第18話 キス、キス、キス

 私は戸惑っていた。私ってこんなに雰囲気に流されやすいんだ。彼に抱き締められてキスまでしちゃった。でもこのままこの腕の中にいたい。


「ホテル、行ってもいいですよね」


そう言われて肩を抱かれながら歩き始めた。


「待って!、お願い!」

「どうしました?」

「片想いだけど好きな人がいるの!」


 今、偶然、目に入ったコンビニチェーンのストライプの制服姿。白石さんのことが頭をよぎった。


「そうですか、残念ですね。でも俺も諦めませんよ。また食事行って、今度はドライブに行きましょう」

「そうだね、ありがとう……」


 それから彼は駅まで一緒に送ってくれて改札で別れた。私はコンビニに寄ったがまだ早い時間で白石さんは居ない。でもひと目会いたくてイートインスペースでコーヒーを飲んだ。自動ドアが開くと白石さんが事務室へ入って行った。横顔をチラッと見ただけだったが心が落ち着いた。それから制服を着た彼女がレジに立ったので明日の食事を選ぶとレジに向かった。

 今日は白石さんの姿を見てほっとした。まるで私の精神安定剤のように乱れていた心が落ち着いた。私もいつかこの彼女への気持ちを伝えることは出来るのだろうか。


 ドライブ当日、まったく落ち着かない私は部屋の中をうろつき何も手がつかずに過ごしていた。

仕方なくガレージに行くと愛車を出してカー用品店に行った。そこで店内をぶらつきながら時間をつぶす。正直、私の車に付けるような物は置いていない。でもお店は広い。買う気はないがタイヤホイールの売り場で様々なデザインの商品を見ながら愛車のイメチェンを想像したりして楽しんだ。

 そして車内に取り付ける小物の売り場に来た時、ドリンクホルダーに気が付いた。そういえば助手席側には付けていなかった。いくつもある中から一つを選び出しすぐに取り付けた。それが終わるとガレージに車をしまい、家で昼食を食べた。

 今日もらった時間は二時から六時。道路が混雑する時間帯だが仕方がない。ちょうど二時、白石さんのお家のそばからLINEを送った。すぐに白石さんが出てきてシートベルトを留めた。私は車をスタートさせると山に向かって走らせた。


「海じゃないんですか?」

「この季節の海岸通りは渋滞なので山から海を眺めませんか?」

「ふふっ、いいですね」


良かった。ビーチを歩くつもりだったら申し訳無いけど分かってくれた。


「今晩も夜勤ですか?」

「はい、極力、毎晩なので」

「昼間だと足らないですか?」

「そうですね」

「この車って思った以上に小さいんですね」

「はい、怖いですか?」

「いえ、大丈夫です。砂川さん、無茶な運転はしないでしょ」

「そうですね、出来ますけど、今はしません」

「誰か乗せたことはあるんですか?」

「タクちゃんが一番目で美穂さんが二番目です」

「そうですか、ありがとうございます」

「どうしてですか?」

「この車、デート用だなって思ったので」

「デート用!?」

「二人の距離がすごく近くて男女で乗ったら親密度がすごく上がりますよね」

「女性同士でも上がりませんか」

「確かにそうですね、ふふっ」

「私の気持ち、知ってますよね」

「はい、半信半疑ですけどね」

「なぜですか?」

「わざわざ私みたいな面倒くさい境遇の女でなくてもいいんじゃないですか」

「それはもう白石さんを好きになったら、一体で切り離せないことで、誰でも多かれ少なかれあることですよ」

「白石さんは女同士でも構いませんか」

「どうでしょう、分かりません」

「愛し愛されて、心を預けられる人なら女性でもいいだろうと思います」

「信頼感ですか」

「そうですね、私も誰かに頼りたいし、支えたいですから」

「砂川さんて、おいくつなんですか?」

「三十四です」

「七つ違いなんですね」

「気になりますか?」

「まぁ、どうでしょうね。私が中一の時に砂川さんは大学二年生。大人と子供ですよね」

「ヘコみますね」

「ごめんなさい」

「砂川さんのご家族は?」

「はい、両親は事故死しました。祖父母も四人とも居ないような状態です」

「そうなんですね」

「だから白石さんの家が羨ましくもあります」

「そうですか……」

「お互いに無いものねだりですね。砂川さんは家族。私は一人での自由な生活」

「分けて支え合うのは難しいのでしょうか」

「それは私達二人がしっかりと、何事にも負けない位に結びつかないと難しいと思います、、、それは難しいですよね」

「白石さんと理解を深めるって時間が少なすぎて難しいですよね」

「デートする時間はないですからね」


 愛車は高速を降りると高台を目指して駆け上り駐車場に着いた。そこから歩いて展望台へ上った。


「おーい!」

「白石さん、それ違うよ♪」


 でも呼び掛けたくなる気持ちはよく分かる。端から端まで青い海で空には夏の白い雲がかかっている。


「気持ちいーよー!」


「美穂がすきーー!」


「青い海がすてきー!」


「美穂が大好きーー!」


「白い雲がすてきー!」


「抱き締めたいよー!」


「次は何て言うんですか?」

「正直に言うんですか?」

「はい、砂川さんを知るためのデートですから」


「美穂とキスしたいー!」


 白石さんはケラケラと笑っていた。私は普段の生活を少しでも忘れて笑っていて欲しいと思った。


「美穂ー!、愛してるー!」


「美穂に愛されたいー!」


美穂が私の口を塞ぐまで、好き勝手なことを叫び続けた。


「砂川さん、私のも聞いてもらえますか?」


「美彩を愛したいー!」


悪戯っぽい笑顔の美穂もまた、可愛かった。すると雲がぐんぐん成長して風が強くなって来た。私達は急いで車に戻ると坂を下り屋根が付いたホームセンターの駐車場まで移動した。それから数分後、辺りは土砂降りの雨に包まれた。

 雨が飛沫を上げるほど降っているときに、この小さくて車高が低い車を走らせるのは危ない。仕方なく小振りになるのを待った。

 二人で狭い中に乗っていると、お互いの呼吸も香り立つ匂いも強く感じる。普段はギア操作で使えない左手のそばには彼女の手があって、そっと乗せると握り返してくれた。


「美穂さん……」


 熱い吐息を抑えて名前を呼ぶと彼女が私のほうを向いてくれた。

そして私から初めてのキスをした。

 唇が合わさると感情が沸騰してさらにもっとと身体が求めて、唇を合わせながらシャツの裾から手を入れて美穂さんの柔らかな胸を触っていた。

それでも満たされない想いが美穂さんを抱き寄せて、きれいな首筋に唇を這わせた。

 美穂さんは静かに私を受け入れてくれていたが、私が首筋にすがり付いていると、手を添えて私の顔を動かし唇を合わせてくれた。


「美穂さん、嬉しい、もっとして……」


美穂さんは私に印を付けるかのように何度もキスをしてくれた。

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