第17話 新たな一線

 私は衝撃を受けていた。前触れの無かった突然の告白。それも歳下でまだ二十代の男性だ。私が何も言葉を返せずにいるのを見て、返事はまた今度で構いません。そう言って彼は部屋を出て行った。私はしばらくこの部屋で何が起こったのか考えていた。


 トイレに入り自分の顔を見た。いつもと何も変わらない顔。あの子だって今までずっと一緒にいたよね。やはり何が起きたのかは分からなかった。事務室に戻り告白してくれた彼を見ると目があった。お互いにすぐに目をそらした。


「よーし、そろそろお終いにするか!」

「行く奴は一杯行くぞ」


 その声に誘われて私もついていく。お店は行きつけの赤提灯。美味しくてわいわいがやがやと騒げて安く飲める。もちろん上司が焼酎のボトルを入れてくれてあるので、いつでも安い。

 乾杯をして今日はみんなの田舎の話になった。全国に展開している会社なので出身地は様々で、そこに出張で行った事がある人の話が加わる。郷土自慢のネタはたくさんある物で、美味いものは当然として祭りや観光地、そして穴場情報などが飛び交う。残念ながら私に田舎はないが聞いているだけで楽しかった。

 私がトイレに外して席に戻ると話題は定番の告白スポットの話になっていた。次にはファーストキスの場所。今では想像出来ないようなおっつぁんが高校生の時には色々と済ませていて皆で盛り上がった。

 まぁ今回はその話はセクハラですって言い出す人が居なかったので、面白い話が聞けて、なおかつみんなの人となりが分かって楽しかった。

 駅までの帰り道、さっき告白してきた彼が横に並んできた。


「砂川さんて仕事が出来てカッコいいなって以前から憧れていたんですけど、最近、お昼ごはんや飲み会で笑顔をたくさん見るようになって、みんなと一生懸命に話す姿もなんだかキラキラしていて、好きが我慢出来なくなっちゃいました。俺は告白出来て満足してるんで、返事は急ぎません。これからも今までどおりにお願いします」


 そう聞き終わる頃には駅の改札まで着いていて、反対方向だったのでそこで別れた。何だか不思議な感覚だった。いつもは好きな人を想うばかりで、そうすると私に同調するように好きって言われてきた。

 でも真由も未奈美も結局他に相手がいて高まった心をなだめるのは大変だった。今回は正直いって好きってほどでは無い。でも嬉しいし、これからどんどん意識してしまうのだろう。こういうのってどうしたら良いのかな。

 電車を降りるとコンビニに向かって歩いていた。酔って赤い顔をしているのは分かっているが今日は顔が見たかった。

翌日の朝食を手に持ちレジに向かう。目があった白石さんが微笑んでくれた。


「こんばんは、真っ赤ですよ」

「飲み過ぎました」

「気を付けて帰って下さいね」

「週末、ドライブ行きませんか?」

「考えます。LINEで詳しく教えてください」

「はい、お仕事頑張ってください」

「ええ、おやすみなさい」


 家へ帰るとドライブプランを考えた。時間帯は彼女の予定に合わせるとして長くても四時間かなと思い、海を見て帰ってくるコースにした。それをLINEに書いて送った。はぁ、私はやっぱり白石さんに恋してるな。コースを考えながら白石さんと恋人同士のように過ごすことを夢想してるもんな。それも触りたいとかまだ無理でしょ。でも楽しい…… そのまま横になると翌朝まで眠った。


 翌朝、シャワーを浴びて身支度を済ませると朝食を食べた。歯磨きを済ませると家を出て駅に向かう。混雑した電車でスマホを見ると白石さんから返信が届いていた。はやる気持ちを抑えて電車が空くのを待つ。ようやく読めるぐらいになった。


『午後からお願いします』

『ありがとうございます』


 土曜日が来るのが待ち遠しくてたまらなくなった。会社に着くと同僚から顔が緩んでますよと笑われた。つい思い出し笑いをしましたと誤魔化したが喜びが湧いてきて頬が緩むのが我慢できなかった。そのままお昼になると告白してくれた彼が近付いて来た。


「今日は朝からニコニコとしっぱなしですね」

「そ、そうかな」

「はい、見とれちゃいます」


 そう言って彼はみんなの所へ行った。私もお財布を持つとみんなの中に混ざった。今日も残業だった。でも新しい寄り道先を見つけた。白石さんは夜の十時から夜勤に入っている。だからそれ以降に行けば毎日でも会える。さっそく今日から実践した。コンビニに入ると棚越しに白石さんを見る。雑誌を手に取り開きながら白石さんを見る。

そんな事をしていたらある事に気付いた。

 白石さんとおしゃべりを楽しむお客さんが少なからずいるのだ。正直いって嫉妬心が湧いた。白石さんの特別でいたい。翌朝のご飯を買うために私もレジに並ぶと少しだけおしゃべりをした。

 寂しいことに特別な親愛の気持ちを感じることは無かった。


 金曜日、今日は定時退社励行日だった。私も定時に仕事を終えると帰り支度をする。その時、彼がそばに来て夕飯を誘われた。断わる理由も無いので二人で食べに行くことにした。分かったことは結構食べ物の好みが違うこと。

 もちろん私の好みに合わせてくれたのだが、男女差に加えて年齢差もあるのかなと思った。かろうじてアラサーの私と二十代の彼。実は私と白石さんもそうだったらどうしようと心配になってしまった。


「休日は何してんの?」

「自転車乗ってます。ほらっ」


そう言って彼は太ももを見せてくれた。確かに太い。


「触ってみます?」

「太もも?」

「腕でもいいですけど♪」


興味があったので太ももにのせてみた。


「もっとギュッと握らないと」


そう言って彼の手が私の手に重なりギュッと力を入れた。


「どうです?、なかなかでしょう」


彼に握られた手が恥ずかしくて筋肉どころではなかった。


「砂川さんは週末は何してるんですか?」

「ド、ドライブ」

「へぇ、珍しいですね。でも髪をなびかせて走るとか似合いそう。車ですかバイクですか?」

「車だよ」

「じゃあ、助手席空いてますか?」

「えっ、空いてるけど」

「今度乗せてください」

「それは……」

「それは何ですか?」

「君がもう少し特別な人になってから……」

「そうなんですか?、乗せてみて特別な人になってくんじゃないんですか」

「さっ、そろそろ帰ろっか」

「えっ、もうですか?、もう一軒行きましょうよ。朝まで一緒にいましょうよ」


駄々をこねる彼を連れて外へ出た。


「俺、何か機嫌を損ねちゃいましたか?」

「そういうんじゃないよ」

「じゃあ、今日は朝まで一緒にいてください!」


 何か言う前に彼が背中から抱きしめてきた。不覚にも嫌じゃなくて背が高くて筋肉の付いた体に抱かれるのは安心感のような心地良さがあった。

 後ろから回された腕に私が手を添えると彼は私の体を回し正面から私を抱き締めた。私がずっと求めて手に入らなかったぬくもりをくれたのが彼で、そのカサついた唇も心地良かった。

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