ファスナーが無いのだ。だから後ろ開きの服は小さいボタンが沢山並んでいてこればかりはお手伝い必須なの。そして問題のドレスは……オフショルダーでぴったりとした五分丈のお袖の上身ごろは繊細なレース、たっぷりしたスカートはシルクの艶やかなタフタが可愛らしいプリンセスラインを作っておりますの。かなりのフィット感だから、デビューの夜会から太らずにいた私は偉いぞ。


 アクセサリーは誕生祝い代わりのニューファビアン二点セットのチョーカーとイヤリング、メインのお石は赤く輝くガーネットでございますね。チョーカーはベルベットのリボンがベースになっていて中央にお石が並んでいます。うなじで結んだリボンはループを小さめに、垂らす部分を長くしてなかなか可愛らしい後ろ姿になっていますよ。


 このようにしてお義母様の監修の元、再びメイドさん達によって加工されたピピルちゃんだけれど、先ず手を取るのは護衛のアルなのだ。だって王宮から迎えに来た馬車で登城し、離宮の私室で待機するように指示されているから。気の利くアルは、なんとお美しい!とかも言ってくれたけれど、一応。


 殿下は王族として陛下と共に入場され、頃合いを見て私を迎えにいらっしゃるそう。こんな面倒な事をやらされてって、きっとまたご機嫌が悪いに違いない。離宮の私室ってこんな使い方もできるから用意してくれたのね。そうじゃなかったら殿下は屋敷までわざわざ馬車でいらっしゃるのかしら?そりゃあもう、王宮までの馬車の中は殿下の不機嫌ブリザードが吹き荒れているでしょう。うん、離宮に私室が有る事に感謝しなくちゃ。


 そもそもシンデレラは単身乗り込んで行ったはずだけれど、私もそれじゃダメなのかしら?


 あ、カーティスさんが呼びに来た。もうすぐ殿下がエントランスにおいでになるのね。あぁやれやれ。とっても憂鬱。はぁ、それでは行って参りますね。


 

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