第21話 初めての家族旅行(一)
社会人になり、両親を交通事故で無くして以来、孤独を求めるように生きてきて、三十代になっていた砂川 美彩(サガワ ミサ)。
そんな彼女に、はれてパートナーが出来た。
美彩がいくつかの再会と別れを乗り越えて、美穂さんとの同居を始めてから、公私に渡る充実した日々は、あっという間に過ぎていった。
今回は、その頃のお話です。
美彩の人生のパートナー白石 美穂(シライシ ミホ)が、コンビニ夜勤と喫茶店勤務のかけもちを辞めて、一般企業で昼間の勤務になってから、およそ半年が過ぎた。
美穂の息子だった卓(タク)も、小学ニ年生なので、卓が学校に行っている時間、お祖母ちゃんもパートタイムで働き始めている。
今までお祖母ちゃんは、美穂の昼夜の仕事と、卓の子育てをサポートするのために家に居た。しかし、昼間の時間が空いたので、自分から働き口を見つけてきた。
孫の卓が居るから、お祖母ちゃんと呼んでいるが、歳はまだ五十代であり、腰が悪い以外に持病は無い。
卓からしてみると、お母さん、そしてお母さんの大切な人、つまり美彩。それにお祖母ちゃん。
この卓の周りにいる大人達が、活き活きと働き出したことは、卓にも好影響を与えていた。
担任の先生によると、卓は自分の気持ちを大事にするが、それを周りに押し付けたりしない、そんな心の余裕を感じさせる子供だそうだ。
美彩は、担当中の大型案件が順調に進行しており、人付き合いが改善された結果、トラブルの予兆をしっかりとキャッチして、その芽を摘み取れる課長補佐に成長していた。
そんな家族が、今年の年末年始休みに一泊旅行を計画した。
「美穂、四人で旅行に行く話だけど、十二月末でどうかな」
「いいですよ。どこに行きますか」
「温泉があって、雪遊びとか出来る場所。あとは車で行きたい」
「もう、目星はつけてあるんですよね」
美穂が優しく笑う。
「ふふっ いくつかね。選んである」
お祖母ちゃんと卓はこたつに入りながら、お笑い番組を見ていて、私達は夕食を食べ終えたテーブルでお茶を飲んでいた。
美彩はスマホをテーブルに置くと、美穂の前であるページを開いた。
『特集』
子供と安心に楽しめるゲレンデ
温泉も楽しめるスキー場
「卓にはソリ遊びよりも、スキーとか体験させたらどうかな」
「そうですね、どっちも初めてだから、両方体験させてあげたいな」
「お義母さんには、温泉とか部屋でゆっくりとか」
「うん、それで私達は?」
「美穂さんがしたいことしようよ」
「美彩さんはスキーとか出来ますか?」
「出来ない」
「私もです。みんなでやってみてもいいかな」
「スキーとボードとどっちがいいのかな?」
「そうですね、調べてみましょうね」
「ねぇ、卓はさ、スキースクールとか、一人で入っていられるかな?」
「あー、どうだろ…… 全くの一人は、まだ苦手かも」
「そっかぁ、そうだよね。まだ小ニだもんね。分かった、考えてみる」
それぞれにスマホで調べて、気が付いたことを伝えあった。
その結果、高速道路からは少し奥まった位置になるが、昔ながらの温泉街があって、無料の外湯めぐりが出来て、旅館がゲレンデのそばという場所を見つけた。美彩が一人でほくそ笑んだ。
雪遊びをしなくても、温泉街をぶらついたり出来て、外湯だけでなく、内湯に入ることも出来る。
そして、卓と私達は三人でスキーを教わる。何だか、頭の中で楽しそうな世界が拡がっていく。
「美穂さん、二泊三日すると長いかな」
「えっ、そんなに?」
「うん、大丈夫ならそうしたい」
「お義母さんに聞いてみますね。卓は間違いなく喜ぶでしょうね」
「じゃあ、私、聞いてくる」
美彩はお祖母ちゃんのそばに行くと、小声で話しかけた。
「年末の休みに旅行に行く話なんですけど、スキーと温泉にしようかと思ってます」
「そぅお、卓が喜ぶわ」
「お祖母ちゃんは大丈夫ですか?」
「のんびりしてればいいんでしょ、大丈夫よ」
「出来れば、二泊したいと思うんですけど、どうですか?」
「泊まりに行くのは久しぶりだけど、心配しないで。宿でごろごろと休んでいるから」
いつの間にか、美穂さんもそばに来ていて、話を聞いていた。そして口を開いた。
「お義母さん、腰は心配しなくていいですか?」
「うん、楽な姿勢で過ごすから」
「退屈させそうで」
「テレビがあればいいよ」
「雪でも歩きやすい靴を買いましょうね」
「普段の靴じゃ駄目かね」
「滑りにくくて水を弾くような靴にしましょうよ。卓にも買いますし」
「じゃあ、一緒に見に行こうかね」
この感じなら大丈夫そうだ。
お祖母ちゃんと美穂さんが、口論をしているところなど見たことがないが、それだけに互いに気を使っているのだと思う。
しかし、この旅行の話はお祖母ちゃんにも気に入って貰えた気がした。
安心してその場を離れると浴槽を洗いに行った。
洗剤の付いたスポンジで洗っていると、美穂さんが扉のところに立った。
一旦、手を止めて顔を見ると何か言いたげだ。
「どうしたの?」
「うん、結構、お金がかかるでしょ?」
「普通はそうかもね。年末だしね。
でもね、会社の先輩の実家が温泉旅館で、さっきの旅館街にあるんだ。
そこなら年末でも普段の値段で一部屋用意してくれるって言われているんだ」
「そうなの!?」
「うん、最近話すようになって、すぐに売り込まれた。その先輩、スキーなら指導員の資格があるからちゃんと教えるって」
「もう私達のことも知ってるの?」
「そうだよー♪ 伝えてる」
「大丈夫?」
「うん、私の周りは大丈夫。嫌だった?」
「ううん、むしろ、ありがとう」
美彩は浴槽に向きなおると、スポンジで再び洗い始めた。
「でも、美穂さんは無理に言わなくていいからね」
「うん、恋人がいますとかは伝えてあるけど、それ以上は言わないと思う」
背中で少し心細気な声を出したけど、あいにく手が泡まみれだ。
「それで十分だよ。私は気にしてないからね」
「うん、ありがとう」
美穂さんの声に明るさが戻った。
シャワーを出して泡を流すとお湯を貯め始めた。
浴室を出る時にタオルを渡してもらいながら、軽く口付けを交わした。
(つづく)
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