にどめの春

第9話 初めての夜会


 今年もエクラの花が咲いた。落成式で歌ったあの日から一年が巡ったのだ。


 この国の社交シーズンは国王主催の今夜の夜会で始まる。今年社交界にデビューするデビュタント達は、この夜会でファーストダンスを披露するのだ。その後、つつがなく淑女教育が進んだ私も予定通り社交界デビューをすることになった。


 夜会に向けて準備にものすごい力の入れようだったお義母様は朝早くから落ち着かない。そんなに慌てなくても夜会ですよ、夜会。まぁ我々デビュタントは夜会の前に国王陛下にデビューのご挨拶に伺うので一足お先に王宮入りなのだけれど、それにしてもお義母様、夜明け前からの大騒ぎ……私事に巻き込んで恐縮です。


 西洋風転生といえばお約束のコルセットなのだけれど、我が世界には存在しなかった。何たる幸運!代わりにホックで止めるビスチェを着るが、コルセットに比べたら……転生先でコルセットを着なきゃならなくなった他の異世界転生転移者の皆さまに対して心苦しい気持ちにすらなるよね。


 この国ではデビュタントの装いのルールがある。ドレスは白いエンパイアライン、ヘアスタイルはハーフアップ。初々しいじゃあありませんか!


 私のドレスはシフォンの小さなパフスリーブ付き。同じシフォンを何重にも重ねたフワッとしたスカートには、手ずから金糸で刺繍を入れさせて貰った。大振りな花ではなくシフォンの軽さを邪魔しないように小花を散らし光が当たると金糸がキラキラ光ってとっても綺麗。当然ピピルテクニックでしっかり艶がでるように仕上げましたとも。


 髪は編み込んだり巻付けたりゴテゴテしたいお義母様とシンプル希望の私とで対立したが、綺麗な髪飾りが届いたのでシンプルに捩って止めるだけに落ち着いた。


 この髪飾りだけれど……王弟殿下からネックレスとイヤリングと共に贈られたのだ。


 ちょっと待って、王弟殿下って?……ですよね。


 そう、あの方は今では王弟殿下なのです。私が候爵家に来て半年後、突然国王陛下が崩御されたのだ。王太子ファーディナンド殿下が新国王に即位され、第四王子ファビアン殿下は王弟殿下になったそうだ。第四王子って何だそりゃって思ったけれど、一度も会わないうちに王子様ですらなくなっているなんて想像もしていなかったよ。


 この一年、毎週毎週ハイドナー氏はやって来るがファビアン殿下とは会うどころかお手紙の一通もなかった。もう顔も覚えていないんじゃないのかなと思う。気まぐれで側室候補になんて言ってみたけとれど、気が変わってどうでも良くなっちゃったのかも知れない。権力者のやることは凄いな。ま、その方が気楽で何よりと受け取ってしまう私なので別に構わないんだけど。


 でもお義母様はとっても気にされていたらしく、突然の贈り物を前に感慨深げで。何だか心配ばかりかけて申し訳ない。

 

 贈られたのはアクアマリンのアクセサリーでファビアン殿下の瞳の色なのだそうだ。あらやだ、そんなことすら今頃になって知るなんて自分でもびっくり。頂いた写真は白黒だしお会いしたのはチラッとだから、綺麗な金髪だった……ような気はするけれど瞳の色なんて考えた事も無かった。我ながらどこまで興味がないのだろうか?


 恋人や婚約者に自分の瞳の色の宝石を贈ることはよくあるそうだ。だから殿下はこれを選ばれたのね、とお義母様は嬉しそうに眺めていたが、残念ながらこれは多分ハイドナー氏セレクトのお品物だと思う。ハイドナー氏、なかなかハイセンスなのだ。ドレスに金糸の刺繍を入れたのもご存知だっから、プラチナじゃなくて金を選んだのかもね。


 お義母様だけじゃなく、お嬢様を着飾る事に憧れていましたと涙目で話すメイドさん達によって加工されたピピルちゃん。あの平凡なご近所レベルの美人さんが、渾身のヘアメイクで清楚で見目麗しい上々の仕上がりになった。


 あらやだ、皆さんが泣いている。この平凡娘をどう扱えば良いのかそんなに不安だったのかしら?おまけにファビアン3点セットを装着したらお義母様が泣き崩れてしまった。あぁもうホントに、至らぬ養女で申し訳ないです。


 お、お義父様。顔を歪めながら「……大きくなったのだな……」って。いいえ、なっておりません、お初にお目に掛かったあの日から、わたくし一ミリも成長しておりません。だって一年弱しかご一緒していませんし、うら若いとはいえ17歳女子、もうすでに縦方向への成長期は終わりましたから。


 こ、こら、執事長、釣られて目頭を押さえるんじゃない。啜り泣きが響くアシュレイド侯爵家のホール。んー、この状況、どうすれば良いのでしょう? 


 「やぁ、ピピル、支度は済んだ?」


 と言って入ってきたのはケネスお義兄様だ。やった、これできっと空気が変わるはず。この人はお気楽だ。侯爵家嫡男としてはどうかと思うほどお気楽だ。でもこの軽さでこの場の妙な空気をどうにかしてくれそうな気がする。


 「はい大丈夫です。おかしくないですか?」

 「どれどれ、良く見せて。うん、とても似合っているじゃないか!まるで妖精のようだよ。もう少し歳が近かったらうちのセシルのお嫁さんに欲しかったな。こんな美しい令嬢をエスコート出来るなんて光栄だね」


 いいぞ、ケネスお義兄様。流石はケネスお義兄様。お宅のセシルくんは……もう少しって範囲外の年下ですが。だってご本人が『さんちゃい』って教えてくれたもの。


 案の定皆さんの啜り泣きも止まりにこやかな雰囲気になった。お義父様もお義母様も、屋敷の皆も笑っている。


 その笑顔を見て改めて私は自分がここで愛されていることに気がついた。ここに来ることを選んだのは家族を守る為、この一年頑張って来たのは訳もわからず連れて来られた知らない世界で自分を守るだけの為だった。でもこの人達は押し付けられたであろう見知らぬ私を受け入れ、今ではその成長を心から喜んでくれている。


 私は嬉しかった。そしてこれからは自分の為だけじゃなくこの人達の為にも努力したいと思った。

 

 そう、平凡なピピルは今日からは侯爵令嬢として胸を張って生きていくのだ。


 

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