第23話 初めての家族旅行(三)
美穂さんの家の人になって、初めての家族旅行。
突然両親を失った私にとって、美穂さんの家族はまさに唯一無二の家族だ。
美穂さんは夫を病気で失い、その母親と暮らしてきた。祖父母も両親も兄弟もいない私と同様に、美穂さんにも交流のある親戚がいない。だから息子の卓は旅行の経験が無いそうだ。
車の助手席に座った卓は夕べから騒ぎ過ぎた疲れが出たのだろう、シートに寄り掛かってぐっすりと眠っている。
ミラーで後ろを見ると、お祖母ちゃんも美穂さんも目をつむっている。
すでに高速道路を走っていて、温かい足元と規則的な振動が眠気を誘うのだろう。私はそっとラジオをつけた。
それからしばらくして、車を減速させていると美穂さんが話し掛けてきた。
「ここはどこですか」
「最後のパーキングだから、トイレ休憩しようよ」
「えっ! もうそんなに来たんですか!? ごめんなさい、たくさん寝てしまって」
「大丈夫だよ、ドライブ好きだから」
駐車場に車をとめるとラジオやエアコンを切り、エンジンを止めた。
するとみんな目を覚ました。
「高速降りると残りは一時間ほどですが、トイレがありません。だからここで済ませてしまいましょう。
それと少し体を伸ばしたりして、コリをほぐします」
話を聞いて、みんな一旦車外へ出ると、思い思いに体を伸ばした。
「卓、トイレ行こう」
私は車のそばに残り、二人がトイレに行くのを見送った。
「あれっ、お祖母ちゃんは行きませんか」
「二人が戻って来たら、行ってくるよ」
「それにしてもみんなで旅行に来られるなんてね……」
「私も嬉しいです」
お祖母ちゃんが私の顔から目を離さない。神妙な面持ちで少し見つめたあとで話を始めた。
「簡単なことじゃないんだろ、二人が一緒に居ることは……
そこに卓も居る……
応援はしてるし、みんなに幸せになって欲しい。
今は楽しいよ。
ちからになれるなら嬉しいから、何でも言ってね」
「……はい……」
お祖母ちゃんは味方だと分かっていたけど、やはり言葉で伝えてもらえると嬉しい。きっと卓のためにもそれは良いことだ。
「ありがとうございます。
卓が大きくなるにつれて、私達だけじゃ納得してもらえないことが出てくるだろうって心配です。
でもお祖母ちゃんと協力出来れば、きっと乗り越えられます」
「そうだね、そのうちに難しい年頃になって、あなた達二人の事も悩むだろうね。
その時には私は卓の聞き役になりたいね。まだまだ頑張るよ」
頷く私にちからのこもった笑顔を返してくれるお祖母ちゃん。そもそも、この人の理解が無ければ、私は美穂さんの家に住むことは出来ず、この人の許しを得たから、私達は伸び伸びと振る舞えている。
もちろん、私と美穂さんが同性パートナーであるという事はこの人以外は知らない。
お互いの職場でも、卓の小学校でも伝えるべき機会はなく、あえてこちらから認めて貰おうともしていない。
そのうちに、卓のことで整理しなければならない機会が生じれば、それを考慮しつつ決断するかも知れない。
それに、最近、私が気になっている事は少し違うところにあった。家族に関することでは有るのだけれど、影響は家族の中限定になるよう、抑えていきたいことだ。
たぶん、今回の旅行中に少し相談したいと思っている。
「お待たせー」
「もどったー」
美穂さんと卓が戻って来た。交代で私とお祖母ちゃんが行く。
トイレを済ませると売店でみかんとお菓子を買って戻った。
「卓、道案内したいから、今度は後ろね」
「うん、分かったー」
シートを後ろに付けかえて、その上に卓を座らせる。
「あとどれくらいで着くの?」
「うーん、歌を一回聞くぐらいかな」
私はバッグから借りてきたCDを取り出すとプレーヤーに差し込んだ。
すると流れ始めた音楽にさっそく卓が反応した。
「あっ! マスクライダーだ!」
これで宅は退屈しなさそうだ。昨日、子供達がよく観る番組の主題歌集と、アニソン集をレンタルして来た。そして実は我が家では、みんな聞き馴染んでいる。
毎週その時間になると、卓がテレビで観ていたり、運動会で流れたりするので、流行の歌は知らなくても、卓の好きな歌はわかる。
高速を降りると、スキー場目指して町中を走り、看板を見ながら山に入る。ここから20キロらしい。
実は着いたらすぐに卓にはサプライズが待っている。そういう私も初めてだし、多くの人は未経験だろう。
今日はどっちかな、楽しみだ。
山道を上り、雪道をこわごわと上っていると、教わったとおりトンネルがあった。その少し長いトンネルをくぐると、辺りはまさに白銀の世界だった。
「卓っ! 雪がいっぱい!」
窓を開けると冷たい空気が入ってくる。でもこの静かな世界が珍しくて閉めずに走った。
緩やかなカーブを抜けると駐車場があった。すでに何台もいて、その並びに車をとめた。
美穂さんが降りて、卓のそばのドアを開ける。勢いよく飛び出した卓が雪の上を走る。
私達はしばらくその姿に見とれていた。
程なくしてバイクのようなエンジンの音が聞こえてきた。雪を積んで遊んでいた卓が、美穂さんのそばに戻る。
音のほうを見ると、バイクのような乗り物が雪の上を下りてきていた。
ヴゥン、ヴゥーン
そばまで来ると止まった。
「お疲れさまです、大変だったでしょう」
「青木くん! 迎えに来てくれたの」
「はい、下っ端の仕事ですから。
おっ! 君が卓くんだね。
青木 素直っていいます。
素直お兄ちゃんって呼んでね、よろしくね」
スキー焼けして黒い肌の大人の男が、なんだかニコニコと近付いてきたが、子供の警戒心はそう簡単には解けない。
卓は私達の後ろに隠れてしまった。
「では、荷物を載せて宿まで上がりましょう」
そりのような物に荷物を乗せると覆いを被せてもらい、私達はスノーモービルにまたがった。
一台目は青木くん、卓、美穂さん。
二台目は宿の人、お祖母ちゃん、私だ。
それぞれがエンジンをかけると、ゆっくりと雪の上を走り始めた。
卓は青木くんにぴったりとしがみついているようだが、きっといい思い出になるだろう。
宿の前で降りると、荷物を受け取り、フロントへ行った。
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました。どうぞゆっくりとしていってください」
そう頭を下げたあと、こう言った。
「今年はこの人達かね。
また新しい人達で嬉しいのお」
「そう、職場の先輩達のご一家だよ」
「温泉も二ヶ所ありますから、どうぞ楽しんでください」
「俺は三人にスキーを教えるからね」
「そうか。じゃあ、お母さんはフロントのテレビでも何でも自由にしてください。飲み物も食べ物も作りますきに」
「ありがとうございます。のんびりとさせてもらいます」
それから私達は荷物を部屋に運ぶと、食堂で早めのランチをご馳走になった。そしてスキーウェアのレンタルをすると一時間後に待ち合わせをして、部屋に戻った。
これで今日から、スキー漬けの日々が始まる。
まずは今日の午後、そして希望者はナイタースキー、明日は午前、午後、ナイター、最終日は午前中。
この期間で卓がどれだけ上手くなるのか、それがすごく楽しみだった。
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