第24話 初めての家族旅行(四)
食後の休憩を少し取ると、着替えをして、紫外線対策をしっかりと済ませ、待ち合わせをした部屋へと下りて行った。
時間は約束どおりだったが、すでに青木くんが来ていて、何か作業をしていた。どうやら先ほど選んでくれたスキー板の手入れをしてくれていたようだ。
「青木さん、お待たせしました」
「こっちもちょうど終わりましたよ」
「調整とかですか?」
「そうですね、滑りやすいようにワックスをかけていました」
「まぁ、ありがとうございます」
「ブーツを履いたら板とストックを持って、外へ出ますからね」
「はいっ」
スキーブーツは、プラスチックのような硬い素材で出来た、ごっつい長靴みたいで、内側にはクッションが入っている。
その中へつま先から足を差し込み、かかとをしっかりと押し込むと、足の甲とふくらはぎの辺りをバックルでパチパチと固定する。
「青木くん、靴に少し角度が付いてて、歩きずらいんだけど」
「そういうもんなんですよね、膝頭が足の親指の先と同じぐらいまで、自然に前に出るようになってます」
私達は三人でぎこちなくトテトテとペンギンのように部屋の中を歩き、スキー板とストックを持とうとした。
「ちょっと待ってくださいね。
皆さん、外に出たら寒いし、手袋をすると自由が効かないので、チャックとかゴーグルとか、きちんとしちゃいましょう」
青木くんの指示に従い、ウェアの前を閉め、ポケットのジップも閉め、ゴーグルを目の位置にかけると、グローブをはめた。
「じゃあ、道具を持って外へ出てみましょう!」
それぞれの手に道具を持ち、外へ出ると、ちらちらと雪が舞っていた。
「では、この広場で、まずはストレッチをします、さあ広がってー」
青木くんにならって首、肩、腰、膝、足首のストレッチを終えると、スキー板のはき方と外し方を教わり、その後は転び方の練習をした。
「もし止まれなくなったら、思い切って転んでください。それが一番けがをしません。
まず両腕を伸ばして体から離し、お尻から雪に座り寝そべります。
じゃあ、やってみましょう!」
青木くんが見本を見せてくれた。それを真似て雪の上に寝転ぶも、どうやら大人二人は思い切りが足らないらしい。
卓は喜んでバーンと雪面に寝転び、素直お兄ちゃんから褒めてもらっている。
「ここ、平らだから起き上がるのがたいへんなんですけど、
お尻をなるべくスキー板のそばまで近付けて、
両方のストックで体を押し上げながら起き上がりましょう」
美穂さんと私はひーひー言いながら起き上がっては転ぶの練習を繰り返した。
「よし、それではここから移動して滑りましょう!」
私達はスキー板を履いたまま、ストックで漕ぐように体を前に押し出して、青木くんに着いて行った。
そこはゲレンデの一番下にある広い場所で、ほとんど平らに見えるが、ストックを突いて体を支えていないと、自然と後ろに下がってしまう感じだ。
「はーい、ではまずここで、滑る感じを知りましょう」
それからは少し上っては滑り下りることを繰り返し、次はもう少し上まで上り、止まる練習をする事になった。
「まずは板は肩幅ぐらいに、平行に開いたまま滑り始めますが、はいっと言ったら、両方の板の後ろ側をぎゅーっと開き出してみましょう。
かかとを外側に向かって押し出す感じです。
まずはその場でやりますよー
真っ直ぐ滑ってー
はいっで開き出すーー
っと、これがブレーキです」
そして、青木くんの見本の滑りを見て、まずは私からやってみる。
上手く開き出せて何となく止まった。
「うん、いいですね。止まりきるまで、しっかりと踏み込んでくださいねー。
じゃあ、次は卓くん!」
卓は躊躇いなく滑り始めると、青木くんの前でスゥーッと止まった。
「いいよ、卓!
両方の足にしっかりと力が入っていて上手く止まったね」
卓が破顔して喜んでる。
最後に滑った美穂さんもそれなりで自然に下りてきた。
ふたたびそこから何度か繰り返し練習をすると、今日はここまでにしましょうと、青木くんが言った。
スキーを履いたまま、宿まで戻ると、板を外して乾燥室に入った。そこで道具を片付け、チャックを開けると、締め付けられていた足や、着込んでいた体が開放され、ホッと気持ちが緩んだ。
「お疲れさまでした。
大人はたぶん筋肉痛になります。
明日はここに九時待ち合わせにします。
起きてから部屋でストレッチをゆっくりとしてきてください」
「青木さん、ありがとうございました」
「お兄ちゃんありがとう」
「明日もお願いします」
青木くんと挨拶を済ませると、お祖母ちゃんが待つ部屋へ戻った。すると丸めた座布団を枕にして、お祖母ちゃんは眠っていた。
でも卓が話しかけると、目を開けて、興奮して早口になっている卓の話をしっかりと聞いてくれた。
私達はウェアをハンガーにかけると、お祖母ちゃんが淹れてくれたお茶をすすった。
「夕飯まで時間があるから、温泉につかってきたらどうだい」
「そうしよっか」
「僕はまだ行かなーい」
テレビを見ると、卓の好きな番組が流れていた。
「じゃあ、行っちゃうよ。あとで一人で男湯だよ」
「えー、ひとりなのー」
「いやでしょう」
「待っててよ」
「美穂さん、食後に三人で入ろうよ」
「いいの? そうだね」
今回の私の目的は家族旅行。なかでもお祖母ちゃんと卓に楽しんでもらうことが大切だ。私も座布団を丸めると、枕にして転がった。
それからしばらく、みんなでごろごろしながら、テレビを見てお喋りをしていると、部屋の外から声がかかり、襖が開くとお膳を持った仲居さん達が夕飯の準備をしに入って来た。
「本日は山の幸を中心にしております。ホイル焼きの中はイワナです。どうぞごゆっくりお召し上がりください」
仲居さん達が部屋を離れると美穂さんが卓に確認をした。
「お子様メニューにはしなかったけど、食べられない物があったら取り替えるよ」
「大丈夫、食べられそう」
卓にはお皿が一枚余計にあって、スプーンとゼリーがのせてある。
たぶん少し苦味のある料理もあると思うが、最後にゼリーがあれば大丈夫だろう。
「じゃあ、食べましょうか」
「そうだね、ご馳走だね。いただきます」
「いただきまーす」
*
「ご馳走様でした! 卓! みんな残さず食べたね」
また、卓が嬉しそうに笑い、美穂さんも嬉しそうに微笑んだ。
それから、少し経った頃、今度はお膳を下げに来てくれて、布団を敷いてくれた。
私達は仲居さん達にお礼を伝えると、入浴の準備をした。
「卓、お風呂が広くてびっくりするよ」
「へぇー、そうなんだ!」
「湯加減はどうでした?」
「熱めとぬるめと露天があったから大丈夫だと思うよ」
「じゃあ、行ってきますね、お義母さん」
「うん、行ってくるよ」
「行ってきます、おかあさん」
「ゆっくりとどうぞ」
襖を通り抜け、ドアを開けて廊下へ出ると、怪訝そうな顔で美穂さんが私の顔を見ていた。
「駄目だった?」
「ううん、いいと思う」
「良かったー。
いつまでもお祖母ちゃんて呼ぶのは嫌だったの。
むしろ、おかあさんぐらいの年齢だし。
私はおかあさんて呼べる人がいるのは嬉しいから」
「うん、そうだよね。
すごく良いと思うよ!
お義母さんも嫌じゃないと思う」
「ありがとう」
「後はさ、卓に私の事、なんて呼んでもらおうかな」
「うふふっ」
(つづく)
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