第25話 初めての家族旅行(五)
美穂さんと卓、そして私の三人が階段を下り、左手へ進むとそこが入浴場だった。
おんな湯と暖簾がかかった戸を開けると中へ入る。
棚のかごを見ると二人ほど入っているようだ。
実は卓とお風呂に入るのは今回が始めてだ。以前から体を拭いたりしているので、見るのは慣れているが、見られるのは少し恥ずかしい。
卓自身は何も気にするとこなく、とっとと裸になり、美穂さんに言われて、脱いだ物をかごに入れている。
私も浴衣とTシャツを脱ぎ、下着も脱いで裸になった。
すると私を見つめる卓に気付いた。
「ミサ、ママとちょっと違う」
そう言われてもなんの事か、すぐには分からなかったが、視線で気が付き、慌ててタオルで隠した。
「卓、みんな形は違うのよ。でも他の人をじろじろと見ちゃだめよ」
「はーい」
「でも、ミサのは何かハート形だった。ママのは逆三角形」
「もう分かったから、中に入ったら見比べないこと」
「はーい」
それから浴室の扉を開けて中へ入ると、だいぶ曇っていて、他人の姿はよく見えなかった。
私達は体を軽く洗い流し、まずはぬるい温度の湯船に腰を下ろした。
「ふぅ、安らぐね、美穂さん」
「お風呂が大きい」
「何かもうふくらはぎが痛い」
「うん、私も」
「卓、どこか体痛い?」
「べつに、どこも」
「卓は元気だな、スキー上手だったしな」
「ミサは痛いの?」
「うん、筋肉痛」
「ママは大丈夫?」
「ママも少し筋肉痛」
「ねえ、卓、私のことはミサって呼ぶの?」
「うん、ママがそう呼ぶから」
「そっかあ、そうだよね」
なぜ、さっきからそう呼び始めたのか分からないが、卓には迷いが無いのだろう。理由がシンプルだ。それにそう呼ばれるのがしっくりくる。
自分では美彩ママとか、美彩お姉ちゃんなどと呼ばせようかと悩んでいたのだが、ミサだったら他人が聞いても、親戚とか親しい知人と思うだろう。
何だかホッとした……
ママは女の人が好きで、僕にはパパの代わりにママがもう一人いますなんて、卓が言わずに済めばそれが一番嬉しい。
「卓、お外にあるお風呂に行こうか」
「プール?」
「違う、泳げないけど、お星さまが見えるかも」
「うん、行きたい」
美穂さんが卓を連れて露天風呂へ向かった。
私が感傷に浸っていて、たぶん泣きそうなことを気遣ってくれたのだろう。
だから、ありがたく泣かせてもらった。
*
「すごっ!」
「さむいっ」
「ママ、お星さまがいっぱいだよ!」
「そうだね、お風呂に入ろっ」
夢中に夜空を見上げている卓を見つめながら、いつも色々と気にかけてくれる美彩に感謝した。
卓も家族旅行は初めてだけど、お義母さんが余暇で何かするのだって、相当久しぶりだと思う。
何もしないでいい一日を、どうお義母さんが過ごすのか分からないけど、退屈な一日だったとしても感謝と安堵はするだろう。美彩が来てくれなかったら、手に入らなかった穏やかな日常。
「卓、もうお星様の名前って習ったの?」
「何それー、まだ習ってないよ」
「そっか、お星様はさ、明るいのと暗いのがあるでしょ」
「そうかなー」
「うーん、じゃあ、大きさとか、色が違うでしょ」
「うん、色が白いのと黄色いのとある!」
「昔の人は、その星をつなげて形を見つけたり、どっちに進むかの目印にしたんだって」
「ふーん、じゃあ、あそこは蛇かな」
「そう、そんな感じね」
お風呂で二人、親子水入らずと気付いた途端に、卓がたまらなく愛らしくなり、その手を引くと、背中から抱きかかえた。
そのまましばらく目を閉じていると、ガラガラと戸が開く音がして、美彩が入って来た。
*
「卓、いいねー」
「ミサもしたい?」
「えっ!?」
「いいよ、おいでー」
そんなこんな場所で、美穂さんからバックハグされるなんてまずいでしょと思いながらも近付くと、卓から早く座るように催促された。
「いいいー?」
「えっ!?」
すると卓は、私の体の前に座り、寄りかかってきた。
「どうおー?」
「えっ、なに!?」
「気持ちいいでしょ。
僕に寄りかかってもらうの初めてでしょ?」
「あーっ、そうだね
うん、気持ちいいよ
抱きしめちゃう!」
卓のことをぎゅーと抱き締めると、その頭にあごをのせた。
「ミサ、重たいー
何かクッションもうすいし」
「えっ!?」
確かに胸は美穂さんより薄いけど、そういうこと?
戸惑いながら美穂さんを見ると、笑いを堪えていた。
まあ、そのうち卓も大きくなり、すぐに体になんて触らせてくれなくなるんだろうなと思うと、多少のことはかわいい思い出になるんだろうと思い、私はいつまでお父さんとお風呂に入ったかなと忘れてしまった記憶を探した。
たぶん、お母さんとはいつまでも入ったけど、卓ぐらいの歳には、もう入らなかったかもなと思い当たり、温まった心が寒くなった。
「ミサ、寒いからもっとギュッとして」
卓にそう言われて力を強めたら、美穂さんがとなりに来て、私に寄り掛かった。
今そばに居る人達を大切にしなきゃと、そう思った。
「明日は四人でお風呂に入ろうか」
「そうだよ、こんなに大きいんだもん」
「そうね、あとで誘っておこうね」
お風呂をあがるとその話をおかあさんに伝え、しばらくテレビをつけながらお喋りをして、四枚並んだ布団に入り眠りについた。
(つづく)
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