止まらない流れ

 『月は武蔵野にあり!総員奮起して事に当たるべし!』


 軍部の命令は雑であった、政治と民衆が混乱する中、脳筋達がどさくさ紛れに手に入れた張りぼての国家権力に、科学的な根拠など一切なかった。


 「はぁ、こんなところ探しても月なんてあるわけ無いやろう」


 「そうだな、いくら足掻あがいたって月が見つかる前に地球が壊れちまう」


 「ああ、地球の終わる時までこれじゃ、ほんとツキがないよ」


 兵士達は口々に、自分達の境遇を嘆く。

 しかし彼らには、最期の時を自分で決める程の覚悟はない。

 真剣になるのはクソ、馴れ合っていた方がマシなのであった。

 

 そんな鬱屈うっくつとした暑苦しい男共の中にあって、黙々と武蔵野の広い草の原を切り開く者達もまた、少なからず居るのである。

 

 (暑くなったなぁ、先週まであんなに寒かったのに、月が消えただけでこんなに変わるんだなぁ)

 

 「おーい、ソヨカゼ、何ボーッとしてんの?またポケモン全種類数えてるの」


 「あ、今日は違うよ、近頃は気温が随分と変わるからさ、早く月が見つかるといいな〜ってね」


 「えっ、まだ月が見つかるって信じてるの?もう無理だよ、たとえ見つかっても前みたいな世界には戻らない、どっちにしても最悪の結末さ」


 「そうかな…」

 

 「考え過ぎ!さぁ、後少しで今日の任務も終わるよ、探そう探そう!」


 そう言うと、眉の太い若年兵は、ポンッとソヨカゼのお尻を叩いた。


 時進み夕闇の頃、野っ原にピーっとホイッスルの音が鳴り響いた。

 

 「本日の任務終了!基地へ戻れ!!」

 

 「よーし、飯だ飯だ」


 「はー、どうせまたお粥だろうが、ないよりはましか、せめて今日は梅干しでもあってくれればな」


 少佐が笛を吹くと、野営地の炊事場に汗ばんだ男達が、ぞろぞろと列をなした。


 「おい、そろそろらしいぞ」


 「何がだ?」


 「配給が終わるって話だよ」


 「ほんまか?それじゃあ、いよいよ食糧争奪戦が始まるってことか…」


 月が消えたのは十三ヶ月前、その直後、地球に変化は現れなかった。

 しかし、ひと月が経つ頃になると地軸や軌道の変化で気候や海流が徐々に狂い始めた。

 やがて、不自然は自然になり天変地異が多発、世界中で食糧不足が発生していたのである。


 「なぁ、ソヨカゼはどうするの?」


 「え、どうするって何を?」


 「戦争だよ、行くのか行かないのか、どっち?」


 「戦争かぁ、行きたくはないけど、始まれば流れで行ってしまうかな」


 「はぁ、ソヨカゼもそうか、俺たちって何も出来ないクズの集まりだもんな」


 「そうかな、いざとなったら何でも出来ると思うけど」


 「本音かそれ?いざって時に決断出来なくてここに居るんだぞ!出来たら今すぐここから逃げ出すよ!!」

 

 「…ごめん、気に障った?僕はあまり考えないでここへ来たから…」

 

 「いや、いいよ、俺も怒鳴って悪かった。冷めないうちに食べよう」


 「そうだね、食べよう」


 珍しく梅干しの入ったお粥を二人は黙って掻き込んだ。


 明くる日、軍部は世界へ向けて宣戦布告を行ったのである。

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