第10話 有り難くない洗礼の兆し
王宮に着いたケネスお義兄様と私は控え室に案内された。今年のデビュタントは17名、家格の高い順に陛下にご挨拶に伺う。私は侯爵令嬢とはいえ平民出の養女なので一番最後。養女だろうと侯爵令嬢なのだからもっと前でも良いのでは?という意見も出たらしいけれど、そんなことして下手に不興を買うのは真っ平ごめんなので最後でと念押ししておいた。
いよいよ謁見が始まり一組ずつ呼ばれていく。陛下からはおめでとうと言われるだけなので時間は掛からず呆気なく次々名前を呼ばれている。それにしても流れ作業のようにどんどん呼ばれていくから、17番目なんて一時間くらい待たされるかと思ったらサラっと自分達の番になってしまった。
さあ、ここからは何回もやらされた練習の成果を発揮しなければ。段取りは完璧に頭に叩き込んである。
謁見の間に入り『アシュレイド侯爵令嬢ピピル様』と名前が読み上げられたら赤い絨毯の上をケネスお義兄様に手を取られて玉座の前まで進む。玉座には陛下が、隣には王妃様がいらっしゃる。お義兄様はここで少し離れて脇に立ち、私はその場で最上級の淑女の礼をした。
最上級の礼、というのはこの国独特のもので、特別な謁見の時やはじめましての時のみに王族だけに対して行うもの。女性の場合は引いた右膝を完全に床まで降ろし両手を胸の前で重ねる、のだが優雅に美しくとなるとなかなか難しい。
「社交界デビューおめでとう」
陛下にお声掛け頂いだら立ち上がり
「ありがとうございます」
と言いながら今度はカーテシー。練習通りです。はい、無事終了!……って思ったら、陛下が前のめりになってフフッと笑った。
「君、面白いらしいね?」
「……え?」
面白い?何が?それ良いこと?それとも悪いこと?
私の首がギギギギッとお義兄様の方に向く。この人何か予定外の事を言い始めましたよ!どうします?
「我が家の大事な姫を面白いとは……この可憐な妖精が面白くなどお見えになりますか?」
ケネスお義兄様、それはやめなさい。メイドさん渾身の加工済みとはいえ、私は平凡なご近所美人のピピルちゃんです!ほら、陛下のお口が歪んでいらっしゃるではないの!
「いや、これは失礼。勿論こんなに美しいご令嬢とは思いもよらず驚いているんだよ」
国王陛下、社交辞令を操る男だったのか?取って付けた感満載だけど。
「今や当家では父母のみならず、メイドやコックや庭師までもがすっかりこの妖精に夢中でしてね。この見目麗しさだけではなく心根までもが美しい。これ程の至宝を賜るとはファビアン殿下には心より感謝しなければなりません。出来る事なら門外不出にしてしまいたいとすら願っておりますのに、アシュレイド侯爵家のこの輝く
お義兄様は一礼すると再び私の手を取り歩き出そうとしたが、ふと足を止めて陛下にニヤリと笑って見せた。
「ですが今夜だけはね、きっと面白いものをご覧にいれますよ」
そう言うと…陛下にウインクを一つして、ヒラヒラ手を振りながらその場を後にしたのであった。
控え室に戻った私は思わずお義兄様の腕をむぎゅっと掴んだ。
「お、お義兄様、あんなことなさって大丈夫なんですか?」
でもお義兄様はケロッとしている。
「あんなこと?男相手にウインクしたことか?」
「それだけじゃなくてっ!」
陛下に口答えとかとんでもなく過剰な義妹自慢とかお手々ヒラヒラとか、侯爵家嫡男ならやっていいの?いんや、ダメですよね?
「あぁ、別に。アイツは幼なじみみたいなもので…我々は従兄弟同士なんだよ」
え、そうなの?初めて聞いたよ。
「母上の姉上が前国王陛下の正妃だからね。ついでに4人の中で従兄弟なのは国王のファーディナンドとファビアンだ」
そ、そうなのか。お義母様ってそんなに凄い人だったの!じゃあ私が侯爵家に来たのはファビアン殿下のコネだったのかな?お義母様は金髪碧眼だけれどお姉様もだったのだろうか?それで陛下もファビアン殿下も金髪碧眼なのかしら?ケネスお義兄様もセシル坊やも金髪碧眼だし、滅多にいない金髪碧眼だらけって貴族は凄いね。
「妙に進みが早いと思ったら、アイツめ、絶対に謁見をマキでやったんだ」
「……?随分と流れ作業なんだなとは思いましたけれど……マキでやるほど早く終わらせたい理由でも?」
お義兄様は謁見の間に通じるドアをぐっと睨み、それから私の顔を見た。
「ピピルに興味があったんだろう。いや、ピピル以外はどうでも良かったんだよ。余計な事はさっさと済ませて早くピピルを見てみたかったんだ」
「どうしてですか?」
「言ってただろう?面白いって」
そうね、確かにそう言われましたね。
「平民の出ですから…何かと物珍しいのでしょう?」
「いや、そういう事ではないな」
お義兄様はもう一度ドアを睨みつけそのまま黙ってしまったので私もそれ以上は聞かなかった。初対面でいきなり面白いとは失礼しちゃうとも思うけど、相手は雲の上の最高権力者ですもの、なんとでも思えば良いのだわ。
私達はしばらく黙って座っていたが、突然お義兄様が周りを見てみろと耳打ちしてきた。
それとなく見回すと……いやん、始めましての皆さまなのに、あちらこちらから敵意溢れる視線を感じます。こちらを見ながらコソコソと時々見下したような性悪スマイルを浮かべちゃって。庶民風情がのこのこと王宮に来るなど生意気な!って不愉快にお思いになられておいでなのですね。意地悪令嬢の見本市のようです。ピピルちゃん、只今有り難くない洗礼を受けております。
「ほら、予想通りだ。この後も絶対に仕掛けて来るぞ。そうだな……6……いや7組」
「……はい」
お義兄様、なんだかウキウキされているような?
「さぁ、迎えが来たようだ。おいで」
そう言って立ち上がり差し出された手に自分の手を乗せて立ち上がる。
「アシュレイド侯爵家の姫に……大した度胸だ」
お義兄様は笑顔……それもとびきりの悪ーい笑顔を浮かべて言った。
「約束通り陛下には面白い物をお見せしないとね」
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