第11話 面白い物


 デビュタントの入場が拍手で迎えられる。


 『面白い物』とは何か?


 ケネスお義兄様はファーストダンスで嫌がらせされるのを予想していたのだ。


 平民の娘が侯爵家の養女になるなど下位貴族の中には気に入らない者もいるだろう。恐らくありきたりな手口の嫌がらせを仕掛けて来る輩が居るはず……だからこの一月、みっちり対策を練習しておいた。その予想は的中しダンスフロアに入った私達はさっきのコソコソさん達に囲まれて隅から動けなくなっていた。まるで鉄壁、このままでは思うように踊れない。


 私達がしたことは単純だ。一曲目のスローワルツ、前奏が始まりパートナーとゆっくりお辞儀し手を組んで前奏が終わるのを待つ、というノーマルな動きをしている鉄壁メンバーの隙間を、前奏が終わるのを待たず踊りながらすり抜けフロアの中央近くまで移動しただけ。指揮者の動きを見極めて前奏が始まるのと同時に動きだし短時間で移動しなくちゃいけないから飛び跳ねるくらいの大股だったけど、ダンスの名手ケネスお義兄様のリードだから安定感抜群でフワフワとドレスの裾が揺れていた姿はダンスフロアに舞い降りた妖精のようだ……とお義母様は感動して泣いたそうだ。ありがとう、お義母様。でもちょっと義母馬鹿おやばか過ぎだけれど。

 

 予想外の動きに場内からは大歓声が上がり、他のデビュタントとまるでレベルが違った私達の踊りにはあちらこちらから感嘆の声が聞こえてきた。元々平民のにわか仕込みのダンスがどんなものだか見てやろうじゃないか、という意地の悪い視線も多くあったのだ。当然覚束ない踊りをするものと思っていたからこのギャップには驚いたことだろう。


 思う存分練習の成果を発揮出来てお義兄様も満足そうだった。そして残された鉄壁メンバーはあんまりダンスがお得意じゃあないらしく、フロアの隅から殆ど移動することなくファーストダンス終了。一生に一度の社交界デビューなのに、全く何しているのかしら?勿体ない。不本意ながらのアシストには感謝致しますが。


 踊り終わったらパートナーにお辞儀、それから国王陛下に向かって最上級の礼。見上げた陛下は右手で顔を覆っていた。肩も揺れているけれど、興味深い方の『面白さ』じゃなくて違う方を感じたのか?つくづく失礼な最高権力者である。

 

 そう思っていた時、陛下の後方にいた男性と目が合った。


 輝くような金髪に素晴らしく整った容姿。陛下によく似ているけれどその表情は凍てつくように冷ややかだ。身に纏っている豪華な礼服からも察するに……あれはファビアン殿下だ。部屋にある写真を思い浮かべる。うん、間違いない。


 なぜだろう?その視線はまるで突き刺さんばかりの鋭さで私の目を見ている。そこに込められたものは……怒り、そして敵意か?でも一体どうして?私に向けられた眼差しは、何故そんなにも冷たさを孕んでいるのか?


 一瞬でも逸らしたら何かが飛んで来そうで、私は身じろぎもせず、瞬きも出来ずに凍りついたように立ちつくしていた。


 フワリと手が取られる。ケネスお義兄様だ。眉をひそめて心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


 「どうした?行くよ」


 私はぎこちなく笑い返してお義兄さまに従い会場を後にしたが、最後まで冷たい視線は途切れることがなかった。


**********

 

 デビューしたとはいっても、私は『訳あり令嬢』なので侯爵家は夜会に出さない事に決めていた。本当ならデビュタントは沢山の相手と踊り自分の存在をアピールしなくてはならないのだけれど、私の場合、今夜のデビューは淑女教育が終了している事を貴族社会に知らせる為の物。普通の貴族令嬢とは違い出会いを求める必要は無いし、逆に余計な出会いでもあったらそれこそ大問題、養女といえど預かり物なのだ。その為今夜はファーストダンスを終えたら帰宅する手筈になっており、私はお義兄様とエントランスで馬車が廻されるのを待っていた。


 「どうしたの?浮かない顔だね。アシュレイド侯爵家の妖精の完璧なデビューだったのに。慣れない場所で疲れた?」


 そう言うお義兄様に私は微笑みかけて首を振る。


 「お義兄様、陛下の横にいらしたのがファビアン殿下なのですか?」

 「うん、あれがそうだよ。お前、本当に知らなかったんだねぇ。写真で顔を覚えたって聞いたけど」


 お義兄様は呆れたよう答えた。


 やっぱりあの人がファビアン殿下だ。ものすごく不機嫌そうに私を見ていた。どうしてだろう?


 私は貴方に言われるまま納得出来る理由などないまま家族と別れ、この一年弱、知らない世界でできる限り努力してきた。自分に課された事に抗わずに淡々と取り組んだ。逆らう事無くすべてに従った。それなのに何故、あんなにも冷たい視線を私に送ったのだ?


 「ピピル様」


 背後から私を呼ぶ声がして振り向くと、ハイドナー氏がこちらに向かって来るところだった。


 「恐縮ですが少々お時間を頂きたいのです。よろしいでしょうか?」

 「急に何か?」

 「ファビアン殿下がお呼びです。離宮にお連れするようにと」


 私達は無言で顔を見合わせた。お義兄様の僅かにしかめられた顔に笑って頷いて見せる。何をしろと命じられても私は大人しく従うしかないのだ。


 私達はハイドナー氏の後に続いて離宮に向かったのだった。



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