第4話 思いあたる事


 女学校の講堂は先々代の女王様の命により建てられたのだが数年前の落雷で全焼してしまった。そのため私達が入学する前から5年掛かりの再建工事が始められ、卒業まで後わずかという時期に漸く完成し先月落成式が行われた。

 

 本番前、中庭に集められた私達だったが、先生がいなくなるとすぐに賑やかなお喋りが始まって……まぁこれはいつもの事だけど、この日はみんな輪を掛けて大騒ぎだったのだ。憧れの氷雪の王子さまとやらが御臨席、とかなんとかで。内容がぼんやりしているのは、この後ソリストの大役を控えていて物凄く緊張し、氷雪だか何だか知らないけど王子様の話になんて構っている場合じゃなかったからだ。


 私は一人、中庭の隅のハラハラと花びらが舞い落ちるエクラの木の下に移動してひたすら集中した。

 エクラは桜とよく似た花が咲く大好きな木だ。花の形だけじゃなくて花が咲く季節も花びらが散る様子もよく似ている。ただこっちでは何本もまとめて植えたりしないので物足りない気はするけれど、やっぱりエクラの花が咲く時期はウキウキするのだ。


 集中の効果があったのか、ミスすることなく歌い無事大役を勤め上げた私は、へとへとに疲れてグッタリと座り込んでいた。まぁ他のお嬢さん達は相変わらずかしましく騒がれておられたけど。


 そこに教頭先生がやって来てそれまでとは比較にならない正に黄色い歓声が上がった。いえ、別に教頭先生の登場に興奮したのでは無いです。王子殿下が皆さんに直接お言葉をお掛けになられるから応接室に移動するようにと申されたので、お嬢さん達が思わず絶叫したのです。即刻殿下の御前で絶対に騒いではいけませんってコッテリ絞られたのは、立ち上がるのも億劫なくらい疲れている私にとってはとばっちりだったがまあ仕方ない。


 応接室には全員入れる訳じゃないので前から10人くらいが中に入り、残りは廊下に並んだ。私は念には念を入れてその1番後ろに立った。


 何故か……不思議と物凄くイヤーな予感がしたんだよね。


 この位置からは王子様は見えず『素晴らしい演奏でした』みたいな言葉がボソボソ聞こえて来るだけだった。応対は誰に指示された訳でも無いけれどメリンダという生徒がしていて……メリンダちゃん、当然のように一番前の真ん中に陣取っていたからね。所謂そういうお嬢さん。世界は私を中心に回っていると信じて止まないオンナノコ。

 

 すると王子様がメリンダちゃんに


 「ソロを歌ったのは君ですか?」


 と質問しているのが聞こえてきて、思わずスーッと血の気が引いた。メリンダちゃんの立ち位置的にそう思われるのは致し方ありませんが……


 予感的中!王子、それ、絶対ダメなヤツなんですけどっ!!


 「違いますっ」


 ピシャリと答えたメリンダちゃんの声は今までの猫撫で声とはうってかわってとてつもなく不機嫌そうだった。王子様にも揺るがないメリンダちゃんのメンタルよ!


 でもこの不遜な態度に慌てたたのは先生で……

 

 「いえ、ソリストは……ピピル、ピピルは何処だ?ピピル、前に出て来なさい」


 大声で名前を連呼され仕方なく渋々入口ギリギリまで行くと、腕を捕まれてメリンダちゃんの隣まで連行されてしまった。


 私、何にも悪いことしていないのにぃ。


 メリンダちゃんからは凄まじい苛立ちのオーラが伝わって来て生きた心地がしない。バレないようにちょっとずつちょっとずつ後退り、どうにかメリンダちゃんの視界に入らない半歩後ろに下がることに成功。そしてどうぞお構いなく、という気持ちをアピールするべく身体を縮めて視線は45度下に固定した。


 しかし、高貴な王子様に空気を読んで欲しいなど望んでも無駄だったのだ。


 「見事なソロでしたね。特に高音が美しかった。ですが以前この曲を聞いたときはもう少しキィが低かった記憶があるのですが?」


 王子!耳良すぎない?それ触れちゃダメな所です!


 メリンダちゃんの苛立ちの理由。そう、それは自分がソリストに選ばれなかった事なんだけれど、何故そうなったかというと…先生がメリンダちゃんに歌わせたくなくて曲のキィを上げたからなのだ。こうなると、ソロパートを歌えるのは私しかいなくてメリンダちゃんは諦めざるを得なかった訳で。


 だからお願いです!そこのところはそっとしておいて下さい。


 しかし先生は大喜びで

 

 「彼女の高音は大変に素晴らしいのでそれが活かせるように曲のキィをかなり上げたのですが、それでも軽々と歌うものですから私も驚いております」


 なんて余計な情報を暴露している。お願いします、この話題、もう終わりにしてください!

 しかし、願いも虚しく王子様の追求は続く。


 「君は歌の道に進まれるのですか?」


 「いえ……私は……」


 いたたまれなさにモジモジっとすると、今度は教頭先生が張りきった。


 「この生徒は非常に手先が器用で、職業訓練校に進み刺繍の職人を目指すそうです。入学希望の手続きの時に提出した刺繍の作品には、先方もずはぬけて高い技術を持っていると相当驚かれましてね。一流の職人として活躍出来る資質があると期待されているそうで、我々も鼻が高いのです」


 おっしゃる通りですが、何故貴方がドヤ顔をなさるのかしら?それにそこまで詳細をお話になるの?もうやめてぇ!握り締めたメリンダちゃんの拳が小刻みに震えてますって。


 「職人、ですか。君なら華やかな歌の世界を目指す事も出来るでしょう。考えた事は無かったのですか?」


 王子よ、まだ掘り下げるのか。

 

 あなたの目は節穴ですか?真っ正面で怒りの炎を燃え上がらせるメリンダちゃんが目に入らぬか!私絶対にメリンダちゃんに逆恨みされるに違いない。もう僅かの学生生活、ただひたすら穏やかに過ごしたかったのに。


 「我々も歌劇団の入団試験を受けてはどうかと奨めたのですが、彼女は堅実な考え方を持っており華は無くともコツコツ地道に続けられる仕事がしたいと、このように申すのです」


 再び乱入するドヤ顔教頭。そもそも貴方から歌劇団を奨められた覚えは無いですよ。ほくほく顔で褒められたのは職業訓練校の事だけです。


 「……」


 王子様はまだ何か言いたそうだったけれど、お付きの人に耳打ちされて立ち上がった。予定の時間が来たのだろう。そして退席されるのを一同でお見送りした、というのが一連の出来事だったのだが……。


 そう、私が口にした言葉は『いえ……、私は……』の一言のみ、メリンダちゃんのどす黒い怒りのオーラに怯えて顔を上げる事もなく、王子様と目を合わせることも無かった。


 というか私、王子様の顔すらまともに見ていないのだ。


 そんな私を側室にって、一体どういうことなのよ?




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